第3部 第15話
「どうしたの?何か神のお告げでもあったの?」
「どーゆー意味だよ」
「本城君が、お昼ご飯も忘れて仕事するなんて、初めてじゃない」
「・・・」
失礼な奴だ。
俺はいつでも真面目に仕事してるぞ。
「月島さんと、何かあったの?」
するどいなあ、コン坊。
俺は苦笑しながら、コンビニ弁当を開いた。
もう1時を回っている。
コン坊に誘われなかったら、危うく食いっぱぐれるとこだった。
「しばらく会わないことにした」
「しばらく?卒業までってこと?」
「そう。月島も受験生だしな」
「・・・ふーん」
コン坊は何かを察したようで、それ以上月島のことには触れてこなかった。
昨日の夜から、内申書を書く準備を始めたが、
これが予想以上に大変で、
そして、予想以上に楽しい。
今まで、何となく「生徒達」と括っていた生徒達を、
一人ひとり「どんな奴だったかな。どんなことが得意だったかな」と、思い返して、
それを文章にしていく。
そういえば、あんなことがあったな。
こんなこと言ってたな。
まるで思い出巡りをしているようだ。
今まで以上に生徒一人ひとりが愛おしく思える。
お陰で作業はちっともはかどらないけど、
時間はあっと言う間に過ぎていく。
でもまだ夏休みだ。
時間はある。
一人ひとりのことをしっかり考えて、
いい内申書を書こう。
午後も作業は遅々として進まず、
だけど充実した時間を過ごせた。
もう6時だと言うのに気づいたのは、
周りの教師がチラホラと帰り始めたからだった。
さすがに疲れた。
休憩がてら、教室に行ってみよう。
月島も、他の生徒もいるだろう。
何か質問があるかもしれない。
これからは月島とは学校でしか会えないしな。
いや、「会う」って言い方は間違ってるか、
とゆーか、しちゃいけないんだよな・・・
できるだけ教師らしい顔をして(どんなだよ)、
俺は3年5組の教室の扉を開けた。
案の定、月島を含め、10人くらいの生徒が勉強していた。
月島は、少し俺の方を見て微笑むと、また視線を机に戻した。
月島も気になったけど、俺の目に止まった生徒がもう1人いた。
相変わらず長袖のブラウスを着ている相楽だ。
遠藤と同じくY大志望の相楽だが、
成績が一向に上がらない。
遠藤はじわじわ、ではあるが、少しずつ上がってるのに。
相楽は見た目にも小柄で、いかにも引っ込み思案、という感じの生徒だ。
「成績が上がってないけど、どうした?」なんて直球で聞けば、
萎縮してしまうに違いない。
ましてや、職員室や生徒指導室に呼び出せば、なおさらだ。
俺はさりげなく相楽の前に立ち、
軽く声をかけた。
「頑張ってるな。調子はどうだ?」
「・・・先生」
上げられた相楽の表情は冴えない。
まあ、そりゃそうだろう。
でも、俺が考えているより、遥かに追い詰められているようだ。
「勉強は大事だけど、あんま無理するなよ。何か相談があれば、いつでもしろよ?」
「・・・はい。ありがとうございます」
相楽は何か言いたそうだったけど、
思いなおしたのか、俺に礼だけ言って、顔を下げた。
森田先生から聞いたのだが、相楽の家庭環境はちょっと複雑だ。
小さいころ両親が離婚し、母親は行方知れず。
父親と二人で暮らしていたが、その父親も相楽が高校1年の時に他界したらしい。
それ以来、父親方の親戚の家でお世話になっているそうだ。
慣れない家での生活や受験勉強で疲れが出ているのかもしれない。
もしかしたら、親戚と上手くやれてないのかもしれない。
・・・一度、家庭訪問でもした方がいいかな?
でも、相楽の家だけそんなことするのって、相楽も家の人も気分よくないかな?
