153【雪の日の来訪】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
少し長いため、減らして2話連続投稿します(2話目)
とうとう雪が降りはじめた。
窓の木戸を開けたら、寒い空気が流れ込む。
急いでガラス戸を閉じた。
そこから見た景色が、白だった。
「サブ様」
「おはよう、ヤルダさん。雪だね」
「おはようございます。降りはじめのようです」
「積もりそうな雪だね」
雪は、軽いものではなく、ボタボタと音がするくらい大きい。
「はい。おそらくすぐにヒザ下くらいにはなるかと」
「そうだな。君は玄関の魔導具を起動してくれるか? オレは、運動場の方を起動してくるから」
「かしこまりました」
運動場には、ラキエルがいた。厩舎も運動場内に作ったのだ。
運動場は、窓の木戸を開けないと暗い。
明かりの魔導具を点ける。一気に明るくなる。
それから屋根への放水を、魔導具を起動して開始する。
「おはよう、ラキエル。外は雪が降ってるよ」
ふうん、という感じのラキエル。
ラキエルの身体に触れる。少し冷えている。運動すれば、温まるとは思うが、大丈夫かな?
『ウーちゃん?』
返事がない。まぁ、まだ寝てるんだろうな。
「ラキエル、寒いか?」と毛布に手を触れる。厩舎に用意してあるものだ。
賢いラキエルならば、言葉だけでもわかるが、行動で示すと、より理解してくれる。
オレの問いかけに、ラキエルは首を振る。
「大丈夫なんだな」と手を離す。
今度はうなずく。
「寒かったら、ウーちゃんに言えよ。オレたちも気にはしてるからな」
飼い葉と水をチェック。大丈夫そうだ。
念のために、飼い葉を追加しておく。
この飼い葉は、湖周辺に生えていた草だ。アイテムボックスのおかげで、新鮮そのもの。ありがたやありがたや。
屋敷の二階から運動場のようすを見る。温水のおかげで、雪は溶け、湯気が上がる。よさそうだな。
玄関前も雪は溶けていて、湯気の道になっている。
ほかの場所は、すでにくるぶしよりも積もっている。ヤルダさんの言ったとおりだな。
朝食。すでにネイリンさんはマナミの調理方法を習得していて、ひとりでも大丈夫だったが、マナミはここの女主人的な立場になりつつあった。だから、同じく厨房に立っていた。
最近のランドルフは、冒険者ギルドへはたいして出掛けることはなくなっていた。もう脅威となる暗殺者はいなくなり、近況を王都冒険者ギルドのギルマスに送る程度である。向こうからも報告はあるが、急ぎのものはこれといってなかった。
朝食後、お茶休憩。
「この雪じゃ、出掛けようにも出掛けられないな」とオレ。
「ああ。何か用事があったか?」
「いや。あっ、そうだ。みんな、ラキエルのことを気にかけていてくれ。今日は冷えるからな。ウーちゃんもお願いね」
「大丈夫じゃ。今は運動場で駆けまわって、身体を温めておるわ」
「それでも、だよ」
「わかっておる」
「みんなも頼むな」
全員がうなずく。
「ランドルフさん」とハルキ。「稽古、お願いできますか?」
「おう。運動場でやろうか」
「はい」
最近、ランドルフがいるからか、ハルキが稽古に頑張っている。エイジも付き合っていた。
昼食を摂り、お茶休憩し、オヤツの時間になって、鑑定さんが反応した。誰かがこの屋敷に向かってきている。
「誰か、こっちに来ているな」
「誰だ、こんな雪の日に」とランドルフ。
「もうヒザを越えてますよ?」とハルキ。
「冒険者ギルドからじゃないですか?」とエイジ。
「いや、馬にも乗らずに徒歩で来てる。いくらなんでも徒歩で来るか?」
「出迎えるか」とランドルフが腰を上げる。
「いや、オレが行ってくるよ。浮遊していけば、すぐだからな」
「そうか」
ランドルフはまた、腰を下ろした。
防寒着を着て、手袋をはめ、装備を確認。
玄関前に出て、道路まで行き、魔導具を起動した。ゆっくりと浮かび上がるオレの身体。
風魔法で移動を開始する。
目標の人物はたいして進んでいない。
もしかして、立ち往生か?
スピードを上げる。
しまった。ゴーグルを用意してなかった。雪が顔に当たって痛い痛い。心にメモメモ。
索敵をチェックしながら、進む。
ん?
