13.ルビーの遺言4
それは月のない夜だった。
「神父様、神父様」
深夜、誰かが私を呼びながら、ドンドンと寝室のドアを激しく叩く。
その音で、私は目を覚ました。
「神父様ー! 起きろー!」
シーラの声だ。
私はあわてて飛び起き、寝間着の上に修道士のローブを引っかけ、ドアを開けた。
「何事だね、シーラ君? 火事か?」
シーラも直前まで眠っていたのか、いつもの修道服姿ではなく、寝間着の上にカーディガンを羽織っている。
シーラは爛々と目を輝かせながら、否と首を横に振る。
「いいえ、墓荒らしです」
「墓荒らしだって?」
ここは王都に近い――とはいえ半日は掛かるが――巨大墓地だが、案外、墓荒らしがやってこない。
実はアーチボルト墓地では亡霊の目撃談が後を絶たない。
夜更けに現れるいにしえの王、首なき騎士、そして動く戦天使の彫像――この地には異形の者達と出くわしたという話が尽きることはない。
ここは大昔、古戦場だったところで、そのせいか武に秀でた幽霊が多く出没し、「祟られると怖い」そうだ。
墓荒らし達も亡霊の怒りを恐れ、この墓地の墓は狙わないという。
私はここに来て数年間、一度も亡霊を見たことがないので、噂に関してはなんとも言えないが、墓荒らしに遭遇することはほとんどないと証言出来る。
不思議なことに野犬や兎、猪などの害獣の被害も滅多にない。
だが昨今、王都の人口は増加の一途を辿り、昔からの言い伝えを知らぬよそ者が増えていた。
「場所はどこだ?」
「サラおばあちゃんのお墓です!」
サラ夫人の墓は敷地内では比較的寺院から近い所にあるが、それでも歩いて十五分は掛かる距離だ。
「えっ、こんな夜更けに一人で行ったのか? 危ないだろう」
私は思わす叱咤した。
普段の夜の見回りは夕方に限定し、シーラには『護衛』を複数付けている。
今は『護衛』達もすっかり眠っている時間だ。
「行ってません。寝てたらおばあちゃんから大声で呼ばれました。『アタシのお墓、誰か掘り返してるんだよ! 見に来とくれ』って言ってます」
「よし、サラ夫人の墓だな、私が行くからシーラ君はここで待っていなさい!」
私は寺院の出入り口付近に立てかけてある巡礼杖を手にした。
これは長旅の際に修道士や巡礼者が使う木の杖だが、護身用としても使える。
「私も行きます!」
「いや、シーラ君はここにいなさい。ビル」
私は口笛を吹いて、墓守犬のビルを呼んだ。
「ビル、シーラ君を守ってくれ」
ビルはこの寺院で飼われている優秀な護衛犬だ。普段は実に大人しいが、不審者には勇猛果敢に立ち向かう。
「神父様!」
シーラはなおも何かを言いかけたが、私はサラ夫人の墓がある場所に走った。
***
墓荒らし達の姿はすぐに見つけることが出来た。
月のない墓地に明かりはほとんどない。
真っ暗闇の墓地に、カンテラの明かりが一つ、揺れていた。
場所はシーラが言った通り、サラ夫人の墓だ。
足音を殺し、犯行現場に近づくと、そこにいたのは、若い男女のようだった。
たまに肝試しにやって来て、そのまま帰れなくなる者もいる。
この墓地は大変広いので、夜中になるとすぐに方向が分からなくなり、立ち往生の末、恐怖の一夜を明かすことになる。
だが彼らはそうしたお調子者達ではないらしい。
男がスコップで墓の土を掻き出し、女は作業する男の手元をカンテラで照らしていた。
「アニータ、本当にあるんだろうな、でっけぇルビーってやつは」
男は街のごろつきのようだ。
スコップを使いながら、柄の悪い声で女に尋ねた。
「ええ、本当よ、この耳でちゃーんと聞いたわ」
「……?」
私はそっと彼らに近づいた。
女の声と姿にどこか覚えがある気がした。
「じいさんが葬式の時にばあさんの指にルビーの指輪をはめたのは見たけど、まさかアレ、本物とはね。もう死んじまってるんだから、棺桶なんかに入れないで私にくれりゃぁいいのにさ」
