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墓場の聖女の事件録  作者: ユーコ


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14/19

14.誰がために天使は歌う1

 王都旧市街の一角でバラバラにされた男性のものと見られる体の一部が発見されたのは、前年の冬のことだった。

 遺体はいくつにも切断され、断片はそれぞれ場所を変え、旧市街の人目につかぬところに遺棄されていた。

 発見された断片はいずれも刃物による無数の傷跡が残されていた。

 警察は殺人事件として捜査をはじめたものの、遺体は全裸で、身元が分かる所持品は発見されなかった。

 また後日発見された頭部は損傷が特に激しく、該当する行方不明者もいなかったため、捜査は未解決のまま打ち切られた。

 遺体が発見された場所は貧民窟とも揶揄される治安の悪い地区で、殺傷沙汰は日常茶飯事だ。

 警察は貧しい市民が喧嘩の末殺害されたと結論付けられた。

 遺体の断片は、二ヶ月かけて旧市街のゴミ溜めや川から合わせて十四個発見された。

 事件が起きたのは冬の最中で、この時期の警察の死体安置所は氷室のように冷たく、遺体の保管場所としては最適である。

 身元不明の遺体はしばらくここに安置され、晩冬の頃、ほぼ完璧に揃った状態で王都郊外のアーチボルト墓地に埋葬された。

 ただ一つ、ついに発見されなかった男性器を除いて。




 アーチボルト寺院では最近不思議な出来事が起こっている……『らしい』。

「あのう、神父様」

 振り返るとそこには見知らぬ子供達の姿があった。

「はい、何かな?」

 年齢は全員十歳ほど。

 赤い頬の少年五人組はキラキラと目を輝かせて私に問いかけた。

「『歌う天使様』はどこですか?」


「天使像はこの少し先だよ」

「ありがとうございます!」

 少年達ははじけるような笑顔で礼を言った後、楽しげに話をしながら、お目当ての天使像に向かって駆けていく。


「僕にも聞こえるかな?」

「かなぁ?」

「聞こえるに決まってるよ!」

「早く行こうぜ!」

「うん!」


「こら、待ちなさい。走らない!」

 彼らの後を引率の男性が追いかけていく。

 彼は寺院から最も近い音楽学校の教師で、このところよく見かける顔見知りだ。

 通りすがりに「こんにちは、神父様」と挨拶され、私は、

「こんにちは。後でお茶でもいかがかな。帰りに生徒さんと一緒に食堂に寄って下さい」

 と声をかけた。

「ありがとうございます、後で伺います」

 彼は子供達を追いかけながら、笑みを浮かべた。


『近い』と言ってもここから音楽学校は馬車で二時間の距離にある。

 行くも帰るも大変な道のりだ。

 長時間馬車に揺られてやってくる少年達のお目当ては礼拝堂にある天使像だ。

 この天使像は最近、歌を歌うと評判になっていた。

 その声はまさに天使のように美しく、なんとも清らかである、そうだ。

 例によって私は聞いたことがない。



 事の起こりは日曜に行われる主日礼拝だった。

 我が宗教にとって日曜日は特別な意味を持つ日であり、神が休息日として定めた日とされている。

 アーチボルト寺院の聖歌隊は近所の信徒で構成され、年齢は子供から老人まで、男性のみが参加出来る。


 賛美歌を歌うことは女性ももちろん許されているのだが、聖歌隊への参加資格を持つのは古来より男性だけに限られていた。

 教会法では、祭壇に奉仕出来るのは男性に限ると定められているからだ。

 我が宗教には、女性だけで構成された女子修道院も存在し、日々の聖務日課では修道女達が歌を奉げている。

 ただし、公に行われる聖歌隊は、男性のみが担うとされている。

 あまり大声では言えないが、さっさと廃れた方が良い慣習だと個人的には思っている。

 ともあれこの聖歌隊は日曜日の礼拝の時集まって、神をたたえる賛美歌を歌う。


 いつ頃からか、彼らが歌い始めると、誰が一緒に歌う声が聞こえるようになった。


 その声はとても美しい、まるで天使のような声だが、礼拝に来ている誰のものでもなかった。

 声の主を探すとなんと歌声は礼拝堂の天使像から聞こえると、子供の一人が言い出した。

 不思議なことに天使の歌声が聞けるのは、子供がほとんどで、私をふくめ大半の大人には『天使』の声が聞こえない。

 そのためこの不可思議な出来事はここ一年以内に始まったことは確かなのだが、正確にいつ頃から『天使』が歌い始めたのかは分からない。


 天使像は百年以上前からこの礼拝堂に祀られているが、かの天使像が『歌った』という記録は見当たらない。

 どうしたことか、天使像はごく最近になって唐突に歌いはじめたのである。




 私は天使像との対面を終えた少年達にお茶とお菓子を振る舞った。

 少年らにはミルク、引率の教師にはハーブティー。

 お茶請けは近所の女子修道院からの頂き物のカヌレである。

 ワイン作りの過程で大量の卵を使うそうだが、その作業では卵黄は使わないので余ってしまうらしい。

 その余った卵黄を使って作るのが、カヌレだ。

 もっちりとした口当たりの菓子である。


