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第3部 第8話

「兄ちゃん、酷い」

「悪かったって。でも文句なら統矢に言えよ。あいつの考えだ」


その夜、俺は幸太と電話で話していた。

例の「百万」の件だ。


実はアレ、統矢の仕組んだ罠である。


幸太に仕事を頼み、しくじらせる。

で、その穴埋めに百万用意させる。


百万用意するか、

何か別の方法で解決できれば合格、という訳だ。


事の真相を知って、幸太はすっかりオカンムリだ。


「俺、本気で焦ってたんだから!」

「だろうなー。それにしても、幸太。意外と単純なんだな。あんな罠にはまるなんて」

「・・・」




先週、統矢と昼飯を食った時、

この幸太を試す計画を持ちかけられた。


「どうせコータは真弥に頼るだろうから、突き放せよ。お前が助けちゃ意味がない」

「それはいいけど・・・。幸太みたいな子供になんの仕事をさせるんだ?」

「クスリの運び屋。俺の家からある場所までクスリを運ばせる。で、それを途中で盗まれるんだ」

「ダメだ。警察に捕まったらどうするんだよ。

第一、クスリって麻薬だろ?そんなもん、中学生が手で運んだりするわけないんじゃないの?」

「もちろん実際にはそんな風に運んだりはしないけどさ。コータにゃわからないだろう」


うーん。そこまで単純かな・・・

(結果、単純だった訳だが)


