621【正当な報酬】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
今話は、ふつうです。
「ムーナちゃん、手を出して」
小屋に帰って、帰宅の挨拶をしたすぐあとに、ムーナちゃんにそう言った。
わけがわからないなりに、手を出す。
その小さな手のひらに、革袋を載せる。
ムーナちゃんは、首を傾げる。
「開けてごらん」
言われるままに、革袋のヒモを解き、口を広げて、中を覗く。さらに首を傾げるムーナちゃん。
「絵が売れたよ。それはギルマスから預かってきた君の初仕事の報酬だ」
よくわからないらしく、兄のところに行って、革袋を見せる。
中を覗くテリー。
「良かったな」とムーナちゃんをよろこんで見せる。それからこちらを見た。困った顔をして。
「お金でものが買えるのは、街なかで知った、です。だけど、持ったことないんで」
「あぁ、そうだったな。森の中じゃ使わないし、見たこともないよな。よし、勉強しよう」
硬貨をたくさん出す。それを並べて、余分な硬貨をしまった。
「まず、ムーナちゃんに渡したのは、これ、鉄貨だ。お金としては一番安い。これ一枚では、ものが買えないと思った方がいい。三枚で串焼きが一本買えるくらいだ。革袋にはギルマスに頼んで、鉄貨だけにしてもらった。大きい硬貨を出すと、お店側もお釣りを出すのに、大変だ、あっ、お釣りというのは、鉄貨十枚で、銅貨一枚と同じだ。串焼き三本買うと、一枚分の鉄貨が余る。これがお釣り。串焼き一本ならお釣りは七枚だ。わかる?」
なんとなくくらいかな?
「とりあえず、串焼き買うときは、お店の人に聞いて、言われた分を渡すんだ。いい?」
「はい」
「で、さっきも言ったけど、鉄貨十枚で銅貨一枚と同じ。で、銅貨十枚と銀貨一枚が同じ。同じように、銀貨十枚と金貨一枚とが同じだ。いいか?」
「えっと、十枚ずつで一枚、大きいお金になる?」
「そうだ。でも、わかると思うけど、金貨を手にすることは、まずない」
「はい。串焼き何本食べれるか数えられません」と苦笑い。
「そういうことだ」とこちらも苦笑いで返す。そのまま、ムーナちゃんを見る。
彼女は、鉄貨を十枚ずつの山にして、遊んでいる。いや、数えているのだ。
数え終わると、オレを見て、オレの前に、すべての山の半分を滑らせてきた。
「ん? なに?」
ムーナちゃんは、書字板とペンを床に置き、指差す。それからペンを取って、描く仕草。文字書く仕草。そうして、オレに向けた山分けした分を指差す。
「書字板に、描き方、文字を書いたことの報酬?」
真剣そうにうなずくムーナちゃん。
「しっかりしてるね。でも、書字板はあげたものだし、描き方は少し話しただけ。確かに文字はオレが書いたけど」
むくれている。あっ、こりゃ、どっかで妥協しないと許してくれないパターンだ。
「よし、わかった。だが、書字板は捨てるつもりのものだ。その分をもらうつもりはない。さぁ、自分が考えた書字板のお金を自分の山に戻してくれ」
渋々、戻すムーナちゃん。
「残りは、描き方を教えた分と文字を書いた分だね。それぞれに分けて」
残りの半分を半分ずつに分けるムーナちゃん。
「描き方と文字を書いたのが、同じお金なの?」
そう言われて、悩む彼女。
「どちらが、おじさんが時間を掛けただろう?」
それで、片方の山に、もう一方の山を半分にして、まとめた。
「よし。描き方は?」
大きい山を指差す。
「なら、それは自分の分にしなさい。なぜなら、少し口出ししただけで、そんなお金は受け取れない。この文字を書いた分は、実際に仕事をして、買い取られた分だ。正当な報酬として受け取れる」
唇を尖らせるムーナちゃん。
その頭に、ポンッと手が乗せられた。テリーの手だ。
「ムーナ、おまえの負けだ。もらっとけ。たぶん、これ以上は受け取らないぞ」
そう言われては、さすがに折れるしかなかった。
文字書き分の山だけを手にして、オレに突き出した。唇は尖ったままだ。
両手を差し出して、お金を受け取る。
「はい、確かに」
ムーナちゃんは、むくれたまま、お金を集めると、革袋に入れて、ヒモを結わえた。
そして、革袋を兄に押し付けた。
「えっ!? なんだよ! ムーナのだろ?」
ブンブンと首を振るムーナちゃん。プイッとそっぽを向く。
「なんだよぉ」
笑いながら、マナミが言う。
「お兄ちゃんに持ってて欲しいんじゃない?」
「えぇ?」
「欲しいときに、そこから渡せば、いいじゃない」
「そんなもの?」
「単に不貞腐れているだけかもだけど」
「ムーナ、とりあえず持ってるからな」
ムーナちゃんは、答えない。
「もう」
それを見て、笑ってしまう。
ふと、思い出した。
「あぁ、忘れてた。ムーナちゃん、お仕事の追加の依頼が入ったよ」
こちらを向くムーナちゃん。驚いた顔をしている。
「絵を描く仕事。今回は五枚だ」
オレのところに駆け寄る。目がキラキラしてる。
依頼のものを出して、描かせる。もう指導の必要はない。
それを見て、テリーも字の練習をする。
読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)




