第3部 第6話
「月島ー!」
「・・・」
土曜の夜、俺は月島が家に来るなり、
抱きついてベッドに押し倒した。
「・・・先生」
「わかってるから!ちょっと好きにさせて」
俺はそう言って、とにかく月島を抱きしめたりキスしたりして、
しばらく好き勝手やっていた。
「・・・よし」
「気が済みました?」
「済んでないけど、とりあえず落ち着いた」
「・・・」
月島はベッドから起き上がると、
髪を直しながら言った。
「先週の土曜会えなかっただけで、そんなに我慢できませんでした?」
「それもあるけど。この1週間、ちょっとファンタジーな世界をお散歩してたから疲れたんだ」
「はい?」
俺は月島の両肩を握った。
「んで、これからまたしばらくお散歩にいかないといけないから、元気をくれ」
「はい?」
俺はもう一度、月島を押し倒した。
幸太は、あの翌日早速家を出て、統矢のところへ転がり込んだ。
統矢は全力で拒否したらしいが、
統矢の表現をそのまま借りると、幸太はまさに「転がり込んだ」らしい。
・・・何をしたんだ、幸太?
「先生」
「何?」
「話すなら、英語で話してください」
「・・・」
月島は問題集を開き、早速勉強に取り掛かった。
俺は月島の後姿を眺めながら思った。
そうそう。
これが俺の世界だ。
学校で授業教えたり、
遠藤達とバスケしたり、
月島と会ったり・・・
ヤクザだとかなんだとか、そんなのは別世界の出来事だ。
その時、俺の携帯が震えた。
おお、統矢からメールだ。
・・・だから。俺の世界に入ってくんな。
『コータの奴、真弥が俺に、幸太を頼むと言ったって知ってえらく喜んでるぞ』
『そーか』
『兄ちゃんがそう言ってくれるなら、何が何でも居座るって、言ってるぞ』
『怖い物知らずな奴だな』
『お前もだろ』
『デート中なんだ。邪魔すんな』
『はあ!?弟を俺に押し付けといて、ふざけんな』
『頑張れ』
『うるさい。そうだ、遠藤58にも頑張れって言っとけ』
なんだ、「遠藤58」って。
偏差値か。
おもしろいな、それ。
今度使ってやろう。
「先生、どうしたんですか?携帯見てニヤニヤして」
「してない!」
俺は思わず強く否定した。
そうだぞ、断じてそんなことしてないぞ。
俺は教師だぞ。
ヤクザと楽しくメールなんてやってる場合じゃないぞ。
「なんだか先生、最近楽しそうですよね」
「だから!楽しくない!」
「どうでもいいですけど、」
いいんかい。
「この問題教えてください」
「どれ?K大の過去問?こんな難しいのやってるのか」
「はい。でも本当に難しくってわかりません」
「俺もわかりません」
「・・・」
「冗談だって。わかるって」
月島は、ちょっとため息をついた。
「穂波・・・こんなの本当に解けるようになるのかなあ」
「西田か。まあ、あいつなら今からでも頑張ればなんとかなるだろう」
西田は、今週に入り彼氏と別れ、志望校もK大に変えた。
最初目指していたH大は多分彼氏に合わせていたのだろう。
西田は、元彼が遠くに引越して別れた、と言っていた。
K大がある関西にその元彼がいるのかもしれない。
「私も負けてられませんね」
「そうだな。とりあえず、英語の偏差値をもうちょっと上げろよ」
「・・・はい」
月島が、リスニングの問題をCDを使ってやっていると、
また俺の携帯が震えた。
今度はメールじゃなくて電話だ。
統矢なら電源を切ってやろうと思ったけど、
ディスプレイには「公衆電話」の文字が。
公衆電話から俺に電話をかけてくるってことは・・・
俺は月島のリスニングの邪魔にならないように、
音を立てず玄関を出た。
「もしもし?」
「兄ちゃん」
「やっぱり幸太か。統矢んちの居心地はどうだ?」
「うん。俺がまだ子供だから、みんなかわいがってくれる」
そういえば、統矢んちには、ヤクザが何十人も住んでるんだったな。
そんな奴らにかわいがられるって、どうなんだ。
だけど、幸太の声はどことなく沈んでる。
「どうかしたのか?」
「うん・・・ちょっとしくじっちゃって」
「しくじった?」
「統矢さんに、少しでも組の仕事ができるかどうか、ってテストされたんだけど、
失敗しちゃって。それで・・・頼みがあるんだ」
幸太の声が更に暗くなる。
「俺に?」
「うん・・・金、貸してほしいんだ」
「金?いくら?」
「百万」
百万か。
家にいた頃は幸太は(かつての俺も)、
平均的な中学生なんかとは比べものならないくらい小遣いをもらっていた。
それでも百万なんて、貯金をはたいても用意できないだろう。
もちろん、今の俺にとっても百万なんてすげー大金だ。
でも貸してやれないことはない。
「ダメだ」
「・・・ちょっとずつだけど、絶対返すよ」
「そういう問題じゃない」
「・・・」
「お前は自分の意思で家出して統矢のところへ行ったんだろ。
だったら俺や、ましてや父さんに頼ったりするな。
自分の力で、自分のいる世界の中で解決しろよ」
幸太はしばらく黙っていたが、
「わかった」と言って電話を切った。
「はあ・・・」
俺はため息をつきつつ、部屋に戻った。
月島は俺が外に出ていたことに気づくことなく、机に向かっている。
ごめんな、幸太。
頑張れ。




