第3部 第14話
夜、月島から電話がかかってきた。
当然かかってくると思っていたし、
開口一番謝ろうと勢い込んでいたにも関わらず、
先を制されてしまった。
「先生、ありがとうございます」
「・・・何が?」
「好き勝手言わせてくれて。先生の性格からして、
あんな風に庇われるくらいなら、自分が全責任引き受けた方が楽ですよね」
俺はそこまで出来た人間じゃない。
でも、確かに月島一人に罪をかぶせるくらいなら、
俺がかぶった方が遥かに気が楽だ。
「うん・・・でもありがとう。助かったよ」
「本当ですか?」
「うん。本当に助かった」
大人で教師の俺が責任を取るなら、停職処分じゃすまないかもしれない。
「でも、あそこまで月島が悪者にならなくていいのに。
むしろ俺に非があるんだから、俺にも責任取らせてくれよ・・・」
俺がそういうと、月島が電話の向こうで笑った。
「先生の手持ちポイントが100あるとします」
「は?」
「私の手持ちポイントも100です」
「?」
「二人合わせて200です」
「・・・うん」
何のことだ?
「今回のことで、先生が責任を取れば、先生の手持ちポイントは50に減ります」
「50?」
「お給料とか、評価とか、将来の出世とかのポイントが減ります」
「うん」
「二人合わせて150。これじゃ私も困ります」
「うん」
「でも、私が責任を取れば、私の手持ちポイントは減りません。
二人の合計も200のまま。だから今回は私が責任を取ったほうが、
先生にとっても私にとってもお得なんです」
俺は思わず噴出した。
なんて合理的で、なんて月島らしい考え方だろう。
でも、こうやって月島が本当に割り切ってくれているなら、
いや、割り切ってると俺に思わせてくれるから、
俺も気が楽になる。
素直に、月島の好意に甘えられる。
「わかった。じゃあ今回は月島に甘えるよ。
でも、俺が責任取った方がいい時は、俺に取らせてくれよ」
「はい。私が無免許運転で事故った時は、先生が運転していたことにした方がいいですね」
そんなこと真面目に言うんじゃない!
だけど、今回、果たして本当に月島の手持ちポイントは減らなかったのだろうか?
だって・・・
「月島。本当にT大なんて受けるのか?H大に行きたいんだろ?」
「H大はもういいんです」
もういいんかい。
「私、法学部に行きたくなったんです。だから法学部ならどこの大学でもいいんです」
「・・・どこでもいいって言って、T大を選ぶのは月島くらいなもんだぞ」
「ふふふ、そうかもしれませんね。頑張りますけど、落ちたらごめんなさい」
「うん」
「落ちたら、あの約束も延期ですね」
・・・卒業式の日に、するって約束か。
「それはダメ」
「ダメじゃないです。もう1年我慢してください」
「・・・絶対受かれよ」
「はい」
既に1年近く我慢してるんだ。
いい加減限界だぞ!
「でも、どうして急に法学部なんだ?前まで、学部が決まらないって言ってたのに」
「・・・先生のご実家の話を聞いて、司法試験を受けてみたくなったんです」
「え?」
「弁護士になりたい訳じゃないですけど。検事か裁判官かも分かりません。
でも、法曹界ってかっこいいな、と思って。・・・受かると思いますか?」
「月島なら大丈夫だよ」
「こればっかりは、先生の保証はアテになりませんね」
「・・・それもそうだな」
司法試験なんて全く興味が持てず、
勉強する気もなく投げ出した俺に保証されてもなあ。
月島はちょっと間を置いてから照れくさそうに言った。
「・・・もし弁護士になれたら、先生のご実家で雇ってもらえますか?」
「・・・」
もしかして、それで?
俺も幸太も事務所を継がずに家を出た。
以前、月島はそのことを心配していた。
俺の親が、がっかりしてるんじゃないか、と言っていた。
それで、もしかして、俺の親を手伝おうと思ってくれてるのか・・・?
