第3部 第21話
午前1時。
いい加減眠くなってきて、寝る準備を始めたとき、
携帯が鳴った。
「お。今日は遠藤か」
「なんだよ、今日は、って」
遠藤の不服そうな声が聞こえてきた。
「昨日は飯島だったからさ」
「・・・」
12月に入り、センターまで後1ヶ月となった。
生徒達の疲労はピークに達している。
愚痴の一つでも言ってストレス発散をしたい。
でも話し相手になってほしい人も、自分と同じ受験生。
迷惑はかけられない。
誰に愚痴ろうかなー。
お、そうだ。友達みたいな奴だけど受験生じゃないのがいるじゃないか!
と、ゆー訳で、俺の携帯は連日大盛況だ。
「本城ってモテるんだな」
「遠藤にモテても嬉しくないけどな」
「いっそ、本城が毎日順番に生徒にかけていってやれよ」
「携帯代だけで破産する」
「それもそうか。本城って給料どれくらいもらってんの?」
「・・・そんなこと聞いてどうするんだよ」
「合格祝いにどこに連れて行ってもらうかの目安にする」
「そんだけ自信あれば大丈夫だな。切るぞ」
「待てよー」
実は5日くらい前には藍原からもかかってきた。
しかも藍原の心配の種は、自分のことよりも、遠藤が志望校に合格できるかどうかだった。
全く・・・
そういえば、藍原、「私が寝るまで切らないでね」なんて可愛い事言ってたな・・・
遠藤も藍原にそれくらい言わせてみろ。
そうだ。
この際だ、遠藤にずっと言いたかったことを言ってやろう。
「藍原とホテルばっかり行ってるから、ここに来て切羽詰るんだよ」
「・・・そんなこと誰から聞いたんだ?」
月島、とは言えない。
「風の噂だ」
「別にいいだろ。ホテルくらい」
「校則読め。『不純異性交遊の禁止』って書いてあるぞ」
「なんだよ、その不純異性交遊って・・・どーせ、本城も学生時代、守ってないんだろ」
どうだったかなー。そんな昔のこと、忘れちゃったなー。
「それにホテルには行ってるけど、不純異性交遊はしてないし」
「は?」
「・・・・・・」
「なんで?何しにホテル行ってるんだよ?」
「なんで、って言われても・・・藍原が、卒業するまではヤダってゆーから」
おおお。どっかの誰かも全く同じこと言ってたゾ。
「ホテル行っても、カラオケしたり映画見たりしてるだけだよ。
カラオケボックスとか映画館行くより安いし、ちょっとはイチャつけるし」
「・・・ふーん」
「おい、本城。なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「そんなことないぞ」
「声が笑ってる」
ふふん。
なんだよ、藍原の奴。
結構純情なんだな。
最近の高校生なんて平気で遊んでると思ってたのに、
真面目なとこあるじゃん。
うんうん。いいことだぞ。
自分のことは棚に上げ、
そんなこんなで1時間近く遠藤と話し、
ちゃっかり数学の質問までされてしまった。
まあ、これくらいでストレス発散してくれるなら、安いもんだ。
ただ・・・ちょっと心配なことがある。
翌日、俺は教室の端に腰掛けて、
自習している生徒達を眺めた。
もう授業は全て自習かセンター対策だ。
みんな思い思いの問題集を広げ、かじりついている。
中でも・・・。
月島。
大丈夫かな?
夏からT大に志望校を変え、文字通り勉強に追われている。
それに、俺に彼女として接することはできなくなってしまった。
それだけならともかく、どうやら月島は生徒としても俺にどう接していいかわからなくなったらしく、
質問にもこないし、最低限必要なこと以外は話しかけてこない。
電話もメールもなし。
ただ、時々俺に目で微笑みかけてくれるので、
月島の気持ちはわかってるんだけど・・・
他の生徒みたいに、休憩がてら電話でもしてくればいいのに。
俺からしようかとも思ったけど、勉強がノッてる時だと迷惑になるだけだしな・・・
成績も伸び悩んでいる。
いや、元々が良過ぎるから、簡単には伸びないんだろうけど、
偏差値も夏から変化なし。
日本中の高校生のレベルが受験に向けて上がってきてる中、
偏差値が変化しないということは、月島のレベルも平均的に上がっているってことだけど、
数字が変化しないというのは本人にとっては不安だろう。
今日も、机から目を離すことなく頑張っている。
「無理するなよ」って言ってやりたいけど、
今無理せずしていつするんだ、って感じだもんな。
頑張れ。
そして、もう1人。
月島並みの集中力で机に向かってる奴が・・・
「おい。大丈夫か?」
俺は小声で相楽に話しかけた。
相楽も小声で答える。
「はい!なんとか卒業までには!」
「・・・おう。頑張れよ」
相楽が勉強しているのは、そう、自動車教習所の本だ。
免許取得は校則で禁止されているけど、
相楽は「雇い主の意向で」ということで、校長に特別に許可してもらった。
が。
俺と統矢の予想に反せず、苦労しているようだ。
「今、どの辺まで進んでるんだ?」
「仮免です。3度目の正直で、ようやく受かりました!」
仮免で2回も落ちたのか!?
「そ、そうか」
「はい、次は仮免の実技です!」
・・・仮免の筆記だけで2回も落ちたのか。
統矢はさぞかし頭を痛くしていることだろう。
「でも仮免の筆記は終わったんだろ?何を勉強してるんだよ?」
「今から最終の筆記の勉強しておいたら、次こそ1回で受かるかと思って」
なるほど。
でも、今勉強しているのを忘れる前に最終試験に辿りつけよ・・・
うちのクラスにはどうしてこうも色んな意味での問題児が多いんだ。
もっとも、校長や教頭から見れば、俺もその一人だろうけど。
その夜。
ついに限界がきたのか、月島から電話がかかってきた。
「先生・・・」
「大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃありません・・・会いたいです」
月島が素直だというのは、嬉しくもあり心配でもある。
よっぽど嬉しいか、よっぽど追い詰められてるか、だからな。
もちろん今は後者だ。
「来るか?」
「・・・我慢します」
校長との約束で、二人で学校外で会うことはできない。
あの校長なら、会ったとしても許してくれるだろうけど、
俺も、多分月島も、校長を裏切るようなことはしたくない。
でも・・・月島と会えなくなって3ヶ月以上。
卒業までも、まだ3ヶ月以上。
正直、俺もかなり辛い。
俺はため息を堪えて電話を切った。




