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第3部 第16話

9月中旬。


センターまで、後4ヶ月。

前期まで、後5ヶ月。


夏にどれだけ頑張ったか、その成果もそろそろ出てくる。



正念場だ。



3年生には、学校最後のイベントである体育祭も来月に控えてはいるけど、

はっきり言ってそれどころじゃないだろう。



志望校をT大法学部に変えた月島は順調に勉強を進めている。

8月末にあった、T大模試の判定もC+。

悪くない。


K大の西田も、Y大の藍原も問題なさそうだ。


三浦はかなりレベルの高い医学部を狙っているけど、

こいつは大丈夫だ。

なんかそんな気がする。


三浦と同じ大学の文学部を狙っている飯島は、

三浦が勉強を見ているようだから、これも心配ないだろう。


問題児の遠藤は、まだまだだけど、現役は秋から冬にかけて成績が伸びて、

浪人生を追い越すことが多い。

遠藤くらい頑張っていれば、12月頃に偏差値が急に上がるかもしれない。



他にも、既に安全圏の生徒、まだ油断できない生徒、もうちょっと頑張りが必要な生徒、

と様々ではあるが、今のところ「もう受験は嫌だ」と投げ出す生徒はいない。




高校の授業で教える範囲の授業は既に1学期で終わっている。

2学期からは、受験対策、というか、主に大学の過去問やセンターに重点を置いた授業だ。

さながら予備校のようで、

生徒達の集中力はむしろ上がっている。


高校の普通の授業だけじゃ、やはり心配だったのだろう。


その代表格が月島だ。

いつも授業とは違い、かなり興味津々といった感じ。

俺としては複雑なのだが・・・



俺は、と言えば、そんな授業の準備と内申書に追われる毎日だ。

特に、やっぱり内申書は面白い。

最近では、家にいても気づけば「あいつにはなんて書いてやろう」とか考えている。


藍原は頭もいいし、クラスの女子のリーダーだ。それでいて威張った奴じゃなく、

気配りができる。

月島は生徒としては百点満点だ。ありのままに書けばいい。

遠藤もいいところがたくさんある。俺をバスケに誘ってくれたのもこいつだ。


他の生徒達も・・・



授業中、黒板ではなく、俺を追いかける控えめな視線に気づけたのも、

ここのところそんなことを考えていたからかもしれない。


俺は、教室全体を見渡す振りをして、その視線の主を探した。


すると相楽が不自然でない程度に俺から視線を逸らした。

まるで「黒板を見ていたら、たまたま先生と目があっちゃいました」という程度に。


だけど、その瞳の奥に、何か重いものを感じた。

何かを話したがっているような。

何か助けを求めているような。


俺は、その日の放課後、思い切って相楽を生徒指導室に呼び出した。




「失礼します」

「ああ」


相楽は恐縮したように小さくなって生徒指導室に入ってきた。


生徒指導室は6畳ほどの小さな部屋で、

更にその中に教材や本が積み上げられているために

かなり圧迫感がある。


だけど、そのこじんまりした雰囲気のせいか、

ここでは色々と本音を話してくれる生徒も多い。


「相楽、どうした?元気ないよな」


俺がそういうと、相楽は急に涙目になった。


「相楽?何かあったのか?勉強、辛いのか?それとも・・・家で何かあったのか?」


相楽は何も言わず、涙目のまましばらくスカートを握っていたが、

やがて覚悟を決めたように、長袖のブラウスの袖をめくりはじめた。


俺はブラウスの下の腕を見て息を飲んだ。

その白い腕には痛々しい紫のアザがいくつもあったのだ。


「・・・これは?」

「叔父さんが、年末くらいから浮気しだしたんです。

それで叔母さんがヒステリーを起こすようになって・・・」


叔父さん、叔母さんというのは、相楽がお世話になっている親戚のことだろう。


「じゃあ、これは、その叔母さんが・・・?」


相楽は何も言わず、腕を見つめたまま小さく頷いた。



相楽への暴力が始まった2年の冬から今年の5月まで、

生徒は全員冬服だった。

2年の時担任だった森田先生も気づかなかったのだろう。


でも俺は、衣替えしても相楽が長袖のままだと知っていた。

・・・もっと早く気づくべきだった。



俺はため息をついた。

情けないが、たかだか2年目の俺だけの手に負えることじゃない。

俺は、相楽の了解を得て、山下教頭に相談することにした。


森田先生は学年主任になってまだ日も浅いし、

前は相楽の担任だった。

冷静な判断ができないかもしれない。


だから、2年の時学年主任だった山下教頭に相談することにしたのだ。



俺の話を聞いた山下教頭は、しばらく考え込んでから言った。


「わかりました。今日は本城先生が相楽を送っていってあげてください」

「はい」

「そして、その叔母さんと話し合ってきてください。遠慮する必要はありません。

もうこんなことはしないでください、とズバッと言って下さい」

「はい」

「その時、反省の色が見られなかったら、相楽を学校に連れて帰ってきてください。

女性教員か誰かの家に泊めてもらいましょう」

「わかりました」


山下教頭は、ただし、と付け加えた。


「気をつけてください。この手の保護者は、反省している振りをして、

後で仕返しのようにまた子供を殴ったりすることがあります」

「・・・はい」

「少しでもおかしい、と思ったら、相楽を渡さないように」

「はい」


なるほど。

叔母さんが反省して、もうあんなことをやめてくれるなら、それに越したことはない。

相楽には他に行くところがないんだからな。


だけど、やめる様子がなければ、今後のことも含めて対策を考えないといけない。


見極めが大切だ。

・・・できるか、俺に?





俺は、かなり緊張して相楽の叔母と対面した。


40過ぎの相楽の叔母は、ちょっと痩せすぎで、神経質なところがあるようではあるが、

とても相楽に暴力を振るっているようには見えない。


俺は、相楽のアザを見たことを告げ、「もう絶対にやらないでください。次は警察に通報します」と、

かなり強く言った。


相楽の叔母は脱力してうなだれた。


「申し訳ありません・・・夫のことでイライラしてしまいまして。

ダメだ、ダメだ、と思いながら、いつの間にこの子にあたっていました・・・」


そして、もう二度としない、と叔母は約束してくれた。


でも・・・



俺は相楽を応接室から連れ出し、訊ねた。


「相楽。どうする?あの叔母さん、信用できるか?できないなら、俺と一緒に戻ろう」


俺としては、反省の色が見られた、と思っている。

だけど演技かもしれない。


相楽の目にはどう映ったんだろう。


相楽は軽く頷いて言った。


「信用・・・できると思います。あの人、私のお父さんの妹なんです。信じます」

「・・・そうか。わかった。何かあったらすぐに連絡しろよ」

「はい。ありがとうございました」



俺はその日、相楽をそのまま家に帰した。

大丈夫だ、と思った。



だけど・・・

次の日、相楽は学校に来なかった。




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