第3部 第23話
コートを羽織って、校庭に出てみる。
そこには、12月の寒空の下、元気に走る5組の面々が。
今日は、5組の最後の体育の授業だ。
最近、少しずつ色んな「最後の授業」が出てきた。
音楽の授業も昨日で最後だった。
そして、既に自習形式ではあるが、俺の授業も明日で最後だ。
なんとなく寂しくて、俺はできるだけ5組の色んな最後の授業を見るようにしている。
特に体育は、こんないかにもな体操着を着て運動するのは最後だろうと、
生徒達自身も感慨深そうだ。
・・・って、別に月島の体操着姿を見に着たんじゃないぞ。
俺はそんな変態じゃない。
うん。
でも、罪悪感があるからか、月島の方はなるべく見ないようにしながら、
俺は生徒一人一人を眺めた。
藍原は綺麗な長い足で優雅にトラックを走っている。
それに引き換え、西田と飯島は本当に足が遅いな。
「ポテポテ」ってゆーか、「ボテボテ」って感じだ。
全く・・・でもなんか微笑ましい。
ちなみに相楽は俺が見てる間だけで既に2回転んでいる。
遠藤は、さすがにバスケ部で頑張ってただけあって、なかなか足が速い。
でも、それ以上に帰宅部の三浦は速い。
本当に卒なくなんでもこなす奴だ。
18歳か。
みんな、若いな。
俺が18歳の今頃は・・・
苦い記憶が蘇り、俺はため息をついた。
その時。
「シンヤ!!!」
校門の方から、よく響く大きな声が聞こえた。
俺はもちろん、校庭にいる全員がその声の方に振り返る。
そこには・・・忘れたくても忘れられないブロンドヘアが見えた。
「シンヤ!」
そいつはもう一度そう叫ぶと、信じられないことに閉じられた校門をよじ登り始めた。
おいおい!
と思う間もなく、そいつは校門を乗り越え、一目散に俺目掛けて走ってきた。
俺は、驚きの余りその場で固まっていた、
のが、悪かった。
そいつは俺に、タックルするように抱きつくと、顔中に熱烈なキスを浴びせたのだった・・・
「じゃあ、今日も自習な。俺は教壇のとこにいるから、質問ある奴は手を上げるか、聞きに・・・」
「来い」と言おうと思ったが、誰も来てはくれそうにないからやめた。
と言うのも、物理的な教室の距離はいつもと当然同じだが、5組の生徒の心は、
遥かかなたサバンナ辺りまで遠ざかっていたのだ。
「おい、遠藤」
「・・・なんだよ」
「聞きたいことがあるんだろ?さっさと聞けよ」
「・・・別に、ない」
冷たい奴だ。
「西田は?」
「ありません。全く。一言も」
このやろう。
月島にも聞きたかったが、もはや目すら合わせられない。
さっき俺にキスの嵐を浴びせた奴は、侵入罪ということで学校の警備員に取り押さえられたが、
一応の俺の説明と、校門の外で待っていたロールスロイス効果によってお咎めなしとなり、
おとなしくそのロールスロイスで帰って行った。
「ほんじょー」
「なんだ!遠藤、やっぱ聞きたいことあるだろ!?」
そうそう、聞いてくれよ!
でないと、俺、自己弁護できないだろ!?
「勉強したいから、静かにして」
「・・・悪い」
遠藤にこんなこと言われちゃ、教師人生もお終いだ。
俺は諦めて、教室の端の椅子に、小さくなって腰をおろした。
あーあ。
なんだよ、なんなんだよ、もうすぐクリスマスだってのに、この寒々しい雰囲気は!
って、受験生にクリスマスも正月もないけどさ!
もうちょっと、教師をいたわってくれてもいいだろ!?
そんな思いが通じたのかなんなのか。
いや、単に俺を哀れんでくれたのだろう、珍しく三浦が突っ込んできてくれた。
「先生。さっきのは誰なんですか?」
三浦!恩にきるぞ!
やはり他の生徒も(当然月島も)気になっていたのか、全員が俺に注目した。
「あ、あれはだな、俺が子供の頃住んでたアメリカの友達だ!」
「友達、ですか」
いくらアメリカ人でもただの友達があんなこと、しませんよね?
という言葉が後に続くんだろう。
「もちろん、友達だ。ただの友達」
「・・・そうですか」
三浦はまだちょっと納得してないようだったが、一応納得した振りをしてくれた。
三浦が納得したとなると、教室中に「なーんだ、ただの友達かあ」という雰囲気が広まった。
初めての授業の時の「月島効果」を思い出すな。
とにかく、一度緊張が緩むと、一気に質問が飛び出してきた。
「ただの友達があんなキスするのかよ!?」
「大胆だなー」
「やらしー、ってゆーか、せんせー的にはあれってアリなの?」
「アリ、な訳ないだろ!!」
俺は思わず大きな声を出した。
藍原がケラケラと笑う。
「だよね。あれがブロンドヘアの美女ならともかく、男じゃねー」
「・・・」
そうなのだ。
こともあろうに、俺にキスしてきたのは男なのだ。
それも、190センチはあろうかというブロンドヘアのゴツイ男。
あー・・・さすがに思い出すと・・・凹む。
俺はなんとなく、洗った顔をまたさすった。
「たく、本城にそっちの気があるのかと思って焦ったぜ」
「あるわけないだろ!」
と、強く言ってから、俺はボソッと付け加えた。
「・・・俺には」
「へ?」
なんとなく教室が静まり返る。
「・・・ってことは、向こうは・・・」
「・・・」
しーん、
って音が聞こえる。
「・・・まあ、その、なんだ・・・世界は広いし・・・そういう人間だっているさ・・・」
しーん。
はあ。
今度は南極ぐらいまで離れて行きやがった。




