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墓場の聖女の事件録  作者: ユーコ


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13/19

13.ルビーの遺言4

 それは月のない夜だった。


「神父様、神父様」


 深夜、誰かが私を呼びながら、ドンドンと寝室のドアを激しく叩く。

 その音で、私は目を覚ました。


「神父様ー! 起きろー!」


 シーラの声だ。

 私はあわてて飛び起き、寝間着の上に修道士のローブを引っかけ、ドアを開けた。

「何事だね、シーラ君? 火事か?」

 シーラも直前まで眠っていたのか、いつもの修道服姿ではなく、寝間着の上にカーディガンを羽織っている。

 シーラは爛々と目を輝かせながら、否と首を横に振る。

「いいえ、墓荒らしです」

「墓荒らしだって?」


 ここは王都に近い――とはいえ半日は掛かるが――巨大墓地だが、案外、墓荒らしがやってこない。

 実はアーチボルト墓地では亡霊の目撃談が後を絶たない。

 夜更けに現れるいにしえの王、首なき騎士、そして動く戦天使の彫像――この地には異形の者達と出くわしたという話が尽きることはない。

 ここは大昔、古戦場だったところで、そのせいか武に秀でた幽霊が多く出没し、「祟られると怖い」そうだ。

 墓荒らし達も亡霊の怒りを恐れ、この墓地の墓は狙わないという。

 私はここに来て数年間、一度も亡霊を見たことがないので、噂に関してはなんとも言えないが、墓荒らしに遭遇することはほとんどないと証言出来る。

 不思議なことに野犬や兎、猪などの害獣の被害も滅多にない。



 だが昨今、王都の人口は増加の一途を辿り、昔からの言い伝えを知らぬよそ者が増えていた。


「場所はどこだ?」

「サラおばあちゃんのお墓です!」

 サラ夫人の墓は敷地内では比較的寺院から近い所にあるが、それでも歩いて十五分は掛かる距離だ。

「えっ、こんな夜更けに一人で行ったのか? 危ないだろう」

 私は思わす叱咤した。

 普段の夜の見回りは夕方に限定し、シーラには『護衛』を複数付けている。

 今は『護衛』達もすっかり眠っている時間だ。


「行ってません。寝てたらおばあちゃんから大声で呼ばれました。『アタシのお墓、誰か掘り返してるんだよ! 見に来とくれ』って言ってます」

「よし、サラ夫人の墓だな、私が行くからシーラ君はここで待っていなさい!」

 私は寺院の出入り口付近に立てかけてある巡礼杖を手にした。

 これは長旅の際に修道士や巡礼者が使う木の杖だが、護身用としても使える。


「私も行きます!」

「いや、シーラ君はここにいなさい。ビル」

 私は口笛を吹いて、墓守犬のビルを呼んだ。

「ビル、シーラ君を守ってくれ」

 ビルはこの寺院で飼われている優秀な護衛犬だ。普段は実に大人しいが、不審者には勇猛果敢に立ち向かう。

「神父様!」


 シーラはなおも何かを言いかけたが、私はサラ夫人の墓がある場所に走った。





 ***


 墓荒らし達の姿はすぐに見つけることが出来た。

 月のない墓地に明かりはほとんどない。

 真っ暗闇の墓地に、カンテラの明かりが一つ、揺れていた。

 場所はシーラが言った通り、サラ夫人の墓だ。


 足音を殺し、犯行現場に近づくと、そこにいたのは、若い男女のようだった。

 たまに肝試しにやって来て、そのまま帰れなくなる者もいる。

 この墓地は大変広いので、夜中になるとすぐに方向が分からなくなり、立ち往生の末、恐怖の一夜を明かすことになる。

 だが彼らはそうしたお調子者達ではないらしい。


 男がスコップで墓の土を掻き出し、女は作業する男の手元をカンテラで照らしていた。

「アニータ、本当にあるんだろうな、でっけぇルビーってやつは」

 男は街のごろつきのようだ。

 スコップを使いながら、柄の悪い声で女に尋ねた。


「ええ、本当よ、この耳でちゃーんと聞いたわ」

「……?」

 私はそっと彼らに近づいた。

 女の声と姿にどこか覚えがある気がした。


「じいさんが葬式の時にばあさんの指にルビーの指輪をはめたのは見たけど、まさかアレ、本物とはね。もう死んじまってるんだから、棺桶なんかに入れないで私にくれりゃぁいいのにさ」

