≪おまけ≫統矢の心配
俺も大人になったもんだ。
まあ、もうすぐ28歳だ。
いい加減大人になってもいいだろう。
とにかく俺は耐えた。
昔なら速攻でキレてたが、もう「大人」なんだからちょっとくらい耐えないとな。
これも大和商事で、嫌な上司の相手や訳のわかんねー仕事をやってきた、努力の賜物か。
が。ついに我慢の限界が来た。
「真弥!!!笑いすぎだ!!!!!」
「あっははははは!!なんだ、そりゃ!?」
「指をさすな!!ガキか、てめーは!!」
ヤクザの世界じゃ、俺に本気でキレられて震え上がらない奴はいない。
それなのに、なんなんだ、こいつは。
世紀の大物か、大馬鹿者か。
「あ~、腹いてえ・・・あははは」
「・・・まだ笑うか」
「これが笑わずにいられるかよ。さっさと欽ちゃんの仮装大賞に出て来い」
年が明けて3日目。
久々に真弥と酒を飲むことになり、待ち合わせ場所へやってきた。
この2,3ヶ月、とある事情で俺は最高に機嫌が悪かったが、
打って変わって今は最高に機嫌がいい。
その辺の事情はタロウの他の小説で読んでくれ。
とにかく。
久々に美味い酒が飲めると思ってたのに、真弥のやろー、俺を見るなり大爆笑だ。
・・・まあ、仕方ないかもしれないが。
「すげー。結婚式以外で紋付袴なんか着てる奴、初めて見たぞ。
しかもそれが統矢なんて・・・あー、また笑いが・・・ぷぷぷ」
「しつこいぞ!正月の挨拶回りはこの格好って決まってるんだ!」
他の組に挨拶行ったその足で来てやったのに、全く失礼な奴だ。
「じゃあ、子供の頃から正月はその格好なのか。来年も?再来年も?
いやー、しばらく笑いに不自由せずに済みそうだ」
「・・・」
もう一度キレたいところだが、こいつにそんなことしても意味がないってことは、
ここ3年弱の付き合いでわかってる。
それに、この9ヶ月ほど、俺以上に真弥の機嫌は悪かった。
悪いっつーか、元気がなかった。
こんな笑ってる真弥は久しぶりだ。
しばらく放っといてやるか。
おお。やっぱり俺、大人になったな。
「ほら、さっさと乗れ」
俺がそう言うと、運転手がパッと車の後部座席の扉を開く。
「車で行くのか?」
「この格好で電車に乗れるか」
「自覚あるんだな。でも俺、こんな車乗りたくねーんだけど」
フルスモークのロールスロイス。
ヤクザの宣伝カーみたいなもんだもんな。
一般人、それも教師なんてやってる真弥は近づきたくない車だろう。
なら電車にするか、なんて俺が言うと思ったら大間違いだ。
「さっさと乗れ!」
真弥はため息をつき、人目を気にしながら俺の隣に座った。
車の中でも、真弥は俺を無遠慮にジロジロ見てきやがる。
さっさと話題を変えることにしよう。
「ほら。コータからの預かりもんだ」
俺はそう言って真弥の膝に封筒を置いた。
中身が何かは知らないが、手紙ではなさそうだ。
「お、サンキュ・・・あ!」
封筒の中身を見た真弥が、また俺を見てニヤリと笑った。
しかも今度は悪代官のように「しめしめ」といった感じの笑い方だ。
・・・こいつ、本当に教師か?廣野組にスカウトしたいくらいだ。
「なんだ、それ?」
「見りゃ分かるだろ、デジカメだ。お前、幸太に携帯も持たせてないんだな。
お陰で写メの一つも送ってもらえないだろ。仕方ないから幸太にデジカメを貸して、
撮ってもらったんだ」
「・・・」
嫌な予感がする。
俺は真弥の手からデジカメを奪い取ろうとしたが、真弥はそれを素早くかわすと、
デジカメの中の写真を見た。
そして・・・その表情が固まった。
「・・・この女?てゆーか、これ女?」
「・・・」
俺も写真を見て固まる。
そこには、どうやったらこんな顔できるんだ、と言いたくなるような変顔をした女。
真弥がデジカメと一緒に封筒に入っていたメモを読む。
「えーっと何々?
『兄ちゃんへ これが統矢さんの恋人です。でも、何度撮ってもこんな顔しかしてくれません、てゆーか、いっつも変顔ばっかしてる人だから、もはやこれが普通なのかも。んじゃ、統矢さんによろしく』、
だってさ。統矢、お前どーゆー趣味してるんだ」
「・・・」
コ、コータのヤロウ!
