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第3部 第25話

今日は2学期の終業式。

そしてクリスマスイブ。


だけど、さすがに去年のように遠藤も「ソワソワ、ワクワク、ドキドキ」なんて言ってられない。


当たり前だ。

年が明ければすぐにセンター試験なんだからな。



終業式が終わると、みんな寸暇を惜しむように問題集を広げている。

俺が教室に入ると、さすがにみんな問題集を閉じたけど、

HRが終われば、またすぐに開いて勉強を始めたいところだろう。


もちろん俺も、こんな大事な時期に無駄話で長々とHRをするつもりはない。

さっさと終わらせて、勉強させてやりたい。


でも。


「言わなくても勉強はすると思うけど、無理して身体を壊すなよ。

風邪でも引いたら、最悪だからな。・・・で、もうHRを終わりにするけど・・・ちょっとだけいいか?」


みんな、もう「起立、礼」で終わるものだと思っていたのか、ちょっと拍子抜けする。


俺は少し緊張した。

生徒に自分のことを話すのはすごく恥ずかしい。

しかも、一番知られたくないことを。


でも、18歳の若いこいつらにだからこそ、聞いて欲しい。


俺の緊張が伝わったのか、みんなもちょっと姿勢を正して、じっと俺を見る。


俺は、一度深呼吸して、話始めた。



「一昨日俺にキスした男、覚えてるよな?あいつは、マックスっていう俺の友達だ。

俺は、12歳から15歳までアメリカに住んでて、その時スクールで・・・

まあ、小学校だな、そこで同級生だったんだ」


みんな、一体何の話をするんだろう、という表情になる。

でも、俺は気にせず続けた。




俺とマックスが初めて会ったのは、俺がアメリカの学校に転校した日だった。

右も左もわからないどころか、英語も全く話せない俺に、

隣の席のマックスは、英語だけじゃなく、

学校での過ごし方や、アメリカの生活スタイルなんかも教えてくれた。


学校にいる間も、学校が終わってからも、休みの日も、俺はマックスと一緒に過ごした。

マックスがいれば、何も心配なことはなかったし、

マックスを通して友達もたくさんできた。


マックスは俺の一番の親友だった。


ところが、1年ほどたったある日。

突然マックスが、みんなの前で「俺はゲイだ」とカミングアウトした。

しかも、マックス自身それに気づいたのは、俺のことを好きだと自覚したからだと言う。



「マックスがそれまで俺をそんな目で見てたのかと思うとすげーショックだった。

でもそれ以上に、焦った。今なら、もっとマシな対応ができただろうけど、

その時俺はまだ13歳で、どうしていいかわからなかったんだ」

「・・・・・・」

「とにかく、クラスのみんなが俺のことをどう見てるのかが気になって仕方なかった。

俺までマックスみたいな人間だと思われるのが怖かった。だから・・・」


俺は唾を飲み込んだ。


「俺は覚えたばかりの英語の中から、できるだけ汚い言葉を選んでマックスを責めた。

なんて言ったかよく覚えてないけど・・・

多分、『変態』とか『近寄るな』とか『触るな』みたいなことを言った、と、思う・・・」


思わず声が小さくなる。

教師の俺にこんなこと言われても、生徒は困惑するだけかもしれない。




当時の俺は、とにかくマックスを責めまくることで、保身を計った。

マックスが教えてくれた英語で、マックスを責め続けた。


そして・・・それ以来、マックスは友達が一人もいなくなった。

みんなマックスを避けた。

俺もマックスと目も合わさなかった。


お陰で俺の周りには、変わらず友達がたくさんいた。



そして、それから2年後のクリスマスイブ、

俺は日本に帰国することになった。


クラスのみんなが空港まで見送りに来てくれた。

まさかマックスはこないだろと思っていたが、

なんとマックスはやってきた。


マックスは、みんなからだいぶ離れたところで、一人でポツンと立っていた。




「俺に文句の一つでも言いに来たのかと思ったけど、そうじゃなかった。

マックスは俺を見送りに来てくれただけだったんだ」


みんななんとも言えない表情だ。

飯島と相楽は目をウルウルさせている。


「マックスは、そこからちょっと微笑んで俺に手を振った。

でも俺は、それを無視して飛行機に乗った」

「・・・」

「マックスとはそれっきりだ」


俺はため息をついた。

みんな、どう思っただろう。

軽蔑したか?

でも、それでもいい。

なんか、こいつらには言っておきたかったんだ。



遠藤が口を開く。


「なんでマックスって人は、急に日本に来たんだ?」

「うん・・・一昨日、あの後少し話したんだけど、あいつ、結婚するらしい」

「・・・女と?」

「ああ。マックスは大きなソフトウェア会社の跡取り息子でさ。

親が強引にマックスを結婚させようとしてるらしい。

跡取りがゲイでいつまでも独身なんてみっともないってな」

「・・・」

「マックスは悩んでる。このまま女と結婚していいものかどうか。

で、俺に会って、また『ゲイなんて気持ち悪い』とでも言って欲しかったみたいなんだ。

そうすれば結婚する決心がつくと思ったらしい」


だけど俺は何も言えなかった。


「・・・どうするんだ、本城?」

「これから会ってくる。俺がこの9年間考えていたことや、今思ってることを正直に話してくるよ」

「・・・」

「俺はずっと、心のどこかでマックスに酷いことを言ったっていう思いが消えなかった。

でも、言われた方のマックスは、もっと辛い思いをしてきたと思う」


そういう意味でも、マックスは俺のことを忘れたことはないようだ。

そして、そんな酷い俺に今でも好意を持っているらしい。


「みんなが俺みたいな経験をすることはまずないだろうけど、

みんなも、ちょっとした一言で誰かをすげー傷つけてることがあるかもしれない。

自分は忘れてしまっていても、相手はずっと覚えてて苦しんでるかもしれない」


そして、誰かが自分のせいでそんなに苦しんでると知った時、

自分も深く傷つくんだ。


誰かを傷つけて、それがまた自分を傷つける。

相手の傷も自分の傷も、完全に消えることはないだろう。


「自分の発言一つ一つに気をつけろとは言わないし、そんなのは無理だろう。

でも、俺の経験談を頭のどこかに置いといてくれ。もしかしたら、役に立つ日が来るかもしれないからな」


みんな、しんと静まり返った。

だけど・・・意外な奴の声がした。


「先生。頑張ってきてくださいね」

「月島・・・」


みんながいる教室の中で、月島から俺に質問以外で声をかけてくることなんて、

今まで一度もなかったのに。


「ああ。頑張ってくるよ。でもその前に、頭の中で英語を復活させないとな」


俺がそう言うと、みんなが笑った。


いつも通りの明るい笑い声だった。










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