202【屋敷の主】
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長いため、1話投稿します。
夕方。門扉の開く音とともに、外が騒がしくなり、執事が玄関に向かう。
客人かな? それともここのご主人?
しばらくして、リビングに入ってきたのは、後者でした。
冒険者かと思うくらいのゴツい体躯。背丈は百八十センチよりあるか。ふさふさの髪は赤に近いオレンジ。眼光鋭い瞳は冷たい青。アイスブルーだ。着ている服装は、質素ではあるが、誂えたと思われる清潔感のあるもの。
オレは立ち上がり、一礼する。まだ紹介もされていないが、彼のオーラに当てられて、ほとんど無意識でそうしていた。
でもウーちゃんはお茶している。なんで?
「薬師シファー殿、此度は無理を申して済まぬ」と彼はウーちゃんに頭を下げる。
「ん? 儂に言うておるのか? ならば、人違いじゃ。儂は、ウーちゃんじゃ。シファーではないぞ」
なんで偉そうなんだ、ウーちゃん?
「旦那様」と執事。「紹介させていただきます。こちらの男性がサブ様でございます。女性はウーちゃん様でございます。今回、シファー様の薬を運び、お嬢様への処方を施される方にございます」
「む、そうであったか。失礼した」
「いいえ。私は《竜の逆鱗》というC級冒険者パーティーに属する者で、サブと申します。シファー様とは、物品の取り引きでの交流があり、今回の薬を届ける依頼を受けました。また、処方も教えられており、任されてもおります」
「そうであったか。それで」と執事を見る彼。「あの子のようすは?」
「苦しみから解放され、静かに眠っておいででございます」
「そうか。安堵した」
「失礼ながら、よろしいでしょうか?」とオレは口を挟む。
「何か?」
「最初に処方したのは、身体の熱を下げ、落ち着かせるための薬です。このあと、八日ほど、用途の違う薬剤を飲ませる必要がございます」
「治ってはおらぬのか?」と厳しい顔付きに。
「もちろんです。お嬢様のお身体の現在の状態を考えれば、一度に薬剤を投与すれば、猛毒も同じ。ですから、徐々に適した薬剤を順次投与していく必要がございます」
顔から険しさが消えた。
「なるほど。失礼した」
「いえ。ご心配はわかりますので」
「そのため」と執事。「サブ様方には、部屋をご用意いたしました」
「うむ、よかろう。ゆっくりして欲しい。それで、そちらの女性は?」とウーちゃんを見る。
「私の連れです。信じられないかもしれませんが、私の従魔でして」
彼が渋面となり、睨んでくる。まぁ、女性を従魔とするなんて、と思われているんだろうな。
「旦那様」と執事。「ウーちゃん様は、ケルピーで、長い年月を生きており、人化できるのだそうです。私も自分の目で見たことが信じられませなんだ」
うん、よかった、説明してくれて。
「おまえが言うならば、信じるしかあるまい」
オレを見る彼。
「ウー、に乗ってきたのであるか?」
「ウーちゃん、じゃ」と自己主張するウーちゃん。「ちゃん、も付けぬと噛むぞ」
「ウーちゃん、わかったから黙ってて」
「仕方ないのぉ」
「失礼しました。おっしゃるとおり、彼女に乗ってきました。ふつうの馬では、時間がかかりますので」
「どこから来た?」
「ヘイサト町からになります」
「ヘイサト? あんなところからか。どのくらいかかったのだ?」
「途中、メカタ村のシファー様のところに寄りましたので、ええと、四日ほどですね」
「なんと」開いた口が塞がらないようだ。まぁ、距離が距離だからね、そうなっても仕方ない。だが、彼はそれほど多くの時間は割かなかった。「凄まじいな」
「ケルピーでなければ、風圧で飛ばされていたことでしょうね」と笑む。
「どういうことか」
「ケルピーは、魔法で背中に乗るものを固定できるのです。逃げようと思うなら、死ぬ覚悟が必要でしょう」
「獲物は、逃さぬ」とウーちゃん。
「はいはい」
「なるほどな。サブとやら、ほかにも仲間がおるのだったな。今、どこにおる?」
「ヘイサト町で分かれました。今ごろは、エルゲン国へと旅を続けていることでしょう」
「すまぬな」
「いいえ。人の命には替えられませんから。助けられたと知れば、仲間もよろこぶでしょう」
「そうか」
会話が途切れたところへ、執事。
「旦那様、ご夕食は?」
「食べておらぬ。あの子が心配でな」
「左様で。では、すぐにご用意いたしましょう」
「頼む」
メイドさんが下がっていく。
「ところで」とオレが問いを発する。「大変失礼ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
彼も執事もキョトンッとオレを見る。
「いや、こちらの紹介はされましたが、そちらのことは、ここのご主人としか」
ふたりが同時に、あっ、という顔をする。
「申し訳ごさいません。失念しておりました」と慌てる執事。「主人は、ウインスター公爵と申します」
「ウインスター公爵」それを聞いて、オレは慌てた。「公爵様とは、知らぬとはいえ、とんだ失礼をいたしました。平にご容赦を」と頭を垂れる。
「良い。こちらこそ、紹介がされておらぬとは思ってもいなかった。すまぬ。顔を上げて欲しい」
よかった。
ん? ウインスター公爵? なんか、誰かが言っていたような?
