第3部 第18話
相楽がとにかく最低限の身の回りのものだけ持って、
森田先生の家に住み始めて3日が経った。
俺は授業や内申書の準備の傍ら、
相楽の就職先探しに翻弄した。
正直、アテがないわけじゃない。
堀西のコネを使えば、簡単に大企業に就職できる。
だけど、安定していて将来の心配がなく、かつ、寮のある会社、
そして、高卒で特別な技能も持たない相楽を雇ってくれる会社、
となると、候補は激減する。
更に贅沢は言えないが、相楽が希望する職種も考えると、
堀西のコネは使えないと思った方がいい。
かといって、朝日ヶ丘高校自体も、ほとんど企業と繋がりがない。
となると・・・
「はあ」
「本城先生。悪いね。僕も当たってみるよ」
夜、職員室で思わずため息をついていると、
森田先生が話しかけてきた。
「すみません・・・相楽、元気にやってますか?」
「ああ。さすが父子家庭で育っただけあって、家事全般完璧で、麻里さんも助かってるよ。
ちょっと抜けたところがあるけど、それで返って歩とも上手くいってるし」
「そうですか。よかった」
確かに、ここのところ相楽は以前より元気にはなった。
でもまだ進路が決まっていない不安からか、
どことなく落ち着きがない。
「卒業まで住むところも早く見つけないといけませんね」
「いや、うちは別にいいんだけど・・・相楽が気を置くかもしれないね」
相楽はこれから一人で暮らしていくつもりのようだけど、
正直、俺はそれには反対だ。
こんな形で家族を失った相楽が一人暮らしなんかしたら、
本当に孤立してしまいそうだ。
ましてや、人付き合いがあまり得意でない相楽なら尚更だ。
できれば、誰かと一緒に生活してほしい。
結婚できればベストだけど・・・さすがにまだ無理か。
最低でも、会社の寮に入って欲しい。
森田先生が帰った後、再び企業パンフレットを開いていると携帯が震えた。
ディスプレイが青く光っている。
メールじゃなくて、電話だ。
と、そこまで確認したが、相手の名前は見ずに俺はぼんやりと通話ボタンを押した。
すると、いきなり不機嫌な声が耳に飛び込んできた。
「俺を30分も待たすとは、相変わらずいい度胸だな」
「えーと。どちら様でしたっけ?」
「ふざけんな。さっさと来い!」
それだけ言うと、電話は切れてしまった。
ふざけるも何も、こんな舐めた話し方する奴は一人しかいない。
あー・・・そう言えば、今日は月に一回、統矢に飯を奢る日だったな。
たく、こんなところは妙にしっかりしてやがる・・・
30分待つのも1時間待つのも大して変わらないだろう、と、
俺はのんびりと帰り支度を始めた。
「俺、今日は飲む気分じゃないんだよなー」
「・・・お前。それ、人を1時間以上待たした挙句に言う言葉か」
統矢はビールのジョッキを置くと、ギロっと俺を睨んだ。
初対面でこの目に睨まれると相当怖いが、いい加減慣れてきた。
統矢はコレが普段の顔だ。
「普段の顔じゃない!」
「そうか?俺に会うと、たいていそういう顔してるだろ」
「真弥がこういう顔させるんだ!」
なんてヤローだ、とかなんとかブツブツ言いながらも、
ちゃっかり5杯目を注文してやがる。
「それにしても疲れてるな」
「だからー。飲む気分じゃないんだって」
「そういいながら、もう3杯も飲みやがって」
あれ?そうだっけ?
「さては、生徒が妊娠でもして問題になってるんだな?」
「その方がマシ」
「マシ?じゃあ、真弥が女子生徒に惚れて困ってるとか」
「あー・・・その問題はもう1年前に終わった」
「おい。その話、聞かせろ」
「嫌だ」
ちっ、と舌打ちして、統矢は尚も推理を続けたが、
さすがにギブアップの様子だ。
「何があったんだよ?」
「まあ、統矢は別世界の人間だから、話してもいいか」
「は?」
「いや、なんでもない」
俺は相楽のことを簡単に説明した。
統矢は最初、あまり興味なさそうに聞いていたが、
最後まで聞き終わると、何かを企んでいるような表情になった。
「ふーん・・・」
「なんだよ。何か企んでるな?」
「別に。ところでその女子生徒、料理はできるか?」
「は?料理?」
なんのこっちゃ。
「ああ、家事全般できるらしいけど」
「なるほどな。いいじゃないか」
「何が?」
「おい。その生徒をここに呼び出せ」
「はあ?」
「早くしろ」
それだけ言うと、統矢はまたビールを飲み始めた。
こうなると、こいつは言うことを聞くまで引き下がらないだろう。
俺は仕方なく相楽の携帯に電話し、
タクシーでここまで来るように頼んだ。
もう10時だ。
教師が生徒を呼び出す時間としては相応しくなさ過ぎる。
「そんなこと、どーでもいい」
「統矢はどうでもよくても、俺がどうでもよくない」
「生徒に惚れるような教師が、デカイ口叩くな」
「・・・。おい、それ、相楽の前で言うなよ?」
「じゃあ、グダグダ言うな」
くそ!!!
