第14章 「信じてよ、ひいおばあちゃん。」
そんな京花ちゃんの大平楽さに違和感を覚え始めたのは、どうやら私だけじゃなかったみたいだね。
「あの…枚方少佐!?自分と貴官とは、70年以上の年月を跳躍し、入れ替わってしまったのですよ!」
園里香少尉の声にも諭すような、不安を煽るような響きが混ざってきたよ。
『そうなんですよ!修文4年って、私がいた時代とは色々と勝手が違ってて、慣れるまでがホントに大変なんですよ…テレビはブラウン管や真空管だし、『アルティメマンネビュラ』も『マスカー騎士シュバルツ』もやってないし…でも、白黒の時の番組が普通に再放送しているのは新鮮でした。怪獣辞典でしか知らなかった『まぼろし仮面』や『少年マッハ』も、こうして見ると趣がありますね。』
問題はそこなの、京花ちゃん?
帰れるか帰れないかじゃなくて、贔屓の特撮ヒーロー番組が見られるかどうかを気にするだなんて、病膏肓に入るだね。
『まあ、多少の不便は帰るまでの辛抱ですからね!園里香少尉も、色々と戸惑う事はあるかも知れませんが、そっちにいる間は、第2支局のみんなを頼って下さい。千里ちゃんに英里奈ちゃん、そしてマリナちゃん。優しくて面白くて、良い子達ばっかりです!園里香少尉だって、すぐ仲良しになれますから!』
御先祖様の不安も何処吹く風。
京花ちゃんったら、至ってお気楽な態度だね。
「いや、『帰るまでの辛抱』と仰せですが…あてはお有りなのですか?」
『今はまだ無いですけど、大丈夫です。』
何とも拍子抜けの応答だったね。
「何とも曖昧な…!その根拠の無い自信は、何処から出てくるのですか!」
子孫を名乗る少女の過度な能天気振りに、そろそろ着いていけなくなったのか、園少尉の口調は少し苛立ちを帯びていたね。
『いいえ、根拠ならありますよ!』
ほんの少しだけ、京花ちゃんの口調にシリアスなムードが付与されたようだ。
「えっ…」
『私は友達を信じています。決して私を見殺しにはしないと!私は、私と友達が所属する人類防衛機構を信じています。近いうちに必ず、時空漂流の謎を解き明かし、私達を元の時代に帰還させる術を編み出せると!」
さすがは正義と友情を重んじる、主人公気質の京花ちゃんだね。
こういう台詞を口にすると、本当に様になるよ。
『防人の乙女である私達は、決して友情を裏切らないのが誇りです。そしてそれは、人類防衛機構の前身となった人類解放戦線や、そのまた前身となった日本軍女子特務戦隊からの変わらぬ伝統です。子孫である私の戦友達を、そして貴女の戦友達の想いを受け継ぐ後進達を信じては頂けませんか、園里香少尉!いいえ…曾祖母ちゃん!』
最後の「曾祖母ちゃん!」の所を、京花ちゃんったら殊更に大きくハッキリと発音していたね。
帰属組織を持ち上げて「防人の乙女」としてのプライドをくすぐり、そこに肉親としての情を上乗せして、園少尉を乗せようって魂胆だろうな。
京花ちゃんの熱弁の反動が大きすぎたのか、応接室はを打ったように静まり返っている。
昔の児童向け漫画だと、「シーン…」ってオノマトペが使われていそうだね。
「フウッ…」
この沈黙に楔を入れたのは、誰かの小さな溜め息だった。
「園少尉…」
英里奈ちゃんのか細い声に操られるように、スマートフォンを握る日本軍少女兵士へと、応接室中の視線が集中する。
「ズルい方ですよ、枚方京花少佐…全く…ズルいと言うべきか、人をその気にさせるのが上手い御方と申すべきなのか…」
応接室中の視線の焦点に立つ少女は、「ホッ…」と小さな溜め息を漏らすと、自らの迷いを振り切るかのように、細い首を左右に軽く振り始めた。
首の動きと少し遅れて、左側頭部で結われたサイドテールが、青い軌跡を空中に描く。
その動きは、京花ちゃんが頭をスッキリさせたい時に行う動作に、余りにも酷似していたんだ。
-多少の違いこそあれ、この子は京花ちゃんの御先祖様で、京花ちゃんに繋がる血が、この肢体の中に必ず流れている。
理屈の上だけではなく、より根源的な領域で、私は改めてそう納得出来たんだ。
「そこまで仰せられたなら、信じざるを得ないじゃないですか…」
頭を振り終え、ゆっくりと園少尉は顔を上げた。
京花ちゃんにそっくりだけど、ほんの少しだけ大人っぽい、整った童顔。
そこに浮かんでいた固さと影は、首を振った時に大半がリセットされたのか、随分とスッキリした印象を見せていた。
軽く口元に浮かべた笑みは実に爽やかで、覚醒してからは遠退いていた京花ちゃんのイメージに、再び大きく近づいたように思えたんだ。
「信じさせて頂きます…枚方少佐が愛して信頼し、我が大日本帝国陸軍女子特務戦隊の意思を継ぐ、人類防衛機構の皆様を!」
私から借りたスマートフォンを胸に抱いて、応接室に集まった防人の乙女全員を、園少尉はぐるりと一望した。
私達1人1人を映す園少尉の青い瞳には、私達に寄せる厚い信頼が如実に感じられる。
1対の青い瞳が視線を向ける度に、私達は力強く頷いたんだ。
「皆様を信頼させて頂いた上で、改めて人類防衛機構の皆様にお願い申し上げます!私こと園里香少尉と、枚方京花少佐。以上2名の帰還への助力を、よろしくお願い致します!」
園少尉がバシッと決める日本陸軍式の敬礼も、そろそろ見慣れてきたかな。
まあ、その美しさは否定出来ないけど。
「勿論です、園里香少尉!貴官の支援要請、確かに承りました!」
答礼の姿勢を崩して、園少尉に真っ先に応じたのは、警務隊の長堀つるみ上級大佐だった。
この場に居合わせた中では最上級の上官だから、それも当然だよね。
「京花さんは私達の、かけがえのない大切な親友です…私達が京花さんを想い慕うように、日本軍女子特務戦隊の方々もまた、園少尉の御身を案じておられる…この帰還作戦、必ず遂行させねばなりません!」
何時になく凛々しい口調と顔付きだね、英里奈ちゃんったら。
日頃の内気な気弱さは、何処へやらだよ。
「おいおい、意気込みは立派だが…あんまり気負い過ぎるなよ、英里!ほら…もっと肩の力を抜いて!」
「はうっ!まっ、マリナさん…」
もっとも、マリナちゃんに軽く肩を揉まれただけで陥落しちゃうんだから、英里奈ちゃんの二枚目仕様も、何とも甘っちょろいね。
それにしても、英里奈ちゃん…
そうやって頬を赤らめるの、そろそろ止した方が良いんじゃないかな?
そういう趣味があるのかと思われちゃうよ。




