第3部 第31話
もし月島が前期で合格したら、
それから卒業式までの2週間、会わずにいられないんじゃないか。
今年に入って、そんなことを何度か考えた。
だけど、そんな心配は無用だった。
確かに月島は合格し、晴れて自由の身だ。
だけど俺は違う。
後期を受ける生徒達がいる。
後期の試験は論文形式が主体だけど、
数学が必須の大学もある。
そんな大学を受ける生徒には時間がない中で後期対策をしないといけない。
もちろん24時間仕事をしている訳じゃないけど、
「まだ頑張っている生徒がいる」と思うと、
月島と会おうという気にはなれなかった。
月島もそれがわかっているのか、
今まで通り、電話やメールもしてこなかった。
そして昨日、ようやく後期試験が終わり、
今日の卒業式を迎えた。
「坂本先生、泣きすぎですよ」
「ほっといてよ」
俺は理事長の挨拶の最中に、隣で鼻水をすすりまくってる坂本先生にこそっと話しかけた。
今年も綺麗な袴姿なのに、すっかりスッピンだ。
ちなみに俺ももちろんスーツ姿だ。
「去年は杉崎がいたからあれだけ泣いてたのかと思ったけど、違うんですね」
「本城先生は泣かないのね。冷血漢ね」
「なんとでも言ってください」
そんな号泣の坂本先生に構うことなく、
式は校長の挨拶、来賓の挨拶、卒業証書授与、在校生の送辞、と進んでいった。
卒業生の答辞は、俺は当然月島がやるもんだと思っていたが、
三浦が行うことになった。
理由は簡単。
月島はトップで入学したため、入学式の時に新入生代表で挨拶したそうなのだ。
さすがに同じ奴が卒業生代表じゃ芸がない、ということで、三浦に白羽の矢が立った。
卒なく答辞を読む三浦の姿に、
保護者席からため息が漏れる。
大方、奥様方は「才色兼備とはこのことね・・・」とか思ってるんだろう。
そうだぞぅ。
すごいだろ?
かっこいいだろ?
しかも国公立の医学部だぞ?
俺のクラスの生徒なんだぞ?
三浦なんて、俺のクラスかどうかなんか関係なく合格してただろうけど、
意味もなく俺まで鼻が高くなる。
実は腹黒クンだと言うことは、この際忘れてやろう。
卒業生の席に座る飯島を盗み見ると、
坂本先生に負けず劣らずボロボロ涙を流しながら三浦を見つめていた。
「彼氏を見つめる彼女」というよりは、
「成長した息子を見つめる母親」のようだ。
三浦の奴、実は案外尻に敷かれてるのかもしれない。
そして、式も終わりに近づき、
最後に卒業生達の「仰げば尊し」の合唱となった。
教師も全員立ち上がる。
ところが、篠原先生のピアノが鳴り出すと、
卒業生達がざわつき始めた。
なんだ?
俺は坂本先生と顔を見合わせたが、
坂本先生も、「どうしたんだろう?」と言う表情。
だけど、すぐにそのざわめきの意味が分かった。
卒業生達は、当然舞台に向かって立っていたのだが、
誰か一人が立つ向きを変えのだ。
俺達、教師の方に。
次第にその波は広がり、前奏が終わる頃には、
卒業生全員が教師に向き合う形となった。
そして、歌い始めた。
仰げば尊し、我が師の恩 ―――
俺も今まで何度かこの歌を歌ってきたが、その意味を深く考えたことはなかった。
でも教師になって改めて聞くと、なんて照れくさい歌なんだろう。
思わず、「俺、そんな尊ばれるようなこと教えてないし」って突っ込みそうになる。
だけど・・・
よく見知った生徒達の顔を見ながらこの歌を聴くのって、
悪くない。
俺もいつか本当に尊ばれるような教師になる日がくるのかな・・・
「卒業おめでとう」
「はーい」
卒業式後、5組には久々に全ての生徒が顔を揃えた。
全員の進路が決まったわけじゃないけど、
みんな晴れやかな顔をしている。
「あと、合格した奴らはおめでとう。後期も受けた奴らはおつかれさま。
合格してるといいな」
発表は来週。
落ちれば私大へ行くか浪人するか。
本人には不本意な結果だろうが、それもまた人生経験だ。
そこで出会う人達もいる。
「じゃあ、元気でな」
俺が肩をすくめてそう言うと、速攻でブーイングが来た。
「えー、それだけ?」
「なんか感動的な言葉とかないわけ?」
「お前ら、俺にそんなもん期待してたのか?」
「・・・うーん、無理だな」
「そうそう、無理だって、俺には。それにそんなの必要ない。
俺に会いたくなったらここに来ればいい。俺はいつだってここにいるんだ」
「・・・はい」
「ただし、なんか手土産持って来いよ。チョコレートは禁止。バレンタインのがまだ残ってる」
「今年は3年生がいなかったから少なかったんじゃねーの?」
「違う。去年の」
「・・・賞味期限大丈夫か?」
「さあ。後50個くらいだな。それと今年のが50個」
「・・・」
みんな、「本城って相変わらずだよなー」とか「2年前と全然変わらないよなー」とか、
あまり嬉しくないことを口々に、解散していった。
それこそ別に感動的なこともなく。
元気に「バイバイ!」と手を振って去っていく。
遠藤も藍原も、三浦も飯島も、みんな。
月島も、西田と一緒に教卓のところで「お世話になりました」と頭を下げると、
笑顔で教室を出て行った。
そう。これでいい。
学校は人生の通過点だ。
留まる所じゃない。
目一杯色んな経験をして、通り過ぎる。
そして明日から、新しい生活を始めるんだ。
ただ、幸か不幸か、
あいつらはここを通過する時に俺と出会った。
それがみんなの人生にどれだけ影響するかはわからない。
いや、むしろ、全然影響しない確立の方が高い。
だけど、俺の人生には大きく影響した。
これからの俺の教師生活の大切な布石になった。
時には自信をなくすこともあったけど、