納得がいかず、ブツブツ言いながらビールを飲んでいるうちに、
(いつの間にやら二人合わせて10杯を越えてるし・・・)
相楽が到着した。
ごく普通の大衆居酒屋ではあるが、さすがに相楽は初めてらしく、
物珍しそうにキョロキョロしながら店に入ってきた。
「相楽。こっち」
俺は軽く手を上げた。
相楽はすぐに俺を見つけて駆け寄ってきた。
「先生!」
「悪いな、こんな時間に。しかもこんなところに」
「大丈夫です」
「ぶっ!!!」
会話を聞いていた統矢が突然ビールを噴出した。
「うわ!汚ねえ!!!」
「せ、せんせい!?なんだ、そりゃ!?」
「・・・おい。俺が教師だって知ってるだろ」
「いや・・・そうだけど・・・真弥が先生・・・っぷ」
なんだ。何がおかしい。
「世も末だな」
「・・・」
人に生徒を呼び出させておいて、その言い草はなんなんだ。
統矢はしばらく腹を抱えて笑っていたが、
ようやく気が済んだのか、相楽に向かって言った。
「お前、名前は?」
「相楽です。相楽小雪」
「小雪、ね」
統矢が無遠慮に相楽をジロジロと見た。
寝る前だったのか、ジャージに上着を羽織っただけの相楽は、
恥ずかしそうに上着の前を合わせた。
「真弥から聞いたけど、お前、行くとこないんだって?」
「え?は、はい」
「おい、統矢!」
「真弥は黙ってろ」
統矢は軽く俺を睨んだ。
「うちに住み込みで働く気はないか?」
「え?」
「統矢!!」
「だから真弥は口挟むな。俺はコイツに聞いてるんだ。どうだ?」
「あの・・・住み込みってどんなお仕事なんですか?」
「お手伝いさんみたいなもんだ。うちには3、40人の男達が住んでるんだが、
そいつらに飯作ったり、家を掃除したりする。
今、4人の女でやってるけど、ちょっと厳しくてな。一人補充しようと思ってたんだ」
「ダメだ!!」
俺は思わず叫んだ。
「なんでだよ?」
「だって、統矢。お前の家って・・・」
だけど統矢は俺を無視して、相楽に向かって言葉を続けた。
「真弥の弟もうちに住んでるんだ」
「先生の弟さんも?どういうお家なんですか?」
「ヤクザの家」
「・・・ヤ、クザ?」
さすがに相楽も絶句し、驚いたように俺を見た。
なんで先生はヤクザと知り合いなんですか?
先生の弟もヤクザなんですか?
その目はそう言っている。
俺は、正直に頷くこともできず、ただ肩をすくめた。
「悪いようにはしない。ちゃんと給料も出すし、辞めたくなったら辞めればいい」
「・・・」
「逆にいたければ、いつまでいてもいい。もう何年もうちでお手伝いとして働いてる奴もいる」
「・・・私、大学はもう行く気はありませんけど高校は卒業したいんです」
「相楽!」
おい!なんで乗り気なんだ!
「ああ、構わない。高校に通ってる間は、空いてる時間だけ仕事すればいい。
卒業したら、本格的に働け」
「わかりました。お世話になります」
相楽は全く悩むことなくそう言うと、
深々と頭を下げた。
「明日、授業が終わったら荷物を持って学校で待ってろ。組の奴に迎えに行かせる」
「はい」
統矢は、ニヤっと笑うと、
呆然としている俺に言った。
「じゃ、そーゆー訳で、コイツもらうわ」




