630【赤ら顔】
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今話は、少し短めです。
グラデウス国籍の船は、胴の太い二本のマストのある外洋帆船だった。
船に詳しくないので、こんな説明になってしまうが、大航海時代のそれ、といえばわかるだろうか。
外洋帆船だけあって、大きい。とはいえ、全長五十メートルもなさそうだ。
木製の踏み板を登る。
ちなみに、船に乗り込むのは、宰相殿以外の面々。どうなるのかを見たい、とのこと。国王ふたりがそれでいいのか?
先頭を護衛のひとり、グラデウス国前国王、護衛のもうひとり、オレ、ジョージ、ジョージの護衛のガルドガル・フォックスマン。彼とは、グエダラ国へと旅した仲だ。
踏み板の傾斜はキツくない。喫水線が低いためだ。とはいえ、踏み板を登りきらないと、甲板は見えない。
と思いきや、ヌッと顔を覗かせた者がいた。
赤ら顔でギョロ目、耳も赤く大きい。まるでエスキモーの服のように、白く豪華なファーが赤ら顔を覆っている。
なんの獣人だろうか?と思っていると、その全身が見えてきた。うわっ、四つ足だよ。
鑑定さん、よろしくお願いします。
神獣じゃなくて、聖獣じゃん。
オレの前を歩く者たちが、甲板に降り立つ。そのあとをオレが降り、ジョージたちが降りる。
聖獣は、ちゃんとあとずさって、その場を空けていた。
「あのさぁ、なんで放し飼いなの?」
呆れて、誰に言うでもなく、そう呟けば、答えが返ってくる。
「甲板を自由に歩かせろって感じでな」とマクレガウス。「はじめは怖がってた船員たちも慣れちまってな。で、ここに到着早々にオレたちとともに降りようとするから、待つように言って、渋々降りるのを諦めてもらったんだ」
「人の言葉がわかるんだな」
「そうらしい。それに暴れもしないしな」
「そうか。ちなみに、コイツは神獣じゃなくて、聖獣だ。聖なる獣な」
「聖獣?」
「そう、聖獣。種族名は、バロンケ」
「鑑定か」
「そうだ。話してみる」
「頼む」
バロンケの前に立つ。その赤ら顔を見る。オレがよく知るものに似ている。日本の獅子舞いの獅子だ。あれは歯が剥き出しだが、バロンケは閉じている。
バロンケがオレを見つめる。
と、鑑定された。しかも隠蔽が看破されている。
『ふむ、サブと申すか』と頭の中に声が響く。『念話は通じておるな?』
『はい、聖獣バロンケ』
『畏まる必要はない。ようやく話せる者が現れてくれた』
『何か、お困りで?』
『船から降りたいのだ。なに、暴れたりはせぬ。見てまわりたいのだ』
『人々の営みを?』
『うむ。住んでいた土地の人の集落で楽しんでいたのだが、人々がいなくなってしまってな。寂しかったのだが、五人の人が来て、遊んで楽しませてくれた。で、帰ろうとするので、あとを付けていくと、人の集落があった。そこでも楽しませてもらって、どこかへと行ってしまうので、さらにあとを付けた。そうしたら、そこの長らしき者の前へと導かれた』
バロンケの言う“長”とは、マクレガウスのことだな。
マクレガウスの話とバロンケの話は、食い違いはない。
ただ、バロンケにとって、兵士たちは遊んでくれる人で、逃げた先の村の人々の逃げ惑う姿が面白かったのだろう。
『バロンケ、少し待ってもらえるか? 後ろの人間たちに、そのことを話すから』
『ふむ、わかった』
オレは振り向いた。
「サブ」とジョージ。「話していたのか? 以前のドラゴンのように、話しているようには見えなかったが」
「バロンケとは、念話で話した」
「念話? 従魔契約したということか?」
「いや。どうもオレとつながりやすかったようだ」
「そういうことか。それで?」
「バロンケが言うには、マクレガウスが言っていた村に住んでいて、人がいなくなって、寂しかったそうだ。そこに兵士たちが現れた。当然、兵士たちは闘う。だが、バロンケにとっては遊びの範疇。兵士たちが逃げるのを追って行ったら、村があって、村人が逃げ惑うのが楽しかった。そのまま付いて行ったら、マクレガウスのもとへとたどり着いた。どうやら、そういうことらしい」
「船に乗ったのは?」とマクレガウス。
「これから。ほかに聞くことは?」
「食事のことを聞いてくれ」
「あぁ、それは聞かないとな」
バロンケに向き直り、問う。
『バロンケ、船に乗る前から、食事をしていないらしいが、なぜだ?』
『食事? 摂らないが?』
『どういうこと? 生きていくには、栄養が必要だろう?』
『ふむ、聖獣のことを知らぬのだな』
うなずく。
『聖獣とはな、獣だったものが、長い年月を生き、やがて人々に崇められるようになり、そのおかげで生き長らえておるのだ。信仰の対象となることで、人々の気持ちが供物となり、我を生かすのだ』
『それって、土地神様ってこと?』
『土地神か。それは似て非なるものだ。土地神は、その土地の力を得る。我は、人々の思いを得る。わかるか?』
『なんとなく、わかったよ。人々に崇拝されることが、聖獣の糧になる、ってことで合ってる?』
『おおむねそれで良い。でだ、船から降りても良いかの?』
『あぁ、そういう希望だったよね。ちょっと待って』
振り返る。
「食事は必要ないって。人々からの崇拝の念を糧にしてるんだって。だから、畏れ敬う気持ちがあれば、いいらしい」
「そうなのか?」「大喰らいに見えるが」
ふたりの国王が、失礼なことを言っている。
『そうなのか?』とバロンケがおのれの姿を見回している。
『見た目はね』と笑いの念を送る。
「おふたりとも、バロンケは人間の言葉がわかることを忘れずに」
ふたりがバロンケに謝る。
*聖獣バロンケ
独自魔獣。
聖獣バロンをもとにしている。
ウィキペディア参照
獅子舞いの獅子も聖獣バロンから?
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