 女は、そう言って爪を噛んだ。

「ばあさんが死んだ時、アニータも財産をかなりもらったよな。ありゃ良かった」

 男は下卑た調子で舌なめずりする。


 アニータという名に私は聞き覚えがあった。

 女はサラ夫人の姪だ。

 いつも墓参の時に着ている清楚な服装とまったく違う、派手な色のワンピースを着て、これまた派手な化粧をしているため、気付かなかった。

 声までも私がそれまで聞いていた彼女のものと違う。

「あれっぽっちじゃあ、足りないわよぉ。アンタがすぐ使っちまうんだもん」

 アニータは不満そうな、それでいて男に媚びるような、声を上げた。

 下町の酌婦のような品のない響きだ。


「確かになぁ、金持ちなんだからもっとくれりゃあいいのに」

 アニータはサラ夫人の姪だ。

 サラ夫人には実子がいるので、姪のアニータには本来財産を相続する権利がない。

 彼女の相続分はサラ夫人の好意であるはずだが、アニータはそれを当然のように思っているようだ。

 しかも額が少ないとぶつくさ言っている。

 なんたる娘だろうか。

 これまでアニータをごくごく普通の女性としか思っていたなかったが、私が間違っていたようだ。



「ホント、せっかく殺したのに、あれっぽっちなんて、殺したかいがなかったわぁ」

 アニータはそう言うとケラケラと笑った。

 私はこの言葉に目を剥いた。

 信じがたいことだ。

 サラ夫人の死は自然死ではなく、このアニータが関わっていたということか。

 確かに老齢とはいえ、さしたる持病がないサラ夫人の死を、ウィッカー氏は突然だと嘆いていた。

 そして、サラ夫人が亡くなった日、彼女はアニータと一緒にお茶を飲んでいる。



「そこまでだ――」

 私は彼らの前に姿を現した。

 司祭の服は全身が黒い。

 彼らの目に私は闇の中から突然現れたように見えたらしい。驚いた様子で、私を呆然と見つめた。


「今の話、詳しく聞かせてもらおう」


「チッ、どこから湧いたんだよ、お前!」


 だが男はすぐに我に返り、舌打ちすると、スコップを振り上げる。力任せに私に突進してきた。

 スコップを私へ叩きつけようとした瞬間、私は杖を動かした。


 ビシッ!


