611【魔獣騒ぎ】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
今話は、少し長めです。
翌朝。
朝食を食べ、軽くお茶して、準備を整えると、部屋を出た。
一階の受け付けには、誰もいなかったが、すぐにこちらに気付いたらしく、女将さんが出てきた。
「出発かい?」
「はい」
「どこまで行くのか知らないけどさ、気を付けてね」
「ありがとうございます。では」
踵を返して、出ようとしたら、入り口が勢いよく開いた。
「おっ、いたいた!」と犬獣人の男性。
「あれ? 昨日の?」
「おう! レトルと呼んでくれ! えっとぉ、あんた、サブって人か?」
名乗っていないからな。
「そうだけど?」
ホッとするレトル。
「よかった。一緒に来てくれ。ウチの大将が呼んでるんだ」
「あのエルフが?」
キョトンとするレトル。それから笑った。
「あはは、違う違う! ウチの大将は、黒豹の方さ。大将は口下手なんで、エッサ、エルフのことな、やっこさんがいろいろと話をする仲介役とか交渉役をやってんの」
「なるほど。それでなんの用だって?」
「知んね。とにかく呼んでこいって」
「これから町を出発するんだけど?」
「心配ねぇよ。場所は途中の冒険者ギルドだから」
そういう話じゃないんだけど。
マナミを見ると、苦笑いしていた。
冒険者ギルドに到着すると、なんかごった返していた。
「なんだ?」
この時間に掲示板に群がっているはずの冒険者が、そこにはいない。その掲示板にはバッテンマークのように、板が打ち付けられていた。
「エッサ!」とレトルが叫ぶ。
すると、受付嬢のカウンターの方で、手が上がった。
「連れてきたぞ!」とレトル。
その手が、クイクイと前後する。“来い”の合図だ。
「行こうぜ」
レトルに促されて、カウンターに。そこには、《タイガーヘッド》の面々がいた。
エルフのエッサが口を開く。表情が硬い。
「あなたが、B級冒険者のサブさんか?」
「どこでそのことを?」
「王都冒険者ギルドにパーティー名で教えてもらった。昨日、報告書の転送依頼したのは、受付嬢が覚えていたのでな」
「簡単に教えるはずがないんだが?」
「ギルマスが緊急で教えてもらった」
「わかった。話を聞こう」
執務室に入る。
ギルマスと思われるガタイはいいが、歳を取り、冒険者を引退したような男性が、執務室を右往左往していた。
「ギルマス、連れてきた」とエッサ。
こちらを向いたギルマスは、オレとマナミを見て、怪訝な顔をする。
「本当に?」
こういうのには、慣れてるオレたち。ギルドカードを提示する。
「お、おう、慣れてるな。ん、確認した。話は聞いたか?」
「いや」
「蜘蛛系魔獣の討伐経験は?」
「小さいのから大きいのまで。名前は?」
「ジャンピングスパイダー、そのキングと思われる。脚を広げた大きさは、人の背丈ほどという話だ」
「そりゃ、クイーンだな」
「クイーン?」
「オスは、そこまで大きくはならない。腹の大きさはどうだって?」
「腹?」
「クイーンなんだから、卵持ちの可能性もあるだろう?」
「なるほど。そこまでは聞いていない。ともかくデカかったとしか」
「卵持ちとしよう。報告したヤツは、襲われたか?」
「襲われた。だが、追ってこなかったそうだ」
「十中八九、卵持ちだ。産むための巣を作ろうとしているな」
「巣だと?」
「子蜘蛛が産まれるのをクイーンが守るんだ。このあたりの魔獣の状況は? 普段と変化はないか?」
「昨日のゴブリン討伐だが」とエッサ。「数が少なかったと言ったよな。ほかはそれほどでもないはずだ」
「それ以外の報告は、受けていない」とギルマスも。
「となると、すでに捕食は済んでいて、巣作りと産卵に集中しているんだろうな」
「そこを一網打尽にすれば――」
ギルマスを制する。
「やめなよ。なんで魔獣のことを聞いたと思ってるの」
「へっ?」
「そんなにスタンピードにしたいの?」
首を振るギルマス。
「おそらく、そのクイーンは、このあたりを縄張りにしているはずだ。人間風に言えば、森神様だよ」
「なぜ、そうだと?」
「発見したヤツは、森の奥に立ち入ったんじゃないの? どう?」
「確かに」
「人様の縄張りに入ったら、警告するし、気が立ってれば、追い払うだろう? ふつうなら、人間なんて、いい獲物だ。捕食して当然だ。命があるってことは、そういうこと」
「それはいいが、スタンピードは?」
「弱肉強食の頂点にいるクイーンがいなくなれば、次の順位にいた魔獣が増える。当然、エサとなる魔獣が食べられて減る。そうやって、バランスが崩れて、飢えた魔獣がスタンピードを起こす。わかった?」
「な、なんとなく。だが、子蜘蛛は? どのくらい産まれる?」
「およそ百匹」
「百!」
「心配ないよ。卵から産まれた子蜘蛛は、腹減っているから、共食いをはじめる。おそらく、三分の一も残らない。そのあとは、小型魔獣の餌食になる。エサを取れないで飢えて死ぬのもいる。最終的には、十匹も残らない。それに大きくなるのに、何年も掛かる。魔獣や仲間と争うこともあるだろうから、クイーンほどになるのは、一匹二匹だ。そうなれば、世代交代だ」
「つまり、ほっとけと?」
「心配なら、クイーンを中心として、半径百歩には、入らせるな。入ったら降格と罰金に処すとかな。必要なら監視を付ければいい」
「いつまでだ? 監視は」
「一週間から十日。クイーンが巣から出たら、すぐに撤退。クイーンの餌食になるぞ。腹減っているからね」
「お、おう」
「待て、サブ」と口を挟んだのは、エッサ。「話の辻褄は合うようだが、それを信じろと言われても、困るぞ?」
そりゃ、そうだろうな。
「証拠を出せと?」
うなずくエッサ。
鑑定さん、よろしく。よし。
「エッサ、証拠を見せよう。だが、君だけだ。廊下に出てくれ」
何かを察して、彼はうなずく。
ふたりで廊下に出ると、オレは口を開いた。
「君は、二百三十六歳だな。悪いが鑑定した」
少し驚くが、次を促してくる。
「これから見せるものは、君にとっては驚くべきものだろう。覚悟を決めてくれ」
「わかった。見せてくれ」
その言葉にうなずき、アイテムボックスからひとつのものを取り出し、握る。そのまま彼の前に差し出す。
受け取ろうとする彼を制して、拳を開いた。
「なっ!」
そこで彼は両手で口を覆った。それからオレとその物体を交互に見る。信じられないと言わんばかりに。
ハイエルフからもらったアダマンタイトのヤツだ。
「わかるな。これが証拠だ。嘘偽りはないと誓おう」
口を覆っていた両手を下ろし、口を開いた彼。
「心臓が飛び出るかと思ったぞ。だが、信じよう。それを見せられては、何も言えん」
「すまんな」
「いや。戻るか」
執務室に戻り、エッサが証拠を見た、確実な情報だった、と証言してくれた。
それで情報が正しかったと判断されたら、情報提供料を口座に入金してくれるというので、書類を書かされた。
それでようやく開放された。
「どうしようか」
冒険者ギルドを出て、最初に出てきた言葉が、それだった。
「もうお昼過ぎましたから、もう一泊しますか? どこかでお昼を食べて」
「そうするか」
ふたりで、町を散策しながら、食事処を探す。さすがに行列店はない。この世界でそんなのがあったら、それこそ名店だろう。
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