ちょっと失礼して、鑑定。ゲッ!
「おっと」と彼。「鑑定されるとは」
鑑定察知か。
それはともかく、オレは、片ヒザを付いた。それと同時に胸に片手を当てる。
「大変失礼いたしました、国王陛下」
そう、この人こそ、現在のこの国の王様だった。
「良い。ふつうにいたせ。予も屋敷では気を抜きたいのでな」
「ははっ」
オレは立ち上がった。ちょっと偉いぐらいの人かと思ったら、国王陛下とは。トホホ。
「しかし、なぜ鑑定しようとした?」
「はい。以前、仲間のひとりから、公爵様のお名前を伺っておりまして。で、なんの話だったのかを思い出せず、鑑定をいたしました。ご無礼をお許しください」
「なるほどな。で、なんの話だったのだ?」
お互いにソファーに座った。
「宰相が貨幣の偽造をして捕まりました。そのあとを陛下が国王に祭り上げられた、と」
「そうであったか。今回は、突然、担ぎ上げられたのでな、驚いたわ」と笑う。
「いまだ、公務は大変かと存じます」
「まぁな。金もない、宝もない、武器もない、各種書類もない。よくぞ、ここまで奪ったものよ、と笑うしかなかったぞ。経緯は知っておるか?」
「いいえ」と答えるしかないでしょうよ。
「宰相から聞いたが、勇者召喚をしたのだそうだ」
「勇者召喚、ですか」
「うむ。宰相からは、なんと六回も呼んだ、と聞いた。しかもせっかく呼んだというに、使い捨てたとか。考えられん所業だな」
ホントだよね。
「はい」
「ふふっ、口が重くなったな、サブ殿よ。ふむ、勇者一行に関わる者と見受ける。が、否定するであろうな」
「否定します。陛下の思い違いかと思いますが?」何を証拠に、などと言えば、そのとおりです、と答えたも同じだ。
「この冬にスノータイガー二体が近くに出現した町がある。確か、ミゼス町だったな」
うっ。
「ところが、討伐に向かった冒険者パーティーは、キズを負うこともなく、それどころか、スノータイガーを従魔にしたそうだ。メスのスノータイガーは、腹に子どもを抱えていて、オスとともに獲物を探していた。それでパーティーのテイマーがテイムした、そう報告があった。そのパーティーは、流れのパーティーで、あの町の売りに出されていた屋敷を買い取って、そこに住んだ。ときおり、スノータイガーのオスとともに狩りに出掛けたとも聞く。問題なのは、討伐の際に、テイマーは従魔を連れていた、ということだ。その従魔は、白と黒のケルピー二頭。ケルピーを従魔にした者は初めてだ。誰もが話を信じなかった。しかし、今ここにテイムされたケルピーがいる。同じテイマーであろう?」
「否定できません、陛下」
「それでもおまえが勇者一行のひとりだというには、関連性がないな」
「はい」
「先日は、オーガの集落が発見された。その報告もサブ殿のパーティーだったな」
「はい」
「全滅は、スタンピードの可能性を上げるそうだな。それで街道に出てきたオーガだけを討伐した」
「はい」
「そんな逸話を持つパーティーの情報は、私の耳にも入った。これまでの足跡を調べた上で、私に報告されたのだ。パーティーメンバーひとりひとりを追うと、王都で冒険者登録をした四人の若者とランドルフという借金奴隷を購入した男性が結びついた。この男性は商業ギルドで商人として、同じ日に登録している。この六人で王都を出発。ムラヤ村で薬剤を購入して、ほかの冒険者に村々への販売を委託して、村を離れた。その後、消息を断った。そのタイミングがな、宰相が子飼いの暗殺者を勇者一行の捕縛に送り出した直後だった。ここから考えるに、王城内部の情報が彼らのパーティーに漏れていたのでは、と思われた。つまり、密偵だな。これ以降は、お互いに知っておることだから、省略しよう。さて、王都で登録した彼らは、それ以前がまったく追えないのだ。ふつうならば、出身地くらいはわかるのだがな。ところが、まったくわからぬ。この者たちが勇者一行と考えれば、しっくりとくる。だが、根拠はない」
そこで彼は、お茶を飲む。もう冷めているのだが。まぁ、ノドを潤すには、ちょうどいい、か。
そこへ執事が、彼に耳打ち。
「この話はのちほどとしよう。食事が用意できたそうだ」
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