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墓場の聖女の事件録  作者: ユーコ


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18/19

18.誰がために天使は歌う5

 ダヴィデ氏はしばし虚を突かれたように立ちすくんだ後、

「馬鹿なっ、私は、あ、兄を殺していない。大体、私に兄弟はいない」

 そう叫んだ。

「いえ、いたのです。このアーチボルト寺院のバーナード神父、彼の俗名はマルセル・ジョゼフ。彼はかつてあなたの母校であるナリス音楽学校の教師でした」

 修道士は修道院に入る際、俗世の名前を捨て、新たな修道名を受けることがある。

 俗世の名をそのまま名乗り続ける人もいるが、バーナード神父はそれまでの彼の人生と決別するかのように、名を改めた。

「マルセル先生……」

 とダヴィデ氏は呟いた。


「彼の手記には今から四十二年前、当時はまだ学校の教師だったギュスターヴ・デュプレが双子の男の子を王都の下町で拾ってきたと書かれています」

「お言葉ですが、カール神父、その手記とやらに書かれていることは間違いですよ。私の出生記録にははっきりと小さな田舎町の出身だと書き記されている。そして私に兄弟はいなかった」

 ダヴィデ氏は淀みない口調でそう、反論した。

 そう、それが国一番の歌手『ダヴィデ・リーチ』の公式のプロフィールだ。

 だが私は怯まなかった。

 バーナード神父は嘘をつかない誠実な兄弟(・・)だった。

 彼はこの手記を誰にも見せるつもりはなかった。ただ、いつか誰かがそれを必要とする時のために、静かに書き残したのだ。


「その出生記録はのちにギュスターヴ・デュプレが役人から買ったものです。当時彼が育てた子供達のほとんどが出生記録が提出されてなかった。デュプレはあらゆるルートから身寄りのない子供達を『買っていた』からです」

「彼は慈善家です。才能のある子を育てようとしただけだが、見返りに金銭を求める親がいたのです」

 ダヴィデ氏は剛情に言い放つ。

「彼に苦しめられたあなたがそれを言うのですか? 彼はある目的のために、音楽の才能を持つ幼い男の子達を集めていた。その目的とは、カストラートを生み出すことだ」


 カストラートとは変声期前の美しい声を保つために去勢された男性歌手のことだ。

 七歳から遅くとも十一歳まで、声変わりが始まる前に睾丸を切り取られた少年達は子供のままの美しい高音域を維持しながら、成人男性の肺活量や骨格を持つ。


「バーナード神父の手記によると若きギュスターヴ・デュプレは外国で聞いたカストラートの歌声に魅せられた。彼はカストラートになろうとしたが、大人はカストラートになることは出来ない。そこで自らの手で天使の歌声、カストラートを生み出すことを渇望したのです」

 カストラートはある国で非常に人気を博し、国を挙げてカストラートを育成したが、今は去勢の非人道性が問題視されつつある。

 我が国の音楽界もまた、カストラート育成には消極的だった。

 特に当時の音楽界をリードしていたもう一つの勢力、ヴァリグ音楽学校がこれを許さなかった。


 だがギュスターヴ・デュプレの熱意は凄まじく、彼は私費をつぎ込み、子供を集めた。

 彼が所属する音楽学校――ナリス音楽学校はヴァリグ音楽学校の優位に立とうとギュスターヴ・デュプレを後押しした。

 音楽家になるにはごく幼いうちから特別な教育が必要だという。教育を受ける時期は早ければ早いほど良かった。

 少年達は大抵三、四歳でギュスターヴ・デュプレの元に連れてこられ、非常に厳しい音楽教育を受けた。

 バーナード神父はその手記の中でこう語っている。

『それは決して教育と呼べるものではなかった。虐待と言って過言でないほどの長時間、彼らは「調教」され続けた。親に売られた彼らは帰る場所もない。ただその仕打ちに耐えるしかなかった』