女は、そう言って爪を噛んだ。
「ばあさんが死んだ時、アニータも財産をかなりもらったよな。ありゃ良かった」
男は下卑た調子で舌なめずりする。
アニータという名に私は聞き覚えがあった。
女はサラ夫人の姪だ。
いつも墓参の時に着ている清楚な服装とまったく違う、派手な色のワンピースを着て、これまた派手な化粧をしているため、気付かなかった。
声までも私がそれまで聞いていた彼女のものと違う。
「あれっぽっちじゃあ、足りないわよぉ。アンタがすぐ使っちまうんだもん」
アニータは不満そうな、それでいて男に媚びるような、声を上げた。
下町の酌婦のような品のない響きだ。
「確かになぁ、金持ちなんだからもっとくれりゃあいいのに」
アニータはサラ夫人の姪だ。
サラ夫人には実子がいるので、姪のアニータには本来財産を相続する権利がない。
彼女の相続分はサラ夫人の好意であるはずだが、アニータはそれを当然のように思っているようだ。
しかも額が少ないとぶつくさ言っている。
なんたる娘だろうか。
これまでアニータをごくごく普通の女性としか思っていたなかったが、私が間違っていたようだ。
「ホント、せっかく殺したのに、あれっぽっちなんて、殺したかいがなかったわぁ」
アニータはそう言うとケラケラと笑った。
私はこの言葉に目を剥いた。
信じがたいことだ。
サラ夫人の死は自然死ではなく、このアニータが関わっていたということか。
確かに老齢とはいえ、さしたる持病がないサラ夫人の死を、ウィッカー氏は突然だと嘆いていた。
そして、サラ夫人が亡くなった日、彼女はアニータと一緒にお茶を飲んでいる。
「そこまでだ――」
私は彼らの前に姿を現した。
司祭の服は全身が黒い。
彼らの目に私は闇の中から突然現れたように見えたらしい。驚いた様子で、私を呆然と見つめた。
「今の話、詳しく聞かせてもらおう」
「チッ、どこから湧いたんだよ、お前!」
だが男はすぐに我に返り、舌打ちすると、スコップを振り上げる。力任せに私に突進してきた。
スコップを私へ叩きつけようとした瞬間、私は杖を動かした。
ビシッ!
杖は、鋭い音と共にスコップの柄を握る男の手を的確に打ち、男の手をしびれさせる。
驚いて後ずさる男を私はすぐさま追撃した。
男に近づき、思い切り杖の先端で彼の鳩尾を突いたのだ。
「うわっ!」
男はもんどりうって地面に転がる。そこはちょうど、彼が掘ったばかりの墓穴だ。
それほど深くはないが、男はすっぽり穴にはまり、起き上がれなくなる。
私はこの隙に身をひるがえし、女の持つカンテラを杖で弾き飛ばした。
「きゃっ」
カンテラの灯りが地面に落ち、墓地は一層、闇へと沈む。
「……っ、あっ、明かりが」
明かりを失い、彼らは身動きが取れなくなったが、私はこの暗闇に慣れている。
「きゃあ! 何すんのよ!」
まずアニータを持っていた縄で縛り上げた。
「捕縛します。警察にあなた方を引き渡します」
「てめぇ!」
ようやく起き上がってきた男は怒りに顔を赤く染め、再びスコップを構えた。
その時、ここにいるはずがない女性の声がした。
「神父様!」
シーラだ。
そして。
「ガウウッ」
獰猛なうなり声を上げて、茶色の犬が男めがけて飛びかかった。
ビルだ。
グレート・デーンという大型の犬種でかなり力が強い。
男は地面に組み伏せられた。
「このっ」
男はスコップでビルを攻撃しかけたが、その前に私が杖で彼の手を打ちすえた。
「ぐっ……!!」
男はスコップを放す。
私は男の方も縛り上げ、「神父様!」と駆け寄ってきたシーラに小言を言った。
「来てはいけないと言ったのに」
「ですが、心配で」
「この程度の賊なら心配いりませんよ。こう見えて修道士は強いんです」
と私は言った。
***
朝になり、私は二人を警察に引き渡した。
警察の取り調べによると、アニータはサラ夫人の棺に入れられたルビーが本物であると知り、それを手に入れようと企てた。