向こうからこちらへと、溝ができているのが、見えた。その先頭部分に索敵反応がある。
えっ?
まさか、雪に埋まってないよね?
その上に到着。
下を覗くと、人がうずくまっている。小柄な身体。子ども?
ちょっと、なんで薄着なの、この人。
「もしもし? 大丈夫ですか?」
「クソッ、とうとう幻聴まで聞こえてきやがった」
「幻聴じゃないですよ! うちの屋敷に向かっていたんでしょ?」
「うちの屋敷、って」
その人物が、上を向いた。
目が合った。
ムッ、知り合いでした。
「ダルトン! 何やってるの!」
「知るか! 急に寒くなって、この雪だ! どうなってるんだよ、ここは!」
「まぁ、いいや。寒くない?」
「寒いに決まってるだろ!」
「ほい」
アイテムボックスからオレの予備の防寒着を落とす。
さっさと着込むダルトン。
「デカい!」
「ここから歩く?」
「背中に乗せろ!」
「嫌だ」
アイテムボックスから、もうひとつ取り出す。それを雪の上に載せる。
「それに乗りな」
「なんだ、これ?」
「雪の上を滑るためのソリだよ。乗ったら、引っ張るから。早く」
ダルトンは、大人しく手早く乗った。
ソリに繋げたロープを腰に結びつけ、移動を開始する。
このソリ、遊びに使えるかと作ったんだよね。
「ダルトン、ほら、酒」と投げ渡す。ぶどう酒的なもの。度数はちと高い。
「ありがてえ!」
軽く煽るダルトン。
「クカーッ、効くぅ!」
「ご苦労さん。話は着いてからな」
「おぅ」
「すげぇな」と身体に積もった雪を叩いて落としながら、キョロキョロするダルトン。「屋敷とは聞いてたけど、立派じゃん」
「まぁな。ほれ、入るぞ」
玄関ドアが開いた。セバスさんだ。
「お帰りなさいませ、サブ様」
「ただいま。彼はダルトン。オレたちの仲間だ」
「以前、お話されていた?」
「そう」
中に入る。
玄関ドアが閉じられた。
「ダルトン、彼は執事のセバスチャン。セバスと呼んでる」
「セバスさん、よろしくね」
「よろしくお願いいたします、ダルトン様」
リビングでは、全員が待っていた。
連れてきた人物が誰なのかに気付いて、全員が立ち上がった。
「ダルトン! おまえだったか!」
「「「「ダルトンさん」」」」
「みんな、元気そうだね。マナミさん、オイラ、腹ペコ」
「ちょっと待っててくださいね」
マナミは笑顔で厨房に行く。
腹ペコなのに、酒を煽っているダルトン。ゴクリッ。クカーッ。
「いつ、こっちに?」
「早朝。夜通し走ってたら、気温が急に下がってさ。しかも雪が降ってくるじゃん。やばい、と思って急いでさ。門潜って、そのまま冒険者ギルドに行って、屋敷の場所を教えてもらって。出たときは、お昼まわってたね」
「そのまま、ギルドにいればいいのに」とランドルフ。
「こんなに降るなんて思わなかったんだよ。途中までヒザ下だったんだ。それが積もり積もってさ」
「こいつ、雪の中でうずくまってたんだ。しかも声をかけたら、幻聴だ、って言ってた」
「仕方ないだろ、雪を甘くみていたって反省してるときに、声が聞こえてきたんだからさ。幻聴だって思うよ」グイッ。クカーッ。
マナミが料理を持って現れた。
その料理をガツガツ食べるダルトン。
オレたちは、クッキーモドキとお茶。
「暗殺者が捕らえられて、そこから偽金造り、偽金使用しているのがわかって、宰相が逮捕された。まだ取り調べの最中」
「誰が、国の頭になったんだ?」
ダルトンとランドルフの会話は、オレたちへの情報ともなっていた。だから、日本人は誰も口を挟まない。
ここは、執務室だ。仲間内での打ち合わせだ、とセバスさんには言ってある。
「ウインスター公爵。王様とは遠い親戚。王位継承権なかったけど、今回のことで登板することになったんだ。まぁ、この人、悪いウワサを聞いたことがない。しかも代々ときた。そんな人、いる? でもさ、正義感や清潔感ありまくり、かというと、それも違うんだ。どうやら汚い仕事もやらされていたらしくて、正当な理由があれば、自分の手も汚す人なんだ」
「その正当とやらが、こちらには悪に見えるってこともあるが?」
