第3部 第30話
「胃薬ほしい・・・」
「本城君って、意外と気が小さいわよね」
「ほんと。もっとドンと構えてなさいよ」
コン坊と坂本先生が顔を見合わせて「ねえ」と頷きあう。
ちょうど1年前、泣きそうな顔してたのはどこの誰ですか?
いや、泣いてたな。
今日は前期の合格発表だ。
俺は、去年の坂本先生のように穴が開くほど電話と携帯を見つめていた。
「もう10時10分だぞ。なんで誰もかけてこないんだ!」
「・・・本城君。まだ発表から10分しか経ってないのよ。落ち着きなさい」
これが落ち着いてられるか!
くそー・・・俺、これから定年まで、幾度となくこの緊張を味わうのか・・・
寿命が縮んだら労災で訴えよう。
2日間に渡って行われたT大の前期試験の後、
月島から電話があった。
「やるだけやりました」と、どっかの遠藤と同じ事を言うから俺は凄く不安になった。
「受かるよな!?」
「さあ・・・T大の採点員に聞いてください」
「・・・うん。そうだよな。わからないよな・・・」
「明日から後期の勉強を始めます」
「ああ。頑張れよ」
月島は後期もT大だ。
通常、後期は前期よりレベルの低い大学を受けるが、
T大の後期は、T大の前期をすべった奴が受けるので、
さながら敗者復活戦だ。
場合によっては、前期より受かりやすい。
そして月島は、
さすがにみんな集中力が途切れてる中、
一人後期の勉強に全力で取り組んでいた。
・・・それってつまり、前期の自信がないってことなのか?
それとも、月島の生来の真面目さがなせる技なのか?
聞きたいけど、聞けない・・・
前期試験から今日までの約2週間、
俺は相変わらず悶々とした時間を過ごした。
が!!
それも今日、終わる!
はず!!
てゆーか、頼むから終わってくれ!!!
10時20分。
ようやく俺の携帯が鳴った。
「飯島!」
俺は夢中で携帯を耳に押し当てた。
「うわ~ん・・・」
「な、泣くな!どうだった!?」
「う、うかりましたあ~」
「・・・なんだよ、焦らすなよ・・・よかった・・・よく頑張ったな」
「はい~ううう。あ、そういえば、三浦君も受かってました」
そういえば、って。
まあ、三浦の心配はしてなかったけど。
国立大の医学部か、すげーな。
病気になった時は、安く診てもらおう。
それから次々と電話が鳴り続けた。
が、月島からはかかって来ない。
どうせ月島のことだから10時きっかりに見に行ってないだろう。
「もう結果は出てるんだから、お昼ごはんでも食べてからゆっくり見に行こう」とかなんとか、
思ってるに違いない。
って、待ってる身にもなれ!!!
ハラハラはしたが、とにかく今は月島1人のことを考えてる場合じゃない。
早い時間にかかってくる電話は合格の知らせであることが多い。
とにかくたくさんかかってきて欲しい。
そんな中・・・
「奇跡だ!!」
「ほんとだな。遠藤、お前もう運使い果たしたから、宝くじとか一生買うなよ」
「おう!」
ほんと、よくまあ、受かったもんだ。
もちろん、藍原も。
これで心置きなく春から二人ともY大生だ。
昼前には、ついに合格者からの電話の数と、
不合格者からの電話の数が逆転した。
ここからはほとんど不合格だと思っていいだろう。
でもまだ後期がある。
生徒も俺も落胆している場合じゃない。
「本城先生。月島から連絡ありましたか?」
「まだです」
「・・・そうですか」
山下教頭がもう何回も俺のところに来て、同じ質問を繰り返している。
理事長との約束もあるから、やはり気になっているのだろう。
「月島は、受かってても落ちてても、すぐに連絡してくると思います。
まだ見に行ってないだけですよ」
「・・・普通、すぐ見に行きますよね?」
「まあ、その・・・変わった奴なんで」
山下教頭は、「本城先生がそう言うのなら、そうなんでしょう」と言うように頷いて、
自分の席に戻っていった。
そう、月島は落ちたからと言って、連絡を渋るようなタイプじゃない。
T大は、月島の家からだと1時間くらいだろう。
さっさと見に行ってくれよ・・・
俺は腕時計を見た。
もう3時を回っている。
大半の生徒からは合否の連絡もあった。
「ねえ。本城君から電話してみたら?」
「コン坊・・・」
「本城君もしんどいでしょ?それに、これ以上待たせたら、校長も教頭も、
胃に穴が開いちゃうわよ」
確かに二人とも、悲壮な顔をしている。
俺は決心して、携帯を取り、月島に電話した。
すると・・・
ルルルルル
俺のすぐ後ろで、電話が鳴った。
俺は無意識のうちに振り返る。
「月島!」
「こんにちは」
「はい、こんにちは。・・・じゃなくて!!!」
俺は思わず椅子を跳ね除けて立ち上がった。
「何してたんだよ!」
「何って・・・学校にいました」
「は?」
「前、山下先生に、もし合格したら合格証書見せて欲しいって言われてたんで、来たんですけど、
校門から職員室の間で、色んな先生と会って、
で、その度に『どうだった?』『合格しました』『おめでとう』みたいな会話してたんです。
あ、もう3時なんですね。学校についてから、ここまで1時間もかかっちゃいました」
「ははは、そうか・・・」
「はい」
「・・・え?受かったのか?」
「はい」
「合格?」
「はい」
「T大?」
「はい。メールしましたよ?」
「え?来てないぞ?」
「問い合わせ、してみてください」
「うん・・・ちょっと待って・・・あ。来てる。1時40分に」
「電波が悪かったんですね」
「そうみたいだな」
「「「本城先生!!!!!」」」
いつの間にか、俺と月島の周りに、職員室中の教師が集まっていた。
その一番真ん中には、校長と教頭。
わお。
「しっかりしてください!!!」
「す、すみません」
「まったく!!!寿命が縮みました!!!」
「はあ。僕もです」
「本城先生はまだ若いからいいでしょう!!」
そーゆー問題か?
「と、とにかく!よかったですね、月島さん!」
「はい。ありがとうございます」
それからは、みんな俺のことなどすっかり無視し、
照れくさそうにしている月島を取り囲んだ。
「ついに我が校初のT大合格者が出た!!」
「はあ」
「ほんと、よかったわねえ!」
「ありがとうございます」
「廊下で月島さんに会った先生達も、『月島さん、合格ですよ』って職員室で言ってくれたらいいのに」
「私、『本城先生にもう連絡してあります』って言っちゃったから・・・」
「じゃあ、やっぱり本城先生が悪いのね」
坂本先生が俺を睨む。
・・・すみません。
俺は、なんだか現実味がわかず、
みんなに囲まれている月島を、他人事のように見ていた。
受かった?月島が?
信じられない・・・
いや、月島だぞ?
T大とは言え、あれだけ勉強していた月島が受からない訳ないじゃないか。
うん。これが当たり前なんだ。
ビックリすることじゃない。
そうだ。
受かったんだ・・・
よかった・・・
月島が、助けを求めるように俺をチラっと見た。
俺が微笑むと、月島もようやく満面の笑みになった。
次回、最終話です。




