第3部 第22話
敵の気持ちってのは、
味方の気持ちよりわかりやすいのだろうか。
俺が月島と会えず悶々としているということをいち早く見抜いたのは、
コン坊でも坂本先生でもなく、門脇先生だった。
「本城先生。月島さんが保健室にいますよ」
「え?なんで?」
「さあ。体調悪いんじゃないですか?」
放課後、門脇先生にそう言われて、俺は保健室に飛んで行った。
月島が本当に寝不足か疲労で倒れたのだと思ったのだ。
しかし。
「あ、先生」
「・・・月島。なんだ、倒れたんじゃないのか?」
保健室の椅子にちょこんと座っている月島を見て、
俺は気が抜けた。
「いえ。門脇先生が、本城先生が呼んでるからここで待ってなさいって」
なんで担任が生徒を保健室に呼び出すんだ。
信じる月島も月島だ。
「保健の先生は?」
「わかりません。いないんです」
大方、門脇先生が適当な理由で呼び出したんだろう。
・・・なんだよ、なんか企んでるのか?
それとも罪滅ぼしか?
まあ・・・どっちにしろ、ありがたい。
「帰る準備してきてるか?」
「はい。それも門脇先生に言われました」
「・・・。送っていくよ。月島は体調が悪い、らしい」
「らしい、って・・・ふふふ」
月島もようやく事情が飲み込めたのか、微笑んだ。
月島の笑顔を見たのは久しぶりだ。
気が緩んで、一瞬月島を抱きしめそうになったけど、なんとか堪えた。
助手席でシートベルトを締めている月島を見ながら、俺は考えた。
今からもちろん月島を家に送っていく訳だけど、
少しでいいからゆっくり話したい。
少しでいいからキスしたい。
一番いいのは俺の家に行くことだけど、
さすがにそれは気が引けるし、帰したくなくなるかもしれない・・・
でも、学校から月島の家までは車で20分ほど。
途中、そう都合よく人目につかない車を停められる場所なんてない。
いや、待てよ・・・
「先生?どこ行くんですか?」
学校を出て、月島の家の方でも俺の家の方でもない方向へハンドルを切った俺に、
月島が不思議そうに訊ねた。
「月島の家だよ、もちろん」
「でも、こっちは・・・」
月島が言い終わらないうちに、車は高速の入り口にさしかかった。
「高速使うんですか?」
「ああ」
「でも、下道とほとんど時間は変わりませんよ?」
「わかってる」
そう。
月島の家は、学校からだと下道で行っても高速で行っても時間的には同じ。
距離的には高速の方が長いからだ。
だけど、その高速の途中に行きたい場所がある。
少し走ったところで、俺は左の車線に入り、そのまま左に逸れていった。
「サービスエリア?」
「うん。ちょっと休憩」
「休憩って・・・まだ5分しか走ってませんよ」
月島が苦笑する。
「『早めの休憩を』って、さっき看板に書いてあっただろ?」
「書いてましたけど」
まあ、ここなら見つかっても不自然じゃないだろう。
と言うより、学校のこんな近くのサービスエリアで休憩している教師もいまい。
まだ7時だけど辺りは既に真っ暗で、
平日のためか駐車場にもあまり車はない。
俺は、よっぽど満車にならないと停めないような端っこの駐車スペースに車を停めた。
エンジンを切ってしばらくすると、車内灯も消え、車は闇に沈んだ。
「・・・先生、外から見えます・・・」
月島は少し唇を離して言った。
「うん・・・」
もうそんなこと、どうでもよくなってしまいそうだったけど、
かろうじて理性を保ち、俺は月島から離れた。
でも。
「やっぱ、無理」
「先生!」
月島を引き寄せようとしたけど、月島は俺から逃げるように助手席のドアの方へ身を寄せ、
フロントガラスの向こうを気にしながら言った。
「誰かが前を通ったら見られます」
「知り合いはいないだろ」
「知り合いじゃなくても恥ずかしいから嫌です・・・制服だし」
仕方なく俺は、2列目の座席に行くことにした。
なんか、嫌だよな、こーゆーの。
「ダメです。もう一つ後ろがいいです」
「3列目?えー・・・」
「じゃあ、帰ります」
相変わらずな奴だ。
「一緒にいたいくせに」
「・・・いたくありません」
「じゃあ、帰ろうか」
月島が俺を睨む。
少し目がウルウルしてきたので、そろそろ意地悪はお終い。
俺は一番後ろの座席に月島を引き込んで、
またキスをしだした。
・・・本当はもっと話とかするつもりだったのに・・・
キスしてると、そんな余裕はなくなった。
キスはもちろん、こうやって二人きりになるのも、抱き合うのも本当に久しぶりだ。
月島も、全く抵抗することなく、成されるがままだった。
「・・・いいかも」
「何がですか?」
「3列目」
「え?」
俺達が座っているのは、3列目の座席、ではなく、3列目の床。
デカイ車だから、こんなところでも結構余裕がある。
何より、外からは全く見えない。
お陰でこうやって遠慮なくキスできる。
いや、キスもできる・・・
俺は月島の首筋に唇を這わせた。
「・・・」
「わかってる」
約束だもんな。
これ以上はしない。
ちょっと遊んでるだけだ。
だけど、月島の様子がおかしい。
全く抵抗しない。
いつもなら、俺がしないとわかっていても、多少なりとも抵抗したり、
「ダメです」とか、もっと酷い時は「イヤです」とか言うくせに。
「なんだよ。抵抗してくれよ」
「・・・どうしてですか」
「抵抗してくれないと、やめないぞ?」
「・・・」
月島は、尚も抵抗しない。
・・・なんだよ、いいのかよ。
車だぞ。
3列目の床だぞ。
するにはさすがに狭いぞ。
できなくはないけどさ。
俺は、月島の肩に顔をうずめ、
手を身体に這わせた。
月島が小さく息をつく。
・・・。
月島がいいって言ってるんだから、
何も遠慮することはない。
今までずっと我慢してきたんだし、
俺だってしたいさ。
それなのに、俺はなんで迷ってるんだ?
校長との約束があるからか?
・・・違うな。
「やっぱり、しない」
「え?」
俺は月島の身体から離れた。
さすがに月島も驚いた顔になる。
「卒業まで待つ約束だもんな。せっかく1年も我慢してきたんだから意地でも後3ヶ月待つ!」
「先生・・・」
「その方が心置きなくできるし。月島もこんなとこじゃ嫌だろ」
月島が、ふふっと笑う。
「そうですね」
「月島もしたいなら、さっさと受験に受かれ」
「・・・別にしたくないです」
「ふーん」
「また、何か意地悪言おうと思ってますね?」
俺は苦笑いしながら、コートのポケットから小さな箱を取り出した。
「はい」
「?なんですか、これ?」
「本当は月島の誕生日に渡したかったんだけど、渡せなかったから。
それからなんとなくずっと、鞄に入れてたんだ」
月島の誕生日は9月だ。
夏休み中に、俺達のことがバレてしまったので、
これを渡せるのは学校しかなかった。
でも、結局機会がなくて渡せなかった。
「え?これ、いいんですか?」
月島は、箱の中を見て驚いた。
「ああ」
「・・・ありがとうございます。大事にします」
月島は、嬉しそうに、というより、涙を堪えながら言った。
それから俺達はもう一度、キスをした。
でもそろそろタイムアップ。
続きはまた3ヵ月後だ。