「もちろんね。正義ってヤツは、人によってもいろいろだからね。その点は否定しないよ。でもこの人、まわりの人の判断も受け入れる度量があるんだ。部下も精鋭揃いだから、いろんな情報を得ているんだ」
「そんな人なのに、あの王様のことは、放っていたのか?」
「手を出したら、どうなる? 今回みたいに大混乱するに決まってるでしょう? 考えあぐねて、手を出せなかったんだよ」
「なるほどな」
「王都はまだ混乱が続いているけど、新しい王様が決まったおかげで、秩序を取り戻しはじめているよ」
「そうか。偽金はどうなった?」
「鉄貨と銅貨は、そのまま流通。銀貨・金貨・白金貨は、商業ギルドで、見つかり次第、回収してる。偽金交換は有償だって。まぁ、全額丸損じゃないだけ、よかったよね。それから冒険者ギルドにも商業ギルドから流れていたみたい。それなりにあったって。素材採取依頼の多くが、商業ギルドだもんね。仕方ない。あちこちの町や村での被害は少ない、って言ってた」
「そうか。なら、偽金による混乱はないんだな?」
「まぁ、大きくはないね。商業ギルドがクッション代わりになっているから、ありがたいよ」
うなずくランドルフ。
「ちなみに」と続けるダルトン。「新しい王様は、勇者一行については、手を出すな、って貴族たちに御触れを出したよ。もしもちょっかいを出したら、爵位とともに財産の剥奪が待ってるって」
すげぇ、そこまでやるんだ。
「でも、サブ、みんなも」とダルトンがオレたちを真剣な顔で見る。「自分たちが勇者だと言ったりしないでよ。変装の魔導具も使っててね」
オレたちは、うなずく。
「それで、そのことを知っているのは?」と問われた。
「ここの冒険者ギルドのギルマスには、話してある」とランドルフ。
「商業ギルドのギルマスにも話してある。今回の暗殺者の一網打尽で協力してもらった」とオレ。
「まぁ、仕方ないね。セバスさんたちは?」
「話してはいない。内輪の話は、ここでやってる」と床を指差す。
「その方がいいね。ところで、ウーちゃんとラキエルは?」
「ウーちゃんは、お風呂」とキヨミ。
「ラキエルは、運動場の厩舎」とマナミ。
「運動場? 外にあった建物? 変な形だったけど」
変なって、失礼だな。確かに、カマボコ型なんて、こっちの世界にはなさそうだけどさ。
「そうだ」とランドルフ。「サブが作った。もちろん、人足を集めてな」
「そんなことだと思った。もしかして、玄関前も?」
「そうだ」
「温泉場だから、作れた。ほかじゃ無理」とオレ。
「ここまでの道もやれば、苦労しなかったのに」とブツブツつぶやくダルトン。
「みんなにも言われたよ、ダルトン。でも材料がないし、魔法使いが必要だし、大変だ」
「そうなんだ。さすがのサブでもダメか」
「ダメだね。それでも長期計画は立案して、提出済みだよ」
「おや、なんだ、話はついているんだ」
「ああ」
「了解了解。それでこっちのことを聞かせてよ」
「ダルトン」とオレ。「明日にしよう。雪の中を歩いてきたんだ。疲れただろう?」
「ん? まぁ、そうだね」
それでオレたちは解散した。
ウーちゃんがリビングでくつろいでいたので、ダルトンをお風呂に連れていく。
ここのお風呂は、土地の温泉を引き入れたお湯をそのまま使っている。お湯はあふれるままに流されていた。このお湯が運動場の屋根や玄関前に供給されている。
オレとダルトンが一緒に入る。ダルトンは、疲れていない、とは言うが、雪の中でうずくまっていたんだから、かなりの体力を失っているはずだ。ひとりで入浴なんて、怖くてさせられない。せっかく戻ってきて、お風呂で昇天なんぞされたら、敵わない。
案の定、湯船で船を漕ぎ出すダルトン。ううむ、予想していたとおりだが、言葉どおりにしている姿は、向こうの世界を含めても、たぶん初めて見た。
おっと、それどころじゃないな。
彼を起こして、身体の水分を拭かせて、寝間着を着せて、部屋のベッドに寝かせた。
すぐに寝息を立てるダルトン。
ふぅ。
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