10.ルビーの遺言1
ここは王都郊外に建つアーチボルト寺院。
寺院としてより、寺院が管理する広大な墓地の方が有名な寺院だ。
「いやぁ、無理だと思いますよ」
「おや、シーラ君だ」
墓地の一角で私は新人修道女のシーラを見かけた。
彼女は墓標に向かって何事か話しかけていた。
墓の前で独り言を言っているようにしか見えないが、実は彼女は死者と話が出来るという特異な能力の持ち主である。
そのため、様々な死者から声を掛けられるのだ。
「いや、無理です。手が汚れそうだし、私は嫌です」
彼女に語りかけてくるのは、強い思いを抱えたまま亡くなった者達だ。
彼らは様々な思いを晴らして欲しくて、彼女の元に面倒なお悩み事を持ちかけてくる。
シーラは出来ないことははっきり断っているようだが、死者もなかなか必死なようでしつこく食い下がってくるらしい。
「シーラ君は大変だなぁ」と思いながら、私が彼女の横を通り過ぎようとした時、シーラが言った。
「はっ、上の人に聞いて欲しい? まあどうしてもって言うなら、聞くだけ聞いてみます」
そして彼女はくるりと顔を向け、私を見た。
私は嫌な予感がした。
シーラの『上の人』とは、この寺院に現在私一人だけだからだ。
「神父様、この人がちょっとお墓開けて中見て欲しいって言ってるんですけど。駄目ですか」
シーラは墓標を指さしながら私に言った。
私は呆れて言った。
「駄目に決まってるだろう」
***
「どうしてそんな話になったんだ?」
私は食堂でのお茶の時間に先ほどの話をシーラに聞いた。
棺の中を改めて欲しいそうだが、端的に言って墓荒らしの依頼である。
墓地を守る司祭としては一番忌むべきことだ。
「……」
シーラは私の問いかけを聞いてなかった。
自分のマグカップに注がれた薄茶色をした茶の匂いをクンクンと警戒した様子で慎重に嗅ぎ、私が飲んでいるのを確認した後、自分もえいやと一口飲んだ。
途端、彼女は目を丸くする。
「これ、何ですか? 美味しい」
「口に合って良かった。たんぽぽの根から作ったたんぽぽコーヒーだ」
「えっ、これ、たんぽぽなんですか? そこらに生えてる雑草のたんぽぽ?」
昨今、王都ではコーヒーが人気だが、我々は清貧を旨とする聖職者なので、高価な嗜好品であるコーヒーを口にする機会は滅多にない。
そこで老神父の一人が教えてくれたのは、たんぽぽを摘んで作るたんぽぽコーヒーだ。
たんぽぽの根を摘み、綺麗に洗った後天日に干す。十分乾燥したら、その後5ミリほどに刻み、フライパンで炒る。
炒ったたんぽぽをすりこぎで細かくすれば出来上がりだ。
これをコーヒーと同じように、布で濾して飲む。
味はコーヒーと比べると若干薄い気がするが、案外分からないくらいコーヒーに似た味と香りがする。
シーラに出したたんぽぽコーヒーはミルクを入れている。こうすると味がまろやかになってなおさら区別が付きにくい。
「美味しいですね。クッキーと合います」
シーラは気に入ったらしく、ほくほく顔で飲んでいる。
「クッキーは信徒さんが差し入れてくれたものだ。昨日、君の見ていたお墓のサラ・ウィッカーさんの旦那さんがいらしてね。昨日は亡くなったサラ夫人の誕生日だったそうだ」
サラ・ウィッカー夫人は半年ほど前、七十歳で亡くなった。
平均寿命を越えての大往生だったが、長年連れ添った夫のウィッカー氏の悲嘆は激しく、葬儀の際は見るに忍びないほどであった。最近ようやく少し元気を取り戻し、時折墓参りに訪れている。
ただ、彼も高齢のため、付き添いの姪御さんと共に来ることが多い。
墓参りのついでに寺院の方に顔を出して、こうして献金や菓子の差し入れなどをしてくれる熱心な信徒だった。
「サラさんの旦那さん……」
シーラはそう聞くと、何故か急に剣呑な目つきでクッキーを凝視した。
「何かね?」
「いえ、誰が差し入れようとクッキーに罪はありません」
そう言いながら彼女はクッキーに齧り付いた。
ウィッカー氏は王都で名前が知れた商人だそうだ。
差し入れのクッキーもバターと卵をたっぷり使った有名店の品だ。
商売をはじめた若い頃は貧乏で大変苦労したものだが、ようやく成功し、夫婦のんびりと過ごそうとした矢先に夫人が亡くなったと聞いた。