 杖は、鋭い音と共にスコップの柄を握る男の手を的確に打ち、男の手をしびれさせる。

 驚いて後ずさる男を私はすぐさま追撃した。

 男に近づき、思い切り杖の先端で彼の鳩尾を突いたのだ。


「うわっ!」

 男はもんどりうって地面に転がる。そこはちょうど、彼が掘ったばかりの墓穴だ。

 それほど深くはないが、男はすっぽり穴にはまり、起き上がれなくなる。

 私はこの隙に身をひるがえし、女の持つカンテラを杖で弾き飛ばした。


「きゃっ」

 カンテラの灯りが地面に落ち、墓地は一層、闇へと沈む。


「……っ、あっ、明かりが」

 明かりを失い、彼らは身動きが取れなくなったが、私はこの暗闇に慣れている。

「きゃあ! 何すんのよ!」

 まずアニータを持っていた縄で縛り上げた。

「捕縛します。警察にあなた方を引き渡します」


「てめぇ!」

 ようやく起き上がってきた男は怒りに顔を赤く染め、再びスコップを構えた。

 その時、ここにいるはずがない女性の声がした。

「神父様!」

 シーラだ。


 そして。

「ガウウッ」

 獰猛なうなり声を上げて、茶色の犬が男めがけて飛びかかった。

 ビルだ。

 グレート・デーンという大型の犬種でかなり力が強い。

 男は地面に組み伏せられた。

「このっ」

 男はスコップでビルを攻撃しかけたが、その前に私が杖で彼の手を打ちすえた。

「ぐっ……!!」

 男はスコップを放す。

 私は男の方も縛り上げ、「神父様!」と駆け寄ってきたシーラに小言を言った。


「来てはいけないと言ったのに」

「ですが、心配で」

「この程度の賊なら心配いりませんよ。こう見えて修道士は強いんです」

 と私は言った。







 ***


 朝になり、私は二人を警察に引き渡した。

 警察の取り調べによると、アニータはサラ夫人の棺に入れられたルビーが本物であると知り、それを手に入れようと企てた。

 同行の男は彼女の情夫で、サラ夫人が以前言っていた「ごろつき」だった。

 サラ夫人の説得によりこの男とは別れたはずだったが、実は隠れて交際は続いていたそうだ。

 そしてあの時墓の前で彼らが話してた通り、サラ夫人を殺害したのもアニータだった。

 使用されたのは、ベラドンナという猛毒の植物だ。

 ベラドンナの毒は植物全体に含まれて、実や葉も危険だが、特に根や根茎に強い毒性があるという。

 アニータが使ったのもこの根を煎じた粉薬だった。

 ベラドンナは古来から薬草として使用されており、今でも一部の医者や薬師はこれを薬として使っているそうだ。

 とはいえ一般の薬屋などで気軽に買える代物ではないのだが、下町の闇市に行けば、こうした危険な薬物も入手出来るという。

 アニータにこの猛毒を与えたのは、情夫のごろつきだった。


 アニータはサラ夫人とのお茶の時間にこの粉薬を『致死量より少しだけ』少なく混ぜた。

  ベラドンナの毒は、摂取後すぐに口渇や瞳孔散大、頻脈などの症状が現れるが、心疾患や脳卒中などを起こした時にも似た症状がよく見られる。

 高齢者は、毒殺よりこうした突然の病がまず疑われる。

 念のために少ない量を摂取させたこともあり、サラ夫人が実際に亡くなったのは、摂取から数時間経った頃で、アニータのもくろみ通り、サラ夫人は突然死として処理された。


 殺害の動機は、サラ夫人から受け取るはずの遺産だった。

 金目的以外にも恋人との仲を反対するなど、口うるさいサラ夫人にアニータは不満を募らせていた。


 ただサラ夫人は口も出すが金も出した。母を早くに亡くしたアニータが何不自由なく暮らしてこられたのは、このサラ夫人が面倒を見てくれたおかげである。

 アニータはその献身に感謝することなく、サラ夫人を殺害した。




 アニータ達が逮捕され、一件は無事に片がついた。

 掘り返されたサラ夫人の墓も元に戻り、万事めでたしというところだが、シーラは「はー」と嘆息を漏らし、浮かない表情だ。


「どうしたのかね、シーラ君」

「いや、姪のあの人が逮捕されて、サラおばあちゃんが元気ないんですよ」

 姪の犯行にサラ夫人は心を痛めているらしい。


「『アタシがルビーの指輪を棺に入れてくれって言ったばっかりにねぇ』ってため息なんかついちゃって」


 そこで私はシーラに言った。

「これは事件を調査した警察官が教えてくれたんだが、アニータは最近、また情夫を通じ、闇市からベラドンナを仕入れたようだよ」

「? えっ、もうサラさんを殺した後ですよね?」

「彼らは次にウィッカー氏を殺すつもりだったようだね。財産目当てに」

 ウィッカー氏もアニータにかなり多額の財産を残すことを遺言していた。

 アニータはその金目当てに第二の殺人を犯そうとしていたのだ。


「あの女、とんでもないですね」

 シーラは憤慨している。

「次の犯罪を未然に防いだんだ。それにルビーのことがなければ、アニータのサラ夫人殺しも分からなかった」


 ルビーは愛と情熱を意味し、また命の象徴ともされ、悪を退ける護符として使用されてきた。


「私は二つのルビーの指輪とサラ夫人の愛がウィッカー氏の命を救ったと思っているよ」


 私がそう言うと、シーラは目を輝かせた。

「……それ、おばあちゃんに教えてもいいですか?」

「もちろん、構わないよ」


「私、行ってきます! ビル、おいで」

 シーラは立ち上がり、ドアを開け颯爽と駆けていく。

 誰とも関わりたがらないかったシーラだが、今、少しずつ誰かと触れ合おうとしている。

 人間ではなく、幽霊や犬というところがやや問題な気がするが、

「ま、良い変化だろう」

 と私は一人ごちた。


第二話終了です。

探偵達はあまり推理しなかった!が事件は解決しました。

次回のタイトルは『がために天使は歌う』です。

誰がために←一度使ってみたかった。

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