619【字を書くことの意味】
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今話は、少し短めです。
出来上がりは、子どもが描いた絵。これは仕方ない。
ポイントをひとつ言って、最初から描かせる。それの繰り返しを続ける。
だいぶ良くなったところで、休憩させる。
それから今度は、ペンで板に描かせる。少しの失敗はあったが、おおむね良く描けている。
「いいね。最後に」オレはその板にペンで、薬草の名前を書く。「これで完成だ」
板を彼女に渡す。
「あとで、その字を練習するといい」
ムーナちゃんが笑顔で大きくうなずく。
そこから、少し休んでは、ものを変え、描かせることを続ける。一日で覚えさせるつもりはないが、彼女がやめようとしないので、やらせた。
とはいえ、そんなに長くは続かない。集中力はあっても、それを維持し続けることができるほどの大人じゃないので、疲れてしまう。
なので、そこで終了させた。
それでもムーナちゃんは、続けたがった。
「これはきちんとしないと、お金にならない仕事だよ? そんな状態で描いても、きちんとしたものにはならない。それはわかるだろう?」
渋々、うなずく彼女。
そんな彼女の頭を撫でる。
彼女は、くすぐったそうにする。
「あとで、字の練習をしような」
小さくうなずくムーナちゃん。
「オ、オレも」とテリー。そちらに向く。「字を習え、ますか?」
「理由は?」
下を向いてしまう。
「おかあに習ってた。でも、なんの意味があるのかわからなくって」
「名前は?」
バッと顔を上げ、うなずいた。
「書ける!」
オレは書字板を出して、渡す。
受け取ると、テリーはぎこちなく、それでいて、一所懸命に書く。
出来上がりは、カクカクしていて、迷いが見える。それでも読める程度にはなっていた。
「練習が必要だな。それはやる。使え」
「い、いいの、ですか?」
「それがないと、ここで練習できないだろ」
「あ、ありがとう、ございます」
そこから集中して、ペンを走らせるテリー。
ときおり、チェックして、丁寧に書くように言う。早さよりも丁寧さだと。
文字は、その人を表す。文字を書くことは、その人の心の内を描くことであり、その人の性格がそこに現れる。
オレも字は汚かった。親からきれいに書けと怒られてたけど、自分がわかればいい、と変えなかった。
転機は誰にでも訪れる。
オレは恋をして、ラブレターなるものを書いて、口の固い親友に添削を頼んで、一蹴された。“一発で撃沈するぞ!”と怒鳴られて。
そこからは、猛練習。親友に見せるたびに、赤ペンが入る始末。
ようやく、きれいになったとお墨付きをもらった時点で、彼女は彼氏を作っていた。親友に慰められた。
そのときに親友に言われたのは、“せっかくのチャンスが、おまえの字の下手さで、ふいになるんだ。字をきれいにするのは、そんなチャンスを逃さないためなんだ”と。
もちろん、最初からきれいに書いていたとしても、無理ゲーだったとはわかっている。でも一縷の望みを掛けた字の練習だった。そのことは、今でも誇りだ。付き合ってくれた親友のことも。
その後、大人になって、字を書くと、“きれいに書きますね”と褒められることが多かった。
いっとき、字に興味を持ち、書籍を調べたら、開運の書き方なんてのもあった。少し参考にした。あと、書き順についても。間違いはいくつもあった。直した。
そんな中に、書き方占いみたいな本もあった。書き方からその人物の性格やクセがわかると。
自分やまわりの人を当てはめてみると、当たっている気がする。そこで、こうなりたいと思う字の書き方をしたりした。
結果は、比較できないので、わからないが、まぁ悪くはない感じ。
こちらの世界でも、おそらく、そういう字に現れるものはある。貴族出身のジョージやランドルフの字はきれいだし、ほかの貴族もきれいだった。学園にかよっていたからだろう。つまり、学歴による経験だな。それでもクセはあった。
多くの冒険者は、字が書けないとは言わないが、それなりでしかない。書く機会が少ないためだ。それに字が書ける仲間に頼るせいもある。そのため、名前が書ければそれでいい、と思っているフシもある。
まぁ、人によっては、生来の理由で書けないこともある。あの《守護獣の誇り》のリーダー、ゴリラ獣人のべズーラは、あの手だからペンを握るのが大変で、簡単に折ってしまうそうだ。
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