もちろんそれだけじゃないだろう。
本当に月島自身も法曹界に興味があるに違いない。
でなきゃ、司法試験なんて挑戦する気にはならないだろう。
だけど、こうして俺の実家のことを気にかけてくれるのは、物凄く嬉しい。
それ以上に、そんなずっと先まで、俺と一緒にいようと思ってくれていることが嬉しい。
「うん。父さん、すげー喜ぶと思う」
「そうですか。よかった」
月島のホッとした声がした。
多分、また左胸をおさえてるんだろうな。
そんな月島を想像すると、思わず微笑んでしまう。
「・・・もし月島が弁護士になったら、結婚しような。それで事務所を継いでやってくれよ」
「先生・・・」
月島が声を詰まらせる。
「月島が嫌じゃなければ、だけど」
「全然嫌じゃありません」
よかった。
そう言ってくれると思ったけど、なんか緊張した。
「んじゃ、梅昆布茶の入れ方、勉強しといて」
「梅昆布茶?」
「うん。最近はまってるんだ。美味しく入れるのって結構難しい」
いつか本当に月島と結婚できる日が来たら、毎朝月島に入れてもらおう、
なんて勝手に妄想する。
「分かりました。弁護士になるよりは早く、上手に入れられるようになると思います」
真剣に答える月島。
全くどこまでも真面目な奴だ。
「いや、わかんねーぞ。梅昆布茶は奥が深い」
「ふふ、そうですか・・・でも私、本当に弁護士になんてなれると思いますか?それに事務所だって、
先生のご両親が私を認めてくれないと・・・」
「あはは。それは大丈夫。T大法学部卒の弁護士で、しかも月島みたいに真面目な奴だったら、
文句のつけようがない。不肖の息子が継ぐより、父さんも嬉しいだろ」
「それもそうですね」
「・・・謙遜とかしないのか」
「ふふ。でも『T大法学部卒の弁護士』って、まだ何一つ実現してませんね。
そもそも、T大に入ってないし。まずはこれからの半年、大学受験を頑張ります。後、梅昆布茶も」
「うん」
「それに、校長先生との約束もあるから・・・卒業までは会えませんね」
「・・・うん」
元々メールも電話もあまりしない俺達だ。
月島は勉強もある。
これからの半年は、完全に教師と生徒に戻ることになる。
「・・・浮気しないでくださいよ?」
「するわけないだろ」
「それもアテにならないなあ」
俺ってアテにならないことだらけだな。
「穂波とも、もうホテルなんて行かないでくださいよ?」
「あ、あれは!」
「わかってます。信じてます」
「・・・ああ」
「穂波を」
「そっちか。ちょっとは俺も信用してくれよ」
「うーん。そもそも、先生が篠原先生とのことをもっとちゃんとしてれば、
今回のこともなかったと思うんですけど?」
うっ。
そこをついてくるのか。
・・・いや、ごもっともです。
「俺もこれから内申書とか書かなきゃいけないから、忙しくなるんだ。浮気してる暇もない」
「そうですね。安心しました」
「・・・本当に信用ないな、俺」
月島は少し笑った後、
しんみりした声で言った。
「じゃあ・・・もう切りますね」
「うん・・・」
「しばらくお別れですね」
「そうだな。もう一度キスしときたかったなあ」
「・・・そうですね」
珍しく素直だ。
「おやすみなさい」
「おやすみ。身体に気をつけろよ。あんま無理するなよ・・・でも、受かれよ」
「ふふ。はい」
こうして、俺と月島の、「彼氏と彼女」の会話は終わった。
明日もまた、学校で月島と会うだろう。
でも、これからは・・・
いや、元に戻るだけだ。
それにたった半年じゃないか。
お互いやることはたくさんある。
大丈夫だ。
「・・・よし!」
俺は早速パソコンを開き、
生徒達の成績や活動をまとめ始めた。




