175【なんちゃってサッカー】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
少し長いため、3話ではなく2話連続投稿します(1話目)
翌日。彼ら六人は、昇級試験のために、冒険者ギルドへと向かった。雪は降っていたが、彼らは気にかけなかった。
ちなみに、オレがB級になったことは、誰にも言っていない。話題にもなっていないのだから、気にする必要もない、と思って。それに余計な波風を起こす必要もない。
セツカの腹は、いよいよ大きくなっていた。
ユキオウも落ち着かない。でも、ウロチョロするしかない。本人もわかっているが、どうしようもない。
『セツカ、もしかして数日中?』
彼女は寝床に横になって、楽にしていた。
『だと思うわ。少なくとも、今すぐではないわね』
セツカは、とても落ち着いている。
『それより』とユキオウを見ている。ユキオウは運動場をウロウロしている。『あの人をなんとかできない?』
『あはは。いつもは?』
『エサを山ほど、狩ってくるわね』
『山ほど? 大きいのを?』
『ううん。小さいものを。狩っては持ってきてを繰り返すの』
『それでウロチョロしてるんだ』
ちょっと外のようすを確かめる。ボタ雪ではないけど、それなりに降っている。狩りには行けない。行っても動いている魔獣もいなそうだ。索敵しても近場にはいない。
『運動場で少し騒がしくしてもいい?』
『いいわよ。ここで見てるから』
『了解』
オレは、古着を出して、丸めて、布で覆い、細い縄でグルグル巻きにした。ボールである。サッカーボールくらいの大きさだ。
自分で蹴って遊んでみる。まずまずだな。
運動場をウロウロしているユキオウの前に、蹴り出す。
最初は気付かなかったユキオウだが、視界に入ってきたボールを見て、首を傾げる。
そこへ走り込んでいき、ユキオウの目の前で、ボールを奪う。蹴りながら離れると、ユキオウがさらに首を傾げた。
離れたところから、ユキオウに向けて、ボールを力強く蹴る。ユキオウの顔面目掛けて。
ユキオウは飛んできたボールを片側の前足で受け止めようとする。
ところが、ボールがそれを避けた。そして、ユキオウの顔面に当たった。
ユキオウは目をパチクリ。なぜ当たったのか、わからないのだ。
これは、ラキエル先生直伝のホーミング雪玉を応用したものだ。オレの魔力ではたいしたホーミングはできないが、初見でこれは避けられない。
『ラキエル』と念話で声をかける。どうやらさっきから、こちらを見ていたようだ。『おまえもやらないか?』
首を傾げるラキエル。
そんなラキエルに、ユキオウの前からボールを蹴り上げる。
ボールがラキエルに達する、と思った瞬間、ボールの軌道が変わった。空中で停止したあと、こちらへと飛んできた。しかもスピードを上げて。オレの顔面を狙って。
そうだと思った。
オレはユキオウの背後に隠れる。当然、ボールはユキオウに当たる。
面食らうユキオウ。
『ユキオウ、そのボールをラキエルに向けて撃て』
『撃て? こうか?』
片側の前足でボールを払う。がたいした距離も飛ばない。コロコロ転がるだけだ。そこから試行を繰り返し、ムキになっていく。
どんどんとラキエルに近付いていく。本人はそれに気付かない。
ラキエルはそれを冷静に観察しており、ユキオウのスキを突いて、片側の前足でボールを奪うと、走りながらボールを前へ前へと転がしていく。
ユキオウがムキになって、追いかけて、ボールを奪おうと頑張る。
だが、ラキエルの方が上手。ユキオウを躱し、ボールをあちらこちらへと蹴り出す。
翻弄されるユキオウは、夢中になってボールを追いかける。が、なかなかボールに手が届かない。
ラキエルは運動場を縦横無尽に駆けるが、セツカの方へは行かないように、配慮していた。意外にセツカのことを気遣っていたのだ。