一度森田先生に相談してみよう。
そんなことを考えながら、給湯室に入ると・・・
門脇先生がいた。
お互い良い気のしない相手ではあるけど、ここで無視したり、
給湯室を出て行くのは、あまりに大人げない。
俺は、平静を装って、「おつかれさま」と言い、
紙コップを手に取った。
「・・・怒ってないんですか?」
「何を?」
「僕と篠原先生が、しゃべったこと」
「怒ってないよ。悪いのは俺だし」
門脇先生は俺と目を合わせないまま言った。
「そうですね。自業自得ですよ。僕と篠原先生も、
月島さんのことだけなら黙っておこうかとも思ったんですけど、
前に西田さんと一緒のところも見てますからね」
西田のことは!と言い掛けて、やめた。
今更門脇先生に弁明しても仕方ない。
逆に事情を詳しく聞かれても困る。
校長先生達みたいに、「事情を察っして聞かない」とかしてくれなさそうだし。
てゆーか、俺と西田がホテルから出てくるところを見たってことは、
篠原先生と門脇先生もその辺りにいたって訳で・・・
いや、大人同士だから別にいいんだけどさ。
俺は、さすがにもう黙って出て行こうとしたけど、
門脇先生が聞き捨てならないことを言い出した。
「本城先生、結婚するんでしょ?・・・かわいそうじゃないですか」
「はあ!?」
結婚!?
「誰が?」
「本城先生が」
「誰と?」
「近藤先生と」
「コン坊!?」
なんでだ!?なんでそんなことになってる!?
「誰からそんなこと聞いたんだよ!?」
「本城先生と近藤先生が、前ここで話してたの聞いたんです」
「へ?」
俺とコン坊が?
そういえば、春頃、ここでコン坊と二人で、
宏とコン坊の結婚が決まったことについて話したな。
細かい会話は覚えてないけど、確か・・・
『結婚の申し入れ、受けるわ』
『うん』
『せっかく教師になれたのに・・・仕事を辞めるのは嫌だけど仕方ないよね』
『そうだな。これから大変になるな。式の準備とか』
『そうね。もうクヨクヨ考えないわ。決めたんだから』
『うん』
・・・
おお。知らない人が聞けば、まるで俺とコン坊が結婚するみたいじゃないか。
この会話の後に、「おめでとう」「ありがとう」とか言ったと思うけど・・・
多分、門脇先生はそこまでは聞いていなかったのだろう。
唖然とする俺を見て、
門脇先生もさすがに自分の間違いに気づいたらしい。
「あの・・・僕、何か誤解してました?」
「してました。コン坊は確かに結婚するけど、俺とじゃない。俺の友達とだ」
「・・・え?」
「・・・なんだよ。じゃあ、門脇先生は、俺がコン坊と婚約してるのに、
月島や西田と遊んでると思ってたのかよ・・・」
「・・・近藤先生とは付き合ってないんですか?」
「付き合ってない。付き合ったこともない」
「西田さんとも?」
「付き合ってない!俺が好きなのは、月島だけだ!」
って、いけね!
思わず大きな声を出してしまった。
俺は口を手で押さえて給湯室の入り口を見た。
また誰かに聞かれたりされちゃ、シャレにならない。
だけど幸い、人の気配はなかった。
すると、門脇先生が急に真っ赤になった。
自分の誤解を恥じてるのか?
いや、そんな感じじゃないな。
「もしかして、門脇先生ってコン坊のこと好きなのか?」
「ち、ちがいます!まさか!そんな!!」
・・・なるほど。
門脇先生にとって俺は、「自分の好きな女を泣かせる悪い男」だったわけだ。
そりゃ気に食わないだろう。
あまりにもアホらしくて、ため息をつきながら給湯室を出ようとした俺を、
門脇先生の声が追いかけてきた。
「あの!すみませんでした、変な誤解していて。その、西田さんのことも・・・」
「もういいよ。それにコン坊が結婚するのは事実だ」
「・・・はい」
「ま、気を落とすなって。相手はどうやっても門脇先生じゃ勝てない男だから、
悔しがっても張り合っても時間の無駄」
「言ってくれますね」
「これくらいの嫌味は言わせてくれ」
「・・・そうですね・・・月島さんとのこと、邪魔してしまいましたからね・・・」
「それは全然大丈夫」
俺はニヤッと笑って振り返った。
「俺達の愛はそんなもんじゃ崩れないから」
「うわっ。よく平気でそんなこと言えますね」
「イケメンの特権」
「・・・僕、やっぱり本城先生のこと好きじゃありません」
「あはは。そりゃどうも」
俺は笑いながら給湯室を後にした。




