146【油粘土版書字板・こちらとあちらの事情】
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少し短いため、3話連続投稿します(1話目)
固定するのは、みんなを帰したあと、オレ自身でやる。道具がひとつしかないし、手慣れているからな。向こうの世界で、いち時期、こうした作業を建築現場でやっていた。仕事繋ぎのバイトでね。高所作業もお手のもの。浮遊の魔導具はこういうときにありがたい。魔導ランタンも頭に巻き付けて、使えるようにしておいた。
作業を終え、屋敷内に戻ると、ラーニャさんが待っていた。
「どうされました?」
「お昼に教えていただいた情報を王都商業ギルドを通じて、簡潔に伝えました。詳細は後日として」
「あぁ、なるほど」
「詳細を教えてくださいませ」
彼女は、油粘土版書字板を取り出した。
「あっ、それ」
「書字板ですわ」と笑む。「先日、登録されまして、さっそく作らせました」
はやっ!
「ちょっとしたメモ程度ならば、木の板を使っていたのですが、使い終わると削らないといけません。その点、この書字板は用が済めば、そこをヘラで均すだけです。とてもいいものですわ」
「ありがとうございます」
「へっ?」
「それ、登録したのは、私なんですよ。油粘土とともに」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。私は」と自分の書字板を出す。「木の板を使っています。油粘土もいいのですが、こっちの方が自分に合っていたので」
「そういうことだったのですね。納得しました。……サブ様、もしかして、ほかの大陸の方、なのでしょうか? 間違っていたなら申し訳ございません」と頭を下げるラーニャさん。
「こっちの大陸にないものをよく知っているから、ですか?」
「はい」真剣な表情。
これは軽く受け流せるものでもなさそうだ。
「あなたの胸に秘めてもらえますか?」
「わかりました」
オレは、髪と目の色を変える魔導具を切った。
はじめは驚いた彼女だったが、そういうことか、と思いいたったらしい。うなずいた。
「黒目黒髪……勇者召喚でこちらにいらしたのですね?」
うなずく。
「そういうことでしたか……サブ様」顔付きがとても強張ったものに変わった。「これより王都商業ギルドのギルマス命令を実行いたします」
なんだ、突然?
「王都を含めた全商業ギルドは、召喚された勇者一行と接触した場合」報告せよ、とか?「その存在を秘匿し、自由な行動をさせよ。また、捕縛・暗殺を目的とした者たちを警戒し、見つけた場合、勇者一行を逃がすべく行動せよ、という通達です」
「つまり、私たちがいることをどこにも知らせない、と?」
「はい。そして、できうる限りのサポートをするつもりです」
「なぜ、そこまで? 王都商業ギルドのギルマスは王命に逆らった、と聞いています。確か、依頼料の支払いが先だ、と突っぱねたとか。そこまでする必要があるのでしょうか?」
「ある、と思っているからこその通達です。商業ギルドと勇者とは切っても切れぬ関係があるのです」
「それって、商業ギルド開祖のことですか?」
意気込んでいたラーニャさん、突然、鳩が豆鉄砲をくらったような顔に。
「ご存知でしたの?」
「先日、知り合いから聞きまして。なんでも開祖は、召喚されたエチゴヤという人物の孫だとか」
彼女が真剣にうなずく。
「そうです。ならば、商業ギルドが勇者一行を気に掛けるのは、当然とは思われませんか? 少なくともわたくしは気に掛けます。国が危険な行為をし、その対価としてその財産を奪われ、不安定な状況であるにも関わらず、国内の安定が保たれているのは、ひとえに商業ギルドと冒険者ギルドの存在ゆえです。その存在を与えてくださった勇者様一行は、まさに崇拝すべき存在――」
オレは、彼女を止めた。このまま、続けられても、ねぇ。
「わかりました、わかりましたから。ともかく、手助けはありがたいです。でもほどほどにお願いします。あまり目立つと暗殺者に目を付けられてしまいます」
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