やがて、ユキオウが地面に大音とともに倒れた。
『も、もう、ダメ』と敗北宣言。ハァハァと荒い息遣い。ベロがだらしなく垂れている。
『あはは』とセツカの笑い。『すごいすごい』
『持久力の問題かな?』
『スノータイガーに負けるような鍛え方はしていない』とラキエルは胸を張る。
『それもそうか。ユキオウ、いい運動になったな』
『負けた』と倒れたまま。残念そうではない。悔しさもない。単に、疲れた、という感じ。
『仕方ないさ。ユキオウたちの狩りは、一瞬で決まるんだろう? ずっと追い続ける闘いとは違うからな。その点、ラキエルは走るのがふつうだから、持久力がある。その違いだよ』
ようやく立ち上がり、セツカのそばに行き、水を飲む。
『まいった。獲物に近付くのに忍耐力が必要だが、ずっと追いかけるのが、こんなに大変だったとは。我ながら情けない。だが、いい運動になった』
『そうね。あれだけ動くなんて、ほぼないものね。でもよく頑張ったわ、ユキオウ』
『獲物に逃げられた気分だ』とガッカリしている。
セツカは笑った。
ラキエルは、ボールをそのままにして、厩舎へ行き、水を飲む。彼もノドが乾いていたらしい。
お昼前に、全員が帰ってきた。若者四人は全員、笑顔。
「昇級したか?」とオレの問い。
「これでC級です」とエイジが報告。「パーティーとしても、です」
「おお、それはよかったな」
ソファーに腰を下ろす面々。
「これでいろいろな依頼を受けられます」というのは、ハルキ。
「よかったな」
「でも」とキヨミ。「今回は、B級冒険者パーティー相手だったから、緊張しました」
「へぇ。なんてパーティー?」
「《龍蛇の咆哮》です」
「おぉ、彼らか。何度か会ってるな」
《龍蛇の咆哮》は、確か四人組のB級パーティーだったな。
「はい。さすがに勝てませんでしたけどね」と苦笑。
「勝ち負けじゃないさ。ということは、結構、頑張ったんだな」
「見応えがあったぞ」とランドルフ。
「確かにな」とダルトンも。
その言葉に、四人はうれしげだ。
「さすがに四人ともが」とダルトン。「雪歩きをやったら、全員、驚いてたよ。向こうは雪に埋もれて、うまく動けなくてさ」
「だが」とランドルフ。「彼らもB級冒険者だ。こちらの連携のスキを突いて、ひとりひとりを削っていった。最後はマナミの降参で終了した。マナミ、あれで正解だ。無理な闘いをしてまで、やる必要はないからな」
「はい」
この話は終わりらしい。ダルトンが話題をこちらに向けた。
「で、今日は何をしてたの?」
「あぁ、ちょっとユキオウに運動をさせてた」
「運動場を走りまわらせた?」
「うん。まぁ、実際にはラキエルが相手をしたんだけどな」
「ラキエルが?」
「“ボール”、えっと、このくらいの玉を作って、それをラキエルから奪い取る遊びをさせた」
「なんで?」といつもの質問調子。
「セツカがそろそろなんだ。それでユキオウが落ち着かなくて、セツカからなんとかしてくれって」
「あら。いつごろだって?」
「あと数日らしい。だから、みんな、見たいだろうけど、我慢してな」と若者四人に向けて言う。
はぁい、という緩い返事だが、大丈夫だろう。
「で」とランドルフ。「ラキエル対ユキオウは、どちらが勝ったんだ?」
「勝ち負けじゃないけどね。ラキエルの持久力勝ち。最後には、ユキオウ、地面にへばっていたよ」
「すげぇな、ラキエル」とハルキ。
「スノータイガーに負けるわけがない、って言っていたよ。でも涼しい顔してたけど、ノドがすごい乾いてたみたいで、水をがぶ飲みしてたな」
「ラキエル、可愛い」と女子ふたりが顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
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