「それに、本物のクスリを運ばせるわけじゃない。中身は小麦粉だ」

「小麦粉?そんなの幸太がもし舐めたらわかるんじゃないか?」

「じゃあ片栗粉」

「・・・小麦粉よりはマシかな。せめて重曹とかは?」

「重曹?」

「ふくらし粉だよ。パンとかに入れる」

「へー。うちにあるかな。ま、白い粉ならなんでもいい」

「白い粉・・・」


俺は自分の手を見た。

学校を出る前に洗ってきたけど、爪の間には白い粉が残っている。


「白墨は?」

「白墨?」

「チョークだよ」


統矢の目が輝いた。


「面白いな、それ!一本よこせ」




と、ゆーわけで、幸太は統矢に「クスリだ」と言われてチョークの粉を運んだのだった。



「酷すぎる・・・」

「ところで、幸太。どうやって金を作ったんだよ?」

「時計を売った」

「時計?」

「婆ちゃんの時計」

「なんだって!?」


俺は絶句した。

俺も幸太もおばあちゃんっ子だったのだが、

その婆ちゃんは俺が高校生の時に他界した。


婆ちゃんは金は持ってなかったけど、装飾品や着物の数は凄かった。

その価値も。

どう遺産配分をするか親戚一同もめにもめたが、

高校生の俺と、ましてや小学生の幸太はそんなもの興味はなかった。

でも形見分けということで、俺と幸太はそれぞれ1品ずつ渡された。


その時幸太がもらったのが、婆ちゃんが大事にしていた時計だ。

高齢のしかも女性用の腕時計ということで、

もちろん幸太が身に着けるような代物ではなかったが、

大好きな婆ちゃんの時計だから、と幸太は大切にしていた。


あれなら確かに百万はくだらないだろう。



「金は統矢から返してもらったんだろ?時計、取り戻して来いよ」

「そう思ったんだけど、もういいや。金も統矢さんに渡した」

「どうして?」

「テストだったとは言え、頼まれたことをちゃんと最後までできなかった訳だし」

「そうだけど・・・」

「それに、俺、兄ちゃんの言う通り自分でこの世界に飛び込んだんだ。

家や今までの自分と決別するためにも、あの時計は手放して正解だと思う」

「・・・」


幸太が笑いながら言った。


「俺、これで心置きなくヤクザになれるよ」


これはもう・・・本当に何を言っても幸太は戻ってこないな。

でも何故か、これでよかったと、俺も心のどこかで思っている。


「それから・・・兄ちゃん、ごめん」

「何が?」

「この前、兄ちゃんが家に来たとき、あんなこと言って」


俺が幸太を置いて家を出て行った、という話のことだろう。


「いや、あれは幸太の言う通りだ。謝るのは俺の方だ」

「ううん。統矢さんに言われたんだ。

『お前はたかだか1年で、親に家を継げと言われるのに我慢できなくなったが、

真弥は22年間、ずっとそれに耐えてきたんだぞ。しかもお前みたいに逃げ出すような形じゃなく、

ちゃんと就職して家を出たんだ。ちょっとは見習え』って」

「・・・」


俺はチラッと横を見た。

その統矢が美味そうにオムライスを食ってやがる。


「ほんと、そうだよね。ずっと兄ちゃんが父さんに家を継げって言われてたから、

俺は何にも言われず、12年間ものほほんと家にいれたんだ」

「それはお前がまだ子供だったから・・・」

「でも兄ちゃんは生まれた時から『跡継ぎだ』って言われ続けてきたんでしょ?」


確かにそうだ。

でもそれが当たり前だと思ってたから、別に幸太を羨ましいとか思ったこともない。


「・・・ごめんね」

「そんなこといいって。俺の方こそ悪かった」

「・・・うん」

「これから統矢のところで頑張れよ。困ったことがあったら、いつでも連絡してこいよ?

前みたいに突き放したりしないから」

「うん。ありがと」



統矢と出会ってから、幸太は昔のように元気になったと思う。

今回のこのテストで悩んでいる時も、

絶望的というより、どこか楽しんでる感じがした。


本当に・・・これでよかったのかもしれない。




俺は携帯を切って、テーブルに置いた。


「って、おい。一人で全部食うなよ!」

「居酒屋のオムライスってのも結構美味いもんだな。

まあ、さすがに専門店にはかなわないが」


幸太の今後について話し合うために、

統矢とこうしてまた会ってるのだが、

なんてことはない。

こいつ、また俺に奢らせようと言う魂胆だ。


奢るのはともかくとして、さすがにオムライスの店は男二人じゃ恥ずかしすぎる、

ということで、統矢の会社の近くの居酒屋に落ち着いた。


「オムライス専門店なんか、男だけで入るとこじゃないだろ。彼女と行け」

「彼女なんてここ数年いないし」

「え?そうなのか?」


遊んでそうなのに。


「俺、一晩専門だから」

「・・・マジでサイテーだな。幸太に変なこと仕込むなよ」

「それは無理な相談だな。俺が気をつけたとしても、組の若い連中が何を教え込むやら。

ま、俺も気をつけるつもりないし」

「・・・」

「おい、そんなことより!コータって堀西に通ってるって本当か!?」

「ああ」

「堀西って、バカな金持ちが行く学校だろ?」


悲しいかな、否定できない。


「もしかして、真弥もあそこの出身か?」

「そうだ。小学校から大学までずっと堀西」


途中、3年ほど海外にいたけどな。


「で、高校教師?」

「・・・そうだけど」

「やっぱバカだな」

「・・・」

「コータの学費って誰が払うんだ?」

「お前だろ」


勘当同然の幸太に父さんが堀西の高い学費を払うとは思えない。

もちろん俺も払わない。

物理的に払えない。


「あのな。家には・・・組には金は捨てるほどあるが、俺が自由にできる金なんて限られてるんだよ。

会社からの月給くらいだ」

「20万以上もする服を平気で買うくせに?」

「服?」

「西田に買ってくれただろ」

「あれ、20万以上もするのか!?うわー」

「・・・どうやって買ったんだよ」

「家が世話になってるデパートの店員に持ってこさせた。請求は後でまとめて組にくる」


なるほど。

西田の検査をしてもらった病院もそんな感じなんだろう。


「ついでに幸太の学費も組で落とせないのかよ」

「親父が結構厳しくてさ。コータを組に置いてもいいけど、俺に何から何まで面倒見ろって言いやがる」

「ふーん」

「ふーん、て・・・真弥、胸が痛まないのか?」

「別に」

「・・・」

「頑張れ、大和商事」




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