第3部 第27話
「マックス。やっぱりお前、結婚するな」
「え?」
マックスが目を見開いた。
「だって、シンヤがさっき・・・」
「マックスが、ハルと結婚したいならすればいいけど、
『立ち直る』ためにハルを利用するなら、それはハルに失礼だ。やめとけ」
「・・・」
「第一、立ち直るってなんだよ。お前、何か立ち直る必要があるのか?」
マックスは・・・笑った。
「そうだね・・・ありがとう・・・。シンヤは先生になったの?」
「ああ」
「そう言えば、昔から実家の仕事には興味なさそうだったね。なんか本当に『先生』って感じだよ」
「え。そうか?そんなこと、初めて言われたぞ。誰もロクに『本城先生』なんて言ってくれないし」
「あはは、『本城先生』か。それはなんだか笑えるね」
笑えるのか。
「シンヤは、勇気があるね」
「勇気?」
「自分の信念を貫く勇気。僕は、とてもじゃないけど会社を継がずに家を出て、
一人で一からやっていく勇気なんてないよ」
・・・それは「勇気」と言わないかもしれない。
俺が実家を継がなかったのは、「自分のやりたいことを貫いた」とも、
「自分の責務を投げ出した」とも言えるから。
何が「勇気」かなんて、誰にもわからない。
小学生の俺は「自分はマックスみたいなゲイじゃない」と強く言うことが、「勇気」だと信じていた。
クラスメイトもそれを支持してくれた。
マックスのカミングアウトを「勇気」だとは思えなかった。
でも、今は違う。
少しだけど、自分の「勇気」だけでなく、人の「勇気」も認められるようになってきた。
そしてできることなら、小学生の俺に「お前の『勇気』は、本当に『勇気』か?」と諭してやりたい。
な、マックス。俺、ちょっとは変わったんだぞ?
俺は、そのまま成田空港までマックスを見送りに行った。
9年前は俺が旅立つ側だったけど、今回はマックスが旅立つ側だ。
そして、もう一つ違うことがある。
俺とマックスの間には距離がない。
「じゃあな、マックス。元気で」
「シンヤも」
マックスが俺をギュッと抱きしめる。
親しい者同士の、ごく普通のハグ。
俺も自然とマックスの背中に手を回した。
「結婚のこと、よく考えてみるよ」
「ああ。なあ、マックス。俺には俺の信じる道がある。お前にもお前の信じる道があるだろ?
お前はそれを進めばいいんだよ」
「・・・うん。分かった、『本城先生』」
「・・・やめろ、気持ち悪い」
マックスは笑って手を振りながら、搭乗口の中へと消えて行った。
俺もマックスに手を振り、そしてそのまま自分の手を見つめた。
そう言えば、俺、マックスとハグしたの初めてだ。
昔、マックスがカミングアウトした後はもちろん、する前も、マックスとハグしたことなんてなかった。
あれだけ仲がよければ、普通、ハグぐらいいくらでもするものなのに。
きっとマックスが俺に気を使ってくれていたんだろう。
それなのに、俺はそれに気づかずマックスに酷いことをした。
だけど。
今日は、クリスマスイブ。
赦しの季節だ。
マックスは俺を赦してくれた。
俺も・・・昔の自分を赦そう。
犯した罪は、これから
人として、
教師として、
償っていけばいい。
携帯を見ると、いつの間にか月島からメールが来ていた。
月島のことだ。
まさか「メリークリスマス」なんてメールじゃあるまい。
『お疲れ様でした。先生が先生みたいな人でよかったです』
・・・・・・。
どういう意味だ?
ずっと英語モードだったから、日本語の文法がいまいち分からない。
でも、ちょっと冷静になってからもう一度考えてみたが、
この文章はやっぱり変だろう。
どうした、月島。
何が言いたいのかさっぱりわからんぞ。
勉強しすぎでおかしくなったか?
だけど・・・何故か悪い気はしない。
多分褒めてくれてるんだろう。
俺はニヤニヤしながら、空港を後にした。
家につくと、俺は再び高校の卒業アルバムを開いてみた。
当たり前だけど、先生の笑顔は一昨日と変わらない。
でも不思議と、もう胸は痛まなかった。
散々酷いことをした挙句、
見送りに来てくれたマックスを無視して飛行機に乗った9年前のクリスマスイブ。
想いを伝えることすらできないまま失恋した6年前のクリスマスイブ。
お互いの傷が完全に癒えた訳ではないけれど、マックスとハグできた今年のクリスマスイブ。
卒業アルバムの中の先生は、25歳だ。
そして俺は今、24歳。
あの時の先生の年齢にだいぶ近づいた。
先生。俺、少しは先生みたいな教師になれてますか?