「廣野組の女中さんなんだろ?面白い女だな」
もはや弁解する気力もない。
つーか、弁解の余地がない。
確かに、こーゆー女だ。
「面白さで言えば、ここんとこの統矢も負けてないけどな。自分の感情をコントロールできずに、
馬鹿みたいに突っ走ったり、急に手を引いたり。初恋に悩む中学生状態だぞ」
「・・・」
「今までろくな恋愛をせずに、一晩専門だったツケが回ってきたなー」
「うるさい!」
真弥がまた大爆笑を始めたので、
俺はだんまりを決め込んで窓の外の景色を眺めることにした・・・
そうこうしているうちに、車が住宅街の中心で止まった。
「降りるぞ」
「ここ?こんなとこに店があるのか?」
「店の前にちょっと用事があるんだ。お前も一緒の方がいいと思ってな」
「?」
ごく普通のマンション、いや、アパート、
それも今時オートロックもなく、直接部屋の扉の前まで行けてしまうようなアパートの階段を、
真弥は不思議そうな顔で、俺の後に続いて上る。
一つの部屋の前でインターホン、というか、チャイムを鳴らすと、
すぐに中から「はい」と、女の声がした。
真弥は首を傾げる。
大方、「どっかで聞いたことのある声だな」とか思ってるんだろう。
扉が開くと、見知った男の顔が現れた。
「統矢さん!明けましておめでとうございます。わざわざすみません」
「いや。ちょうど近くまで通りかかったからな。入っていいか?」
「もちろんです、どうぞ」
廣野組の若い組員だ。
「真弥、お前も入れ」
「え?いいのかよ?」
「ああ」
さすがの真弥も見ず知らずの人間の家にいきなり入るのは気が引けるのか、
さっきまでとは打って変わって「お邪魔します」なんてちゃんとしたこと言ってやがる。
ちょっとは俺の前でもそんな態度取ってみろ。
案内された畳の居間で、真弥と2人で座っていたら、
真弥の後ろの襖がスッと開いた。
中から、これまた見知ったパジャマ姿の女が顔を出す。
「明けましておめでとうございます。こんな格好ですみません」
「いや、構わない。悪いな、しんどいだろ?寝てていいぞ」
「いえ、結構大丈夫なものなんです」
寝不足なのか、少し疲れた顔をしてはいるが、確かに元気そうだ。
女も、そしてその腕の中の小さな赤ん坊も。
真弥はその女の顔をじーっと見た。
女も真弥に気づき、じーっと見る。
そして数秒後。2人が同時に叫んだ。
「相楽!?」
「本城先生!?」
とたんに、女が・・・小雪が、ポロポロと涙をこぼした。
「先生・・・お久しぶりです」
「・・・久しぶり。ああ、ビックリした・・・。結婚して子供が産まれたとは、統矢から聞いてたけど・・・」
それから小雪は、
高校を卒業してすぐに旦那と出会い、結婚したことなんかを、
涙で何回もつっかえながら話した。
真弥はすっかり教師の顔になって「そうか、そうか」なんて言って頷いてる。
「自分の教え子が子供産んでるなんて不思議な気分だ・・・
すげーな、まだ二十歳なのに。頑張れよ」
「はい。自分でもなんだか信じられません」
そうは言うが、俺の目から見ても小雪は変わったと思う。
落ち着いたというか、しっかりしたというか。
真弥もそう感じたのか、小雪を優しい目で見ている。
高校時代、色々あった小雪だから余計なのかもしれない。
「統矢さん。先生。娘の白雪です。抱っこしてもらえますか?」
小雪が、赤ん坊を差し出す。
俺と真弥は顔を見合わせた。
去年の12月に産まれたばかりの赤ん坊は、小さくて細くて白くて弱々しい。
触ったら壊れそうだ。
「お、俺はいい。なんか怖い」
「統矢でも『怖い』とか言うんだな。・・・相楽、抱いてみていいか?」
「はい!えっと、腕をこうしてください。まだ首が据わってないから・・・そうです」
真弥が言われたとおり、腕を組むようにして赤ん坊を抱っこする。
「すげー・・・あったかい」
赤ん坊は、真弥の腕の中で欠伸をしたり、光が眩しいのか顔をしかめたり・・・
弱々しいくせに、何故か強い生命力を感じる。
「おい、真弥。落っことすなよ」
だけど真弥は返事をしなかった。
返事をするのも忘れて赤ん坊に見とれていたのだ。
その表情は・・・穏やかでもあり、複雑なものでもあった。
親父から預かってきた分厚い祝儀袋を渡して、俺達は早々に小雪達の家を後にした。
車に乗る前に真弥が、もうすっかり日も暮れた空を見上げて呟く。
「相楽が母親かぁ・・・」
それから真弥は、俺を見た。
さっぱりとした、いい笑顔だ。
「相楽の同級生にも、もうすぐ子供が産まれるんだ。それに、海外にいる俺の同僚にも」
「・・・そうか」
「何だかんだ言って、統矢も例の女中さんとそのうち結婚して子供作るんだろ?」
「それはどうかな」
「いつの間にか、俺の周りは子沢山だなー」
「・・・」
うんうん、と頷く真弥。
俺はなんとなくしんみりしそうになった。が。
「そうだ、統矢!俺も結婚したら、さっきみたいな分厚い祝儀袋くれるか!?」
「・・・考えといてやる」
「あ、でも俺、金よりマンションがいいなー。駅から5分、5LDKのペントハウス。
専用の入り口とエレベーター付き。頼むぞ」
「相手があの月島って女ならいいぞ」
「あはは」
真弥はもちろん冗談のつもりだろうが・・・廣野組の力を舐めるんじゃない。
真弥は去年の4月からずっと、月島とかいう女に会っていない。
連絡も取ってないようだ。
あんなことがなければ今も続いていて、そう遠くない将来結婚していたかもしれないのに。
だけど、小雪に会ったせいか、何か吹っ切れたようだ。
それでこんな冗談も言えるのだろう。
「さみー!統矢、早く飲みに行こうぜ!どこにする?」
「今日は俺が奢る」
「え?珍しい、つーか、初めてじゃないか?」
「真弥の給料で入れる程度の店に、こんな格好で行けるか」
「・・・」
真弥は、少し舌打ちをしながらも「ラッキー」と言って、車に乗った。




