第3部 第12話
困った様子の保志校長を制して、渋い表情をした元町理事長が口を開いた。
「本城君。用件は分かっていると思うが、生徒と交際しているというのは本当かね?」
元町理事長は、いかにも経営者と言った感じで、何よりも学校の評判を重視する。
そしてどこか人を萎縮させる雰囲気がある。
この人には嘘をつけない。
「はい」
でも、俺が素直に認めたのはそのせいだけじゃない。
俺のためにも、月島のためにも、
俺達のことは絶対に公にしちゃいけないと思っていた。
嘘をついてでも、隠すべきだと思っていた。
だけど、いざこうやって面と向かって「付き合っているのか、いないのか?」と聞かれると、
嘘がつけない。
つきたくない。
月島と付き合っている、ということを否定したくない。
本当に今更な、ちっぽけな正義感かもしれないけど、
俺は否定できなかった。
「そうか。相手の生徒は・・・月島、という生徒は今日は来ているのか?」
「来ていると思います」
「呼んできなさい」
月島は理事長室の前で、少し深呼吸をした。
「ごめんな」
「何がですか?」
「嫌でも嘘つけばよかったな・・・」
だけど月島はニコッと笑って首を振った。
「いいえ。嬉しいです」
「・・・うん」
俺は再び理事長室の扉をノックした。
「入りなさい」
「失礼します」
俺に続いて月島が入り、俺の半歩後ろで止まった。
理事長は月島を値踏みするように見た。
保志校長と山下教頭は不安そうな表情、
篠原先生と門脇先生はさっきからずっと無表情のままだ。
「君が月島さん、かね?」
「はい」
「本城君と交際しているのか?」
「はい」
「・・・そうか」
理事長は椅子の背に深くもたれた。
その顔には、「さて、どうしたものか」と書いてある。
不思議と俺は焦ったり怖くなったりしなかった。
正直に言うと、少しホッとしていた。
いつかこんな日が来るかもしれない、と心のどこかで思っていた。
それに怯えていた。
でもそれが現実になり、むしろホッとしたのだ。
逃亡中の指名手配犯が捕まった時って、こんな気持ちなのかもしれない。
だけど、そんな俺の穏やかな気持ちは、月島の言葉によって
一瞬で吹っ飛んだ。
「でも理事長先生。私が無理を言って、本城先生に付き合ってもらってたんです」
「なに?」
月島以外の全員が驚いた。
俺が一番驚いた。
あまりに驚いて、月島を振り返ったまま言葉が出なかった。
でも月島は平然と続けた。
「私がずっと本城先生に憧れていたんです。
それで、付き合ってくれないと、受験もしないし、本城先生のでたらめな噂を流しますって、
先生を脅したんです」
「おい!」
俺はようやく我に返って、反論しようとしたが、
周りから見えないように、月島が俺のベルトを後ろから軽く引っ張った。
俺は思わず口を閉じ、月島の目を見た。
俺は、月島を
この1年半、生徒として、
そしてこの10ヶ月、彼女として、
ずっと見てきた。
たださえでも顔に何でも出る月島だ。
何が言いたいのか、俺に分からない訳がない。
――― お願い。黙っててください。好きにしゃべらせてください。お願い ―――
俺も目で訴える。
ダメだ!
なんで月島が罪をかぶるんだよ!
むしろ悪いのは俺だ。
生徒が教師に憧れるなんてよくあることだ。
悪いことじゃない。
それに応えた、
いや、応える以前に生徒を好きになった俺が悪い。
だけど、月島は俺から目を逸らさないまま、一度瞬きをした。
――― お願い ―――
俺は手を握り締めて、理事長に向き直った。
なんだよ・・・
月島一人で罪をかぶってどうしようって言うんだよ・・・
その時、突然篠原先生が口を開いた。
「月島さん。本城先生を庇うことないのよ?