 大喜びでカヌレをほおばる子供達に、私は質問をした。天使像に遭った子供に必ず聞く質問だ。

「天使様は君達に答えくれたかい?」

「はい!」

 と全員元気に頷いた。


「すごく綺麗なお声でした」

「天使様は僕のこと褒めてくれました!」

「僕のことも!」

『天使』の声を聞いて興奮気味の子供達は口々に私に話し出した。

「僕は天使様のお声は聞こえませんでしたが、お言葉は友達が教えてくれました。ちゃんと練習すればもっと上手くなるって!」

「僕もです」

 すべての子供が天使の声を聞くわけではないそうだ。

 大体半分ほどの子供にしか天使の声は聞こえないが、聞こえない子供も聞こえる子供を通じて天使の言葉が伝えられる。


「そうかい、皆、良かったね」



 この『天使』は歌声の美しさもさることながら、天使像の前で歌を歌うと歌の助言をしてくれるらしい。

 その助言が随分と的確で、助言を受けた子供は飛躍的に歌が上手くなった。

 毎年王都の教会が主催する聖歌隊のコンテストでは、アーチボルト寺院聖歌隊は初戦敗退が常であった。

 だが今年は快進撃を続け、準優勝にまで勝ち進んだ。

 アーチボルト寺院の聖歌隊は近所でごくごく普通に暮らす人々だが、このコンテストの上位に食い込む聖歌隊は音楽学校の生徒達や卒業生、さらにはプロの声楽家までいる。

 王都の大聖堂では著名な音楽家が多数在籍しており、教会の音楽活動を支えているそうだが、一般の教会では近隣に住む一般の信徒がこの役目を担う。

 特別な訓練を受けたメンバー達相手に素人集団のアーチボルト寺院聖歌隊は予想外の健闘をみせた。

 コンテストに参加した聖歌隊の子供の一人は音楽家から才能を見込まれ、音楽学校に進むことになったのだ。


「天使に歌を習った」

 その子が話した『天使』のことを聞いてやってきたのが近所の音楽学校の生徒達だ。

 当初はただの冷やかしでやって来たらしいが、そんな少年達の前で本当に天使は歌い、また彼らに歌の指導までしてくれた。

 驚いた彼らが学校に戻り友人達に話したのを切っ掛けに、生徒達は皆こぞって寺院に来たがるようになった。


 無謀なことに挑戦したがる年頃の子供達である。

 彼らは天使の助言を求めて、寺院に子供達だけでやって来るようになってしまった。

 これは非常に危ない。

 そこで学校側と寺院側の責任者である私が相談の上、教師が少人数を引率してやってくる形に落ち着いた。


 奇蹟と認定されてもおかしくないような出来事だが、『天使』の声が聞こえるのは一部の子供だけであるため、まだ大きな騒ぎになっていない。

 寺院としては来る者拒まずの精神だが、私個人はこれを大々的に宣伝しようとは思わない。

 騒がし過ぎると死者達の眠りが妨げられてしまう。

 それは『天使』も望むことではないだろう。

 今は事態を静観している最中だ。


 引率は音楽学校の若手男性教師だが、彼は大人の中では非常に珍しく、『天使』の声が聞こえるらしい。

 そのこともあって彼が引率を任されている。


「あの、『天使』はどんな声でしたか?」

 私は興味をそそられ彼にそう尋ねた。

 教師は少し考え込んでから、

「そうですね。この世のものとも思えない美しいお声です。子供のように清らかで、大人のように力強い。まさに『天使』の声ですね」

 と『天使』を褒めそやした。


「また参りますので、よろしくお願いします」

 帰りがけに引率の教師は私に頭を下げた。

「はい、お待ちしてますよ。遠いからお気を付けてお帰りください」




『天使』ブームが巻き起こっているアーチボルト寺院だが、ここには霊と会話出来る修道女シーラがいる。

 果たしてシーラは『天使』のことを知っているのだろうか?

 シーラは『天使』のことを一度も話題にしたことがない。

 私もまたシーラに『天使』のことを聞いたことがなかった。

 シーラに聞けば『天使』の正体がある程度分かってしまう。

 そのため私は今まで『天使』の話を避けてきたが、いよいよ好奇心が抑えられなくなり、彼女に聞いた。


「シーラ君、『歌う天使』のことを知っているかい?」

 そう尋ねると、彼女は事もなげに頷いた。

「あ、ダヴィデさんのことですか?」

 なんと彼女は『天使』の名前まで知っていた。


「『天使』はダヴィデさんというのか?」

「はい、最近亡くなってここに来た幽霊さんです」

『天使』の正体は天使ではなく、亡霊だったらしい。

 謎が分かってすっきりしたような、がっかりしたような不思議な気分だ。


「名前はダヴィデ・リーチさん、享年四十五歳です」

 私はシーラが告げた名を聞いて驚いた。

 その名に聞き覚えがあったからだ。

 死者ではない。

 その人物は。


「シーラ君、『天使』は本当にダヴィデ・リーチ氏なのかい?」

「はい、そうですよ」

「声楽家のダヴィデ・リーチ氏?」

「あ、そうです、職業はせーがくかって言ってました」


 私は困惑した。

「どういうことだ?」

「? どうしたんですか、神父様?」


「シーラ君、私の記憶が確かなら、ダヴィデ・リーチ氏は生きている」


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