第3部 第29話
「特別授業?」
「そうだ。遠藤は明日からも毎日学校に来い」
「・・・3年の3学期は自由登校だろ」
遠藤はいかにも不満そうだ。
「タダで特別にY大対策してやるんだ。ありがたく思え」
「本城ができるのは、数学だけだろ」
「英語は坂本先生に頼んである」
去年杉崎が受験したY大だ。
坂本先生なら問題傾向とかバッチリ把握してるだろう。
「お前のネックは数学と英語だからな。この二つの偏差値上げればY大もなんとかなるだろ。
あと、学部にこだわりがないなら経済じゃなくて法学部にしろ。数学の比重が低い」
「・・・なんでそんなことしてくれるんだよ」
「担任だから」
「何を急に教師ぶってるんだ」
「ぶってない。教師だ」
遠藤は何故か照れながら、「何を今更」とかブツブツ言ってる。
「お前な。男のクセに、自分のせいで藍原にY大諦めさせるの悪いって思わないのか?」
「・・・思う、けど」
「だったらブツクサ言わずに、とっとと偏差値上げろ。
あ、藍原も一緒に勉強してもいいけど、遠藤レベルの内容だから物足りないかもしれないぞ」
「せんせ・・・ありがと」
藍原は目を潤ませて微笑んだ。
遠藤。お前もこれくらい素直になれ。
「私は別に勉強する。古文が苦手だから」
「わかった。頑張れよ」
「うん」
「遠藤はもっと頑張れ」
「わ、わかったよ」
他のY大志望の奴や、
Y大じゃないけど一緒に勉強したい言う奴にも声をかけ、
早速翌日から、数学・英語それぞれ2時間の特別授業が始まった。
本当はもっと長い時間やりたいところだけど、
遠藤やY大志望の奴だけを相手にする訳にいかない。
俺は、Y大用の特別授業の後、
更に他の大学用の特別授業も毎日2コマやることにした。
「なんちゃって予備校」みたいな感じだ。
一番人気は、T大・K大・H大向けの授業。
月島と西田も受けている。
この授業は、俺も「教えてる」と言うより、
解答集を見ながら一緒に勉強している、という感じで楽しい。
T大レベルは、解答集の内容を理解するのも難しいからな。
今後の俺の為にも役に立つ。
月島は数学以外も順調に勉強を進めているようだ。
遠藤も藍原も頑張っている。
そして・・・あっという間に1ヶ月が経ち、
前期試験当日となった。
当然3年生は全員学校に来ないし、土曜と言うこともあり、
俺は休みを取り、家にいた。
もう朝から気がきではない。
まず天気が気になった。
気分的にも晴れていて欲しい。
雨ならともかく、雪は最悪だ。
交通機関が乱れる。
でも、幸い澄み切った青空だ。
いや、天気が良くても、事故とかで電車が止まることもある。
俺はテレビを点けっぱなしにして、チャンネルをあちこち変え続けた。
が。これも問題なし。
なんか・・・疲れる。
気づけばもう昼過ぎだ。
2,3教科は終わってるはず。
みんなどうだっただろう?
名前や受験番号間違ってないだろうな?
緊張しすぎて、頭真っ白になってないだろうな?
・・・。
家にいても悶々とするだけだ・・・
外で飯でも食おう。
でも一人だとやっぱり悶々としてしまう。
「・・・で、俺?」
統矢がメニュー表から顔を上げ、俺を睨んだ。
「付き合えよー。奢るからさ」
3年生の担任以外の教師は今日は授業だし、
そもそも、今日は学校関係者と会ってもため息しか出なさそうなので、統矢で我慢することにした。
「我慢、ってなんだ」
「お前好みのオムライスの店だろ。文句言うなよ」
「男二人でこういうとこ嫌だって言ってたくせに」
もちろん嫌だが、会社が休みの統矢を家から連れ出すには、
これが手っ取り早い。
それに、今日は俺もいつもと違う気分を味わいたい。
その方が時間が早く過ぎる、気がする・・・。
「ジャンボオムハヤシ。あと、スープとサラダ。デザートにプリン」
「・・・いいけど、プリンはやめとけ。アイスとかにしとけ」
「明日は何奢ってもらおうかなー」
「・・・明日は誘ってない」
「真弥の好きな女は、T大受けるんだろ?ってことは、明日も試験だろ」
「・・・」
そう。
そうなのだ。
T大、K大、H大、他にも科目数が多い大学や、
1教科のテスト時間が長い大学は、今日だけではなく明日も試験がある。
このハラハラは今日だけでは済まないということか。
ああ・・・落ち着かない。
「明日はコータも学校ないから、一緒にどっかで食わせろ。それに小雪も」
「相楽?」
「あいつ、やっと免許取ったからな。祝ってやれ」
ほとんど毎日のように教習所に通ってたのに、
4ヶ月もかかったんだな・・・
「祝うのはいいけど、相楽の運転する車には乗りたくない」
「小雪の奴、『今度買い物に行く時、運転見てください』とか言いやがる」
「統矢が跡取り作ってからの方がいいかもな」
「・・・」
食い始めたのが時間的に遅かったこともあり、
昼飯を食った後、ちょっと話してたらいつの間にか夕方になってしまった(どこの主婦だよ)。
しかも、統矢のやつが勝手にワインだのチーズだの頼みやがったから、
なんかもうこのまま夕飯まで同じ店で取りかねない勢いだ。
店としてはどうなのか・・・儲かるか?
いや、回転率落ちるし、迷惑かな・・・。
5時を過ぎた頃、携帯が鳴った。
藍原だ!!
「藍原!?終わったか!?どうだった!?」
俺は統矢がいるのも構わず、慌てて携帯に出た。
統矢はそんな俺を見ながら、のんびりとワインを飲んでる。
「終わったぁ!!!まずまずのデキだったよ!」
藍原が言い終わるか終わらないかのうちに、
藍原の声が遠ざかり、変わって遠藤のめちゃくちゃ大きな声がしてきた。
「本城!!!今どこだ!?腹減った!」
「おー・・・それよりどうだったんだよ、お前は」
「やるだけやった!!」
「・・・」
藍原が「まずまず」なら大丈夫だろうけど、
遠藤の「やるだけやった」には一抹の不安が残る。
だが、まあ、とにかく無事終わったようだ。
俺が、携帯を耳にあてたまま、どうしようかちょっと考えていると、
統矢が何も言わず立ち上がり、俺に向かって軽く手を上げて店を出て行った。
・・・あいつ、もしかして、俺が一人で塞ぎ込まないように、今まで付き合っててくれたのか?
・・・いや、ただ単に、タダ酒が飲みたかっただけか?
俺は苦笑いしながら、今いる店の名前と場所を言うと、あっという間に携帯が切れた。
こりゃ、夕飯もここだな。
統矢じゃないが、卵の食いすぎになりそうだ。




