第3部 第13話
理事長が部屋から出て行った。
それから少し間を置き、
篠原先生も腹立たしげに扉の向こうに消えた。
門脇先生も続く。
――― バタン
4人だけになり、俺は思わず床にしゃがみこみそうになった。
「校長先生、教頭先生、すみませんでした」
脱力状態、というか、放心状態の俺にかわり、
月島が礼を言った。
俺も慌てて意識を呼び戻して、頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「いえ。大丈夫ですよ」
保志校長はニコニコとしている。
「本城先生、月島さん。わかってるとは思いますが、
これからは学校の外では会わないように。卒業までは」
校長は「卒業までは」を強調して言った。
そんな心遣いが嬉しかった。
「はい!」
月島も校長の意図を汲み取り、元気に返事して理事長室を後にした。
そして扉を閉める時、一瞬だけ俺を見て・・・微笑んだ。
「・・・はあ」
「はははは」
校長と教頭は、
完全に脱力した俺を見て笑った。
「さすが、月島さんですね。しっかりしている」
はい。
尻に敷かれそうです。
「我々も・・・理事長も、月島さんの言ったことは信じてませんが、
今回はそういうことにしておきましょう。それが一番いい」
「・・・はい。申し訳ありません」
俺はうなだれた。
が、校長と教頭は何故か怒ったり、注意したりする気配が全くない。
それどころか、顔を見合わせて、微笑み合ってる。
「・・・?あの・・・?」
「あ、すみません」
山下教頭が、急にわざとらしく真面目な顔になった。
「確かに、よくないことです」
「・・・はい」
だけど、またすぐ笑顔に戻る。
「でも、珍しいことじゃありませんから」
「へ?」
「教師と生徒、とは言っても人間同士ですからね。恋愛関係になることはあります」
「・・・はい」
「ご存知かもしれませんが、結婚していた教師と生徒もいます」
「はい」
「実は、私も、教師と生徒が外で会っているところを見たことが何度かあります」
「えっ」
「そういう時は」
時は?
「見て見ぬ振りをしますね」
「・・・」
いいのか、それで。
俺が言えたもんじゃないが。
「今回は、篠原先生が私も校長も飛ばして、いきなり理事長に話してしまったので、
こんなことになりましたが・・・篠原先生達も黙っててくれたらいいのに。ねえ、校長?」
「ねえ」
ですよね。
・・・いや、・・・・うん・・・・・どうなんだ・・・・・・
そうか、思えばお盆があけてから理事長が学校に来たのは今日が最初だ。
篠原先生と門脇先生は、優しい校長と教頭では話にならないと思い、
今日まで待っていたのだ。
自分のこととはいえ、
煮え切らない表情の俺を見て、校長は照れくさそうに言った。
「私の妻なんですが・・・私の教え子なんですよ」
「えええ!?」
「あ。交際しだしたのは、彼女が卒業してからですよ?でも・・・まあ、そういうことです。ははは」
「・・・ははは」
俺も思わず笑ってしまった。
なんだ、そうだったのか。
だから坂本先生と杉崎のことも認めたのかもしれない。
そうか・・・
「それはそうと」
山下先生が思い出したように、顔をしかめた。
「西田さんのことですが」
「あ・・・あれは、その・・・本当に理由がありまして・・・」
「わかってます。でも、よほどのことでしょう?何があったんですか?」
「それは・・・」
俺は言葉を濁した。
二人には言っておいた方がいいか?
だけど、西田のプライバシーに関わることでもある。
幸い、あの後の検査で異常はなかったようではあるけど。
言いよどんでいる俺を見て、二人は大体の事情は理解してくれたようだ。
「・・・わかりました。そちらの方が問題ですね」
「・・・はい」
「西田さんは大丈夫ですか?」
「はい。西田は・・・元気です」
実際このところ成績もうなぎ上りだ。
この分ならK大も大丈夫だろう。
校長と教頭はそれを聞いてようやく本当に安心したような顔になった。
「本城先生は女性問題が絶えませんねえ」
「来ていきなり、篠原先生に職員室で告白されていましたね」
「バレンタインにもチョコレートを100個以上ももらってましたね」
「本城先生目当てに職員室に遊びにくる生徒もいますし・・・」
「困った先生ですねえ」
二人はそんな話をしながら、理事長室を出て行った。
おーい?