あいつらのお陰で、俺はこの2年頑張れた。
昨日、4月からの人事が発表になった。
俺は新1年生の担任だ。
恐らく、そいつらが3年になるまで教えることになる。
この学校に来た時、俺は22歳で、16歳の生徒達を受け持った。
今度は、24歳の俺が、15歳の生徒達を受け持つ。
俺の感じ方、考え方も2年前とは変わっている。
生徒達も、中学を出たばかりのまだまだ子供達だ。
一体どんな関係が築かれるんだろう。
3年後、俺はどんな気持ちで、再びここに立っているんだろう。
俺は・・・どんな教師になっているんだろう。
「先生!」
「相楽」
俺が、教室から出て行く生徒達を見送ってると、
相楽が声をかけてきた。
「お世話になりました」
「ああ。これから大変だと思うけど、頑張れよ」
「はい!あ、そうだ。さっき『仰げば尊し』の時、最初に立つ向きを変えたの誰だか知ってます?」
「え?さあ」
「遠藤君です」
「遠藤?」
「はい」
相楽はそれだけ言うと、勢い良くお辞儀をして教室を出て行った。
・・・ちぇっ。
最後の最後に遠藤に一本取られた気がして、なんか悔しいぞ・・・
式の片付けや、職員室での簡単な打ち上げを終え、
俺が家に着いたのはもう7時過ぎだった。
疲れた・・・
でも心地よい疲れだ。
明日から、後期の合格発表までは休み。
久しぶりにゆっくりできる。
あ、でも新1年生の授業の準備はしとかないとな。
それに新1年生の担任の一人に、3月末から来る新人教師がいる。
俺がその教師の教育係、というか、世話係だ。
しかも数学が担当って言ってたな。
負けないようにしないと。
その前に、去年の門脇先生みたいに嫌われないようにしないと。
そんなことを考えながら、家の扉の前に立った時、
ドアが内側から開いた。
「先生」
「・・・月島」
そこには制服姿の月島がいた。
「ごめんなさい。勝手に入っちゃダメかなと思ったんですけど」
その手には、俺が去年の12月にあげたキーケース。
中にはこの家の鍵が入れてある。
「・・・いいよ。そのためにあげたんだから」
俺は月島の全身をじっと見た。
紺のブレザーに白いブラウス。
首元には暗めの赤いタイ。
ごく普通のありふれた制服。
でも、俺にはこの制服がわずらわしかった。
月島がこれを着ている限り、俺達は堂々と付き合えない。
だけど、月島の制服姿も今日が最後。
そう思うと、思いの他、名残惜しい。
月島だけじゃない。
今日卒業した生徒はみんな、もう制服を着ることはない。
高校生のあいつらにはもう会えない。
でも・・・
代わりに新しい生徒達がやってくる、
真新しい制服に身を包んで。
俺はこれから何回、こんな別れと出会いを繰り返していくんだろう。
だけど、その前にすべきことがある。
俺は月島の顔を見た。
月島は、「何ですか?」と言うような表情で微笑んでいる。
なんて声をかけよう?
『おめでとう』?
『好きだ』?
それとも、
『愛してる』
とか?
うーん、俺、そんなキャラじゃないよな。
もっと俺らしく、したいようにしよう。
俺は月島を思い切り抱きしめ、キスをして言った。
「おかえり」
------ 「先生の彼女!」 完 ------
*おまけのお話が一つあるので、完結設定にしておりません*
「先生の彼女!」を最後まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございます。
こんな素人小説に付き合ってくださる方がいらっしゃるのなんて、
世の中捨てたもんじゃありませんね・・・感謝感謝です、が、
「え。ここで終わり!?続きは!?」と思ってくださると、尚のこと嬉しいです(笑)
実はこのお話は、元々「高校編」と「その後編」の2部構成だったのですが、
「高校編」が余りに長くなってしまったので、こちらを本編として、一旦終了とさせて頂きます。
「その後編」は登場人物も新たに後日連載開始したいと思いますが、
その前に現在連載中の「quartet」と新連載の「王子様の片思い!」を更新していきます。
特に読む必要はありませんが(笑)、一応どちらも「その後編」へのつなぎ的要素を持っています。
ちなみに、「quartet」は2年後のお話で、本城先生の弟の幸太が出てきます。
「王子様の片思い!」は2年前の、とあるカップルのお話です。
「王子様~」は携帯恋愛小説バリの胸キュンストーリーを目指して書いてみたのですが、やれないことはやるもんじゃありませんね。
なんかとんでもない小説になってしまいました・・・先に謝っておきます、すみません。
さて、「先生の彼女!」の登場人物が、他の小説で活躍してたりするので、この場を借りてご紹介させて頂きます。
時間なら死ぬほどあるわ~、という方だけお読みください・・・
まず、本城真弥が出てくる「私と彼の生きる道」、西田穂波の「あの子の恋愛事情!」、坂本先生の「私の旦那様!」、相楽小雪の「白雪姫」、
後は、廣野統矢と本城幸太の・・・
この二人はほとんどの小説に顔を出してるのですが、メインはやはり「18years」と「SECOND LOVE」でしょうか。
おまけのお話は、適当な時期にUPしたいと思います。
また、「その後編」の題名ですが・・・ご紹介するまでもないほど単純明快・ナンセンスな題名なので、ここでは出さないでおきます。
でも、見たらすぐに「先生の彼女!のその後編だ!」とわかります、絶対に。
では、長い後書きにまで付き合ってくださって、ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いいたします。