私達、本城先生が別の女子生徒と朝、ラブホテルから出てくるの見たんだから」
「え?」
俺は、それまで篠原先生と門脇先生を敢えて見ないようにしていた。
見てしまえば、自分が悪いにもかかわらず「なんで言ったんだよ!?」と
顔に出てしまいそうだったから。
でも今はさすがに篠原先生をまともに見た。
「な、何言ってるんですか!そんなことしたことありませんよ!」
「間違いなく本城先生だったわ。しかも、月島さんのお友達の西田さんとよ」
「!!!あ、あれは!!!」
西田が男たちに襲われた時のことだ。
確かに西田とホテルに泊まった。
でも・・・
「あれは・・・理由があって。どうしようもなくて一緒にいましたが、何もありません!」
「どんな理由であれ、わざわざラブホテルに一緒に泊まらなくてもいいんじゃないですか?
せめて普通のホテルに生徒だけ泊めればいいじゃないですか」
「そう、ですけど・・・」
確かに篠原先生の言う通りだ。
俺の判断ミスかもしれない。
あの時は、あれでいっぱいいっぱいだったんだ。
月島に、すぐにでも弁解したい。
でも今はそれもできない。
「本城君、本当かね?」
理事長が、胡散臭そうに俺を見た。
「え?」
「その西田という生徒のことはともかく。
月島さんの言うことは本当かね?」
違う!!
本当なわけないだろ!!
月島がそんなことするわけないだろ!!
理事長は月島を直接は知らない。
でも校長と教頭は知っている。
だから月島が嘘を言ってるのはわかってるはずだ。
俺がここで「本当です」と言ったところで、信じるわけないだろ!?
だけど、俺のベルトがまた後ろから軽く引っ張られる。
月島を見ると、さっきと同じ目で俺を見ていた。
西田のことなんて全然気にしてない、と言うか、信じていないようだ。
・・・くそっ
「・・・・・・はい」
不自然なくらい長い間をあけて、
俺はようやくそれだけ言えた。
すると、理事長は俺から視線を外し、
月島を見た。
「月島さん。そうだとしても、本城君は教師だ。責任は取らないといけない」
月島の視線を背中に感じた。
でもその視線は俺に向けられていない。
理事長だ。
理事長と月島は、しばらく何も言わずお互いを見つめ合った。
まるで、さっきの俺と月島のように何か目で話しているようだ。
まさか。
理事長と月島が何を目配せしあう必要があるんだよ。
「理事長先生。私はH大を受験します」
「知ってるよ。君の成績は聞いているからね」
なんだよ、二人とも。いきなり。
「私がT大を受ければ、今回のことは目を瞑って頂けますか?」
「はあ?」
素っ頓狂な声を出したのは、もちろん理事長じゃない。
俺だ。
でも月島は俺を無視して、続けた。
「T大の法学部を受けます。絶対に受かってみせます」
理事長はじっと月島の目を見た。
俺はと言えば、再び絶句だ。
T大?
しかも一番難しい法学部?
月島、そんなところ興味ないじゃないか。
H大に行きたいんだろ?
しかも「絶対に受かってみせます」なんて、
全然月島らしくない。
いつもの月島なら「全力で頑張ります」とか言うんじゃないのか?
なんでそんな自分を追い詰めるようなこと、言うんだよ!?
理事長は月島を見たまま、山下教頭に話しかけた。
「教頭。どう思う?君は月島さんを教えたことがあるんだろ?彼女なら受かるかね?」
さすがに山下教頭も絶句していた。
が、なんとか答えた。
「はい。月島さんなら今からでも頑張れば受かると思います」
それを聞いた理事長は・・・
ニヤリと笑った。
この笑い方・・・どこか統矢に似ている。
人を食ったような・・・
人をまんまと罠にはめたような・・・
そんな笑い方だ。
「わかった。では、今回のことは不問にしよう。本城君も月島さんもお咎め無し。
その代わり、月島さんは何が何でもT大法学部に合格するように」
「はい!ありがとうございます!」
後ろから月島の嬉しそうな声がした。
ありがとう、じゃない!!!
「本城君。今後、こんなことがあれば、自分で判断せず校長と教頭に相談すること。わかったね?」
「・・・」
俺は返事すらできない。
「校長、教頭。それに篠原君と門脇君。君たちもこのことは忘れるように」
「はい」
校長と教頭はホッとしたように、
篠原先生は悔しそうに返事した。
そして門脇先生は、と言えば、何故か校長・教頭と同じ表情をしていた。