同行の男は彼女の情夫で、サラ夫人が以前言っていた「ごろつき」だった。
サラ夫人の説得によりこの男とは別れたはずだったが、実は隠れて交際は続いていたそうだ。
そしてあの時墓の前で彼らが話してた通り、サラ夫人を殺害したのもアニータだった。
使用されたのは、ベラドンナという猛毒の植物だ。
ベラドンナの毒は植物全体に含まれて、実や葉も危険だが、特に根や根茎に強い毒性があるという。
アニータが使ったのもこの根を煎じた粉薬だった。
ベラドンナは古来から薬草として使用されており、今でも一部の医者や薬師はこれを薬として使っているそうだ。
とはいえ一般の薬屋などで気軽に買える代物ではないのだが、下町の闇市に行けば、こうした危険な薬物も入手出来るという。
アニータにこの猛毒を与えたのは、情夫のごろつきだった。
アニータはサラ夫人とのお茶の時間にこの粉薬を『致死量より少しだけ』少なく混ぜた。
ベラドンナの毒は、摂取後すぐに口渇や瞳孔散大、頻脈などの症状が現れるが、心疾患や脳卒中などを起こした時にも似た症状がよく見られる。
高齢者は、毒殺よりこうした突然の病がまず疑われる。
念のために少ない量を摂取させたこともあり、サラ夫人が実際に亡くなったのは、摂取から数時間経った頃で、アニータのもくろみ通り、サラ夫人は突然死として処理された。
殺害の動機は、サラ夫人から受け取るはずの遺産だった。
金目的以外にも恋人との仲を反対するなど、口うるさいサラ夫人にアニータは不満を募らせていた。
ただサラ夫人は口も出すが金も出した。母を早くに亡くしたアニータが何不自由なく暮らしてこられたのは、このサラ夫人が面倒を見てくれたおかげである。
アニータはその献身に感謝することなく、サラ夫人を殺害した。
アニータ達が逮捕され、一件は無事に片がついた。
掘り返されたサラ夫人の墓も元に戻り、万事めでたしというところだが、シーラは「はー」と嘆息を漏らし、浮かない表情だ。
「どうしたのかね、シーラ君」
「いや、姪のあの人が逮捕されて、サラおばあちゃんが元気ないんですよ」
姪の犯行にサラ夫人は心を痛めているらしい。
「『アタシがルビーの指輪を棺に入れてくれって言ったばっかりにねぇ』ってため息なんかついちゃって」
そこで私はシーラに言った。
「これは事件を調査した警察官が教えてくれたんだが、アニータは最近、また情夫を通じ、闇市からベラドンナを仕入れたようだよ」
「? えっ、もうサラさんを殺した後ですよね?」
「彼らは次にウィッカー氏を殺すつもりだったようだね。財産目当てに」
ウィッカー氏もアニータにかなり多額の財産を残すことを遺言していた。
アニータはその金目当てに第二の殺人を犯そうとしていたのだ。
「あの女、とんでもないですね」
シーラは憤慨している。
「次の犯罪を未然に防いだんだ。それにルビーのことがなければ、アニータのサラ夫人殺しも分からなかった」
ルビーは愛と情熱を意味し、また命の象徴ともされ、悪を退ける護符として使用されてきた。
「私は二つのルビーの指輪とサラ夫人の愛がウィッカー氏の命を救ったと思っているよ」
私がそう言うと、シーラは目を輝かせた。
「……それ、おばあちゃんに教えてもいいですか?」
「もちろん、構わないよ」
「私、行ってきます! ビル、おいで」
シーラは立ち上がり、ドアを開け颯爽と駆けていく。
誰とも関わりたがらないかったシーラだが、今、少しずつ誰かと触れ合おうとしている。
人間ではなく、幽霊や犬というところがやや問題な気がするが、
「ま、良い変化だろう」
と私は一人ごちた。
第二話終了です。
探偵達はあまり推理しなかった!が事件は解決しました。
次回のタイトルは『誰がために天使は歌う』です。
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