 そしてついにギュスターヴ・デュプレは彼の最高傑作である『ダヴィデ・リーチ』を生み出した。


 私はバーナード神父の手記を読み上げた。

「『ダヴィデ・リーチ』となった少年達は双子だったが、兄の方が病弱で特に去勢手術後、頻繁に体調を崩した。そこでギュスターヴ・デュプレは双子に対し一人分の戸籍しか買わなかった」

「……」

 ダヴィデ氏は貝のように口を閉ざし、私の言葉を聞いている。

「その後兄は奇跡的に生き延びたが、二人は『ダヴィデ・リーチ』であり続けた。双子は得意とするジャンルが異なったため、デュプレはそれを利用し、『あらゆるジャンルの歌を歌いこなす歌手』として育てたのだ。そして彼のもくろみ通り、『ダヴィデ・リーチ』は我が国を代表する歌手となった」


 マルセル・ジョゼフは幾度もギュスターヴ・デュプレのやり方に異を唱えた。しかしデュプレの育てたカストラート達は、その美しい歌声で次第に頭角を現し、デュプレは彼らを育成した功績によってついに学長の座を手にした。

 やがてマルセル・ジョゼフはデュプレによって解雇され、深い失望のうちに信仰の道へと進むことになる。




「――結構」

 沈黙の後、ダヴィデ氏は言った。

「そこまでおっしゃるなら、確かな証拠がおありでしょうな。まさかとっくに引退した老人の手記一つだとでもおっしゃいますか? マルセル教師は自らを追放したデュプレ学長を深く恨んでおりました。そのため学長の醜聞をでっち上げたのでしょう」

 ダヴィデ氏は自信ありげに微笑んだ。

「確かに私がデュプレ学長からとても厳しい、そう、過酷と言っていい教育を受けたのは事実です。彼の教育方針に馴染めず音楽の道を断念した生徒、そして彼のやり方と対立する教師がいたことも認めましょう。しかし、彼は真実音楽を愛していました。『ダヴィデ・リーチ』が今日あるのはデュプレ学長のおかげです。私個人としては、彼に感謝してます。私は誰に強要されたわけではなく、自分の意思でカストラートとなることを選びました。もっとも四十年近く前のことなので、それらを証言してくれる者はおりませんが」

 最後の一言は皮肉げに付け加えられた。


 私も彼に同意した。

「そうですね、既に四十年以上も前のことです。ギュスターヴ・デュプレを始め、関係者のほとんどが亡くなっている。手記を書いたバーナード神父も、お亡くなりになりました」

 ギュスターヴ・デュプレの享年は七十八歳。

 我が国ではこれは長寿の域に達し、バーナード神父などその頃の学校関係者の大半が彼より先に亡くなっている。

 一年ほど前、ギュスターヴ・デュプレは自宅で発作を起こして倒れているところを発見された。

 デュプレに五十年以上の長きに渡り仕えた老僕によると、デュプレは以前から心臓が悪かったそうだ。

 そしてこの老僕は彼の死から一ヶ月後に亡くなっている。

 死因は睡眠薬の飲み過ぎだった。老僕はデュプレの死後、塞ぎ込んでいた様子だったため、事故として処理された。

 ダヴィデ氏の言う通り、もはや、当時を知る人は誰一人存在しないのだ。


 ダヴィデ氏はそれを聞くと、爛々と目を輝かせ、テーブルに置いたバーナード神父の手記をステッキの先端で指さした。

「それは私が買い取ってもいい。あなたの好きな値段を付けなさい。それで終わりにしましょう」


 私は首を横に振った。

「いいえ、ダヴィデさん、あなたは兄のダヴィデさんの存在を、その死体までも葬り去ったつもりでしょうが、『ダヴィデ・リーチ』が二人だった証拠は残っているのですよ」


今回はほとんど証拠がない状況でどうやってバラバラ殺人の遺体をもう一人のダヴィデ氏と立証するかが解答編になります。

ストーリーには明確に書きませんでしたが、警察は身元不明、バラバラ、顔も分からない状況なので、この時代だと通常ならやらない、現代だと絶対やる『とある方法』で彼の遺体の状態を残しています。

この証拠には対になるものがないと意味がないのですが、それがありました。

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