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第3部 第5話

「ダメでした」

「ダメでしたか」


1拍置いて、俺と統矢は同時にため息をついた。


「何となくそんな気はしてたがな」

「・・・悪い」



今日、学校が終わると俺は実家に飛んで帰った。

が。

時既に遅し。


幸太が父さんに「ヤクザの家に住む」と宣言し、

話し合いの場が持たれたが、物別れに終わった後だった。


って、当たり前だろ。

どこに「ヤクザになる」と言う息子に対して「頑張れ」と応援する父親がいる!?




俺は携帯を耳にあてたままベッドに転がった。


「そういう訳で、いつ幸太が転がり込むかわからないけど、よろしくな」

「よろしくじゃねーよ。てゆーか、真弥、今何時だと思ってる?」

「1時」

「夜中のな」

「ヤクザなんて今からが活動時間じゃねーの?」

「・・・ヤクザは夜行性じゃない」


そうだったのか。


「しかも俺はサラリーマンだぞ。明日朝一で企画会議があるってゆーのに・・・」

「あ。俺も朝一補習があるんだった」

「朝一補習?」

「偏差値が足りない困ったちゃん達への特別補習」


8時からだぞ。ふざけんな。


「遠藤の奴め・・・」

「遠藤?」

「なあ、偏差値58でY大ってどう思う?」

「・・・ちゃんと進路指導してやれよ。かわいそうだろ」


だよな。


「はあ・・・」

「どうした?」

「いや・・・」


俺は目を閉じて、実家での出来事を思い出した。




俺は実家に着いた後、

父さんと幸太の修羅場を母さんから聞き、

その足で幸太の部屋へ行った。


どうせ父さんは頭に血が上ってるだろうから、

今会って話しても無駄だろう。

それに俺も父さんと同意見だ。


父さんと話すより、直接幸太と話した方がいい。


「幸太。入るぞ」

「あれ?兄ちゃん?」


意外と明るい声がし、扉が内側から開いた。


「帰ってたの?」

「ああ。お前に話があって」

「統矢さんのこと?」

「そうだ」


俺達は部屋に入り、

幸太は勉強机の椅子に、俺はベッドに腰掛けた。


「あいつんちに行くって、本気で言ってんのか?」

「うん」

「それがどういう意味かわかってんのか?」

「わかってるよ。ヤクザになるってことでしょ?」

「本気でそんなこと思ってるのか?」

「うーん・・・」


幸太は腕を組んで考えた。


「ヤクザになりたい訳じゃないよ。統矢さんについて行きたいだけ」

「あんな奴についてって、どうするんだ」

「いい人だよ」

「いや、まあ、統矢自体は悪い奴じゃないけどさ・・・」


統矢の立場が問題なんだ。

・・・って、なんかこんな割り切った「大人」な意見を幸太に面と向かって言っていいものか。



子供の頃は「人を見た目やお家のことで差別してはいけません」みたいなこと、

大人からよく言われていたけど、

実際大人になると、やっぱり人を「見た目やお家のこと」で差別することがある。


今回がまさにそれだ。


統矢は悪い奴じゃない。

だけどヤクザだ。

だから付き合っちゃいけない。


大人の「言いつけ」通り、差別することなく人に接しようとしている幸太に、

「ダメだ」と大人の俺が言うのって、あまりに矛盾してないか?



「兄ちゃん」


俺が考え込んでいると、不意に幸太が下を向いたまま口を開いた。


「なんだ?」

「俺、もうこの家にいたくないんだよ」

「・・・どうして?」

「どうしてって、兄ちゃんだって家を出て行ったじゃないか」

「・・・」

「俺を残して」

「残していった訳じゃないだろ」

「残していったんだよ」


幸太は顔を上げ、俺を睨んだ。

その目には憎しみが溢れていた。

・・・こんな幸太の顔は初めて見る。

俺はひるんだ。


「俺は兄ちゃんが家を、事務所を継ぐもんだと思ってた。父さんも」

「・・・」

「でも兄ちゃんは家を出て行った。そしたら父さんは急に俺に『お前が家を継げ』って言い出したんだ」

「・・・え?」

「俺、今まで自分が家を継ぐなんて考えたこともなかった。

でも、父さんがちゃんと家を継ぐことの意味とか教えてくれたら、まだ俺も考えたかも知れないのに、

父さんは、とにかく『真弥の代わりにお前が継げ』の一点張りで」

「・・・」

「兄ちゃんが出て行ってから、1年以上ずっとそんな感じなんだよ」



そんな・・・


正月に帰った時も、この前の土曜日も幸太は元気がなかった。

俺は、それは幸太が大人になったからだと思ってたけど・・・


俺は、自分の右手を左手でギュッと握った。


そうだ。

俺も父さんに「家を継げ」とうるさく言われて、

それに反発するように教師になって家を出た。


後のことなんて何も考えなかった。

いや、俺が継がなくても優秀な弁護士は事務所にたくさんいるから、

その誰か一人が次の所長をするだろう、と思ってた。


まさか俺の代わりに幸太がその役目を期待されるなんて思いもしなかった。



「長男である兄ちゃんが継がなかったんだ。当然次男の俺が期待されるだろ?」

「・・・ごめん」


幸太の言う通りだ。

俺が家を出たとき、幸太はまだ小学生だった。

幸太が俺の代わりに家を継ぐなんて、想像できなかった。


でも、ちょっと考えれば当然わかることなのに。


俺は・・・



「でも、もういいんだ」

「え?」


幸太はさっきとうって変わって、明るい笑顔になって言った。


「兄ちゃんのお陰で統矢さんと会えた。だから俺は家を出て、統矢さんのとこに行く」



幸太がこの1年、一人でどれほど苦しんできたのかを考えると、

俺はそれ以上何も言えなかった。


だって、わかるから。

俺も幸太と同じように、家を継ぐことの重圧に苦しんできた。


全く興味を持てない弁護士という仕事。

それに就くために必要な膨大な量の勉強。

所長としての責任。


そんな全てが嫌だった。


そして俺はそれを放棄した。

教師になることが決まった時、本当に開放感でいっぱいだった。



でもまさか、俺のせいで今度は幸太がそれを背負うことになるなんて・・・




俺は実家からの帰り道、車の中で考えた。


もっとちゃんと謝りたかった。

でも、今更謝ったところで口先だけだ。

幸太を助けてやることは、今の俺にはできない。


それよりも、幸太の選択を後押ししてやる方が、

よっぽど今の幸太には嬉しいことだろう。


だけど・・・本当にいいのか?

統矢に預けてしまっていいのか?

あの幸太がヤクザになって、俺は本当にいいのか?


ヤクザって言っても、凡人の俺にはどんな世界なのか全くわからない。

統矢を見ていると、なんてことないようにも思える。



・・・そう。

大事なのは幸太の心持ちなのかもしれない。

ヤクザだからって人間として悪いという訳じゃない。

ヤクザじゃなくても、とんでもなく悪いことをする奴らだっている。


幸太が自分を見失わなければ、

統矢の元にいたとしても、

ヤクザになったしても、

幸太は幸太だ。





「ほぉー。で、俺に預けてもいい、と?」

「うん。まあ、仕方ない」

「俺に意見を言う権利はないのか?」

「ま、これも巡り合わせだ」

「・・・お前、怖いもの知らずだな。さすがコータの兄貴だ」


おっと。そういえば。


「なあ、統矢。夕飯、何食った?」

「お前は人の話を聞いてるか?」

「何食ったんだよ?」

「親子丼」

「コレステロール控えろよ。高血圧で死ぬぞ」

「・・・」





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