それがウィッカー氏としては無念でたまらないらしい。
「でもサラさんの旦那さん、サラさんとの最後の約束破ったらしいですよ」
そう言ってシーラは不満そうに唇を尖らせた。
サラ・ウィッカー夫人の死はシーラがここに来る前のことだ。
シーラはサラ夫人の葬儀の際のウィッカー氏の憔悴ぶりを知らない。
「……そんな風には見えなかったがねぇ。ちなみにどんな約束なんだ?」
「サラさんは棺の中に愛用の指輪を入れて欲しかったそうです。なのに入れてもらえなかったそうですよ」
どちらかというと普段は無口なシーラだが、憤懣やるかたないといった様子で饒舌になった。
「そうか」
「サラさんはお年寄りで年のせいであんまり具合は良くなったそうなんですけど、十年くらい前から少しずつ目が悪くなっていった以外は大して持病もなかったみたいです」
「ああ、私もそう聞いているよ」
そのことはウィッカー氏も話していた。
サラ夫人の死は家族にとって突然の出来事だったようだ。
「サラおばあちゃんによるとその日は昼くらいから気分が悪くなって、『まあ、大丈夫でしょう』って思って誰にも言わなかったんですって」
私は眉をひそめた。
「ご老人の辛抱強さはこうした場合は、あまり良いことではないね」
「はい、そのまま夜になっても回復しないで夜、心不全で亡くなったそうです。サラさんは意識が朦朧とする中、旦那さんに『いつもはめていた指輪を棺に入れて』と頼んだそうです。あ、その指輪、結構大きなものなんでこの数年、目が悪くなってからは危ないからとはめてなかったそうです」
「思い出の指輪のようだね」
「はい、結婚した当初は貧乏すぎて結婚指輪も買えなかったらしいですが、旦那さんの仕事が軌道に乗って、結婚二十年目の記念に贈られたものだそうです。サラさんはすごく気に入ってたそうです」
「それはそうだろうね。気持ちがこもっているのが私も分かるよ」
「だから指輪だけは棺に入れてもらいたかったってサラさんが言ってました。旦那さんは『そんなことを言わないでくれ』って嫌がったそうなんですけど、最後に『君にふさわしい最高に美しいルビーを贈るよ』って言ったそうです。それは、ウィッカーさんのプロポーズの言葉なんですって」
「ふうん」
「『今は貧乏だけど、必ず成功して君にふさわしい最高に美しいルビーを贈るよ』っていうのがプロポーズの全文で、『あの人、約束を守ってくれたんだよ』っておばあちゃん、感動してました。旦那さんの言葉を聞いて安心したサラさんはそのまま眠るように亡くなったそうです」
「突然のことだが、家族に見守られ、幸せな最期だったようだね」
副葬品として棺の中に故人が愛用していたアクセサリーを入れることはよくある。
サラ夫人の葬儀の時はどうだっただろうかと私は半年前のことを思い返した。
「はい、でもこの後がひどくって、『約束してくれて本当に嬉しかったんだよ。なのに、墓に違う指輪が入ってたんだよ!』ってサラさん、怒ってました。だからおばあちゃん、棺を開けて見て欲しいって。それでちゃんと思い出の指輪を入れ直して欲しいって言ってます」
「いや、そんな理由で棺は開けられないよ」
「私もそう言ったんですけど、あのおばあちゃん、『頼むからアンタ、見とくれよ、あれはアタシのルビーじゃないんだよ。ちょっと見てくれるだけでいいから』ってうるさいんですよ」
「『ちょっと』って言われても、墓暴きは無理だな」
棺を掘り返すのは、稀にあることだが、遺族かさもなくば司法の要請によるものだ。
いくら死者当人の願いでも聞き入れるわけにいかない。
待てよ、ルビー?
私はルビーと聞いて一つ、思い出したことがあった。
「もしや、サラ夫人が言っているのは、大きなルビーがはめ込まれていた指輪のことだろうか?」
シーラが頷く。
「おばあちゃん、でっかいルビーって言ってました」
サラ夫人の葬儀の時、棺に眠る彼女の指にはとても大きなルビーがきらめいていた。
その輝きに参列者が息を呑むのを私は聞いた。
「それなら安心してほしい。いや、私から本人に伝えようじゃないか」




