第3部 第2話
急に割って入った新しい声の方に、俺は目を向けた。
男たちも振り向く。
そこには、スーツ姿の男が一人立っていた。
俺と同じ歳くらいの、ごく普通のサラリーマンだ。
鞄を小脇に抱え、手をポケットに突っ込んで、ただ立っているだけ。
だけど・・・
何故だ?
何故かその男は周囲を圧倒する雰囲気を持っている。
西田を襲った奴らも、最初は「誰だ、こいつ?」と小バカにした態度を取っていたが、
その男のただならぬ雰囲気に、いつの間にか口を閉ざした。
その男は再び静かに言った。
「ここはうちの縄張りだ。勝手に荒らすな」
男達は顔を見合わせ、出直すか、と呟くと公園の出口へ向かった。
が。
男はカメラを持った奴の腕を掴み、ヒョイっとひねった。
どう見ても、人間の体が通常動くはずのない方向へひねっている。
「い、いてててて!!!!」
「それ、置いてけ」
「なんだと!?」
「骨、折れるぞ?」
「・・・くそ!」
腕をとられた男は、忌々しげにカメラを投げ捨てると、
仲間達と一緒に走り去って行った。
・・・助かった?
なんだかよくわからないが、この男が助けてくれた。
俺は西田を腕に抱えたまま、礼を言おうと口を開きかけた・・・が。
その男は、落ちていたカメラを拾い上げると、
ネガを出し、ピッと伸ばして、外灯の明かりにかざした。
「おー。結構面白いことされたんだな」
「おい!何やってんだ!!見るな!!!」
俺は思わず叫んだ。
なんだ、こいつ!?
ふざけやがって!!!
だけどその男は、ふふん、と鼻を鳴らして言った。
「これは、俺がさっきの奴らからモラッタんだ。どうしようと俺の勝手だろ」
・・・なんだ、それ。
俺は呆れて何も言えなかった。
だけど、さすがにその男も俺の胸に顔をうずめて震える西田を見てかわいそうに思ったのか、
ポケットからライターを出して、ネガを燃やし始めた。
「言っとくけどな。俺は普段は煙草なんて吸わねーんだぞ?
今日はちょっと会社でイライラすることがあったから、思わず一本吸っただけだぞ?」
・・・誰に言い訳してるんだ。
変な奴だな。
とにかくこれで、さっきの男たちからは逃げられたし、
カメラも処分できた。
俺はほっと胸をなでおろした。
「・・・先生」
「西田。もう大丈夫だぞ」
「・・・ごめんなさい・・・」
「うん。いいから」
俺は西田の肩をさすった。
西田は俺の胸にしがみついて、声を押し殺すように泣いた。
「・・・西田、これからどうする?家に帰るか?」
西田は小さく首を横に振った。
俺に助けを求めてきたくらいだ。
親にも、誰にも知られたくなかったんだろう。
じゃあ、どうすればいい?
俺の家につれていくか?
でも、こんなことの後だしな・・・
冷静になれば他に考えも浮かんだかもしれない。
でも俺も頭に血が上っていて、とてもじゃないけど普通の状態じゃなかった。
黙りこくって西田を抱きしめる俺を見て、
男がため息をついた。
「お前。そのガキのなんだ?」
「・・・担任だ」
「担任?ガッコーの先生のくせに、こんなことでパニクってんじゃねーよ」
パニクるだろ!!!
「たく。しゃーねーなあ。ついて来い」
男はそう言うと、スタスタと歩いていってしまった。
一瞬迷ったけど他に方法もない。
俺は西田を抱いたまま立ち上がった。
「兄ちゃん」
「・・・幸太」
そうだ。幸太がいたんだった。
「こんなことに巻き込んで悪かったな。タクシーで帰って・・・」
「やだ」
だよな。
俺は仕方なく、幸太と一緒に男の後ろについて歩き始めた。
男は一度も振り向くことなく、足早に居酒屋が並ぶ通りを抜け、ホテル街へ向かった。
途中、その男は道にたむろしてる連中から、挨拶なんかされていた。
そういえば、さっき「ここはうちの縄張りだ」って言ってたな。
・・・こいつ、何者なんだ?
俺の疑問をよそに、男は迷うことなく一つのホテルに入り、適当な部屋の鍵を取って、
廊下を進んだ。
俺と幸太も黙ってついていく。
いかにも、ラブホです!と言う感じの派手な部屋に入ると、男はようやく俺達を振り返った。
「おい。おまえ」
男は西田を見て言う。
「親にも知られたくないってことは、どうせ警察に行く気ないんだろ?」
・・・そうだ!
警察!
そんなことも思いつかないなんて、俺、本当に焦ってるんだな。
教師なのに・・・
この男にバカにされても文句は言えない。
西田は俺の胸から顔を少し上げて、
目だけで男の方を見た。
「だったらさっさと風呂に入って来い」
その言葉を聞いた西田は、
俺の腕の中からゆっくりと床に降り、
キョロキョロと辺りを見回した。
そして自分が今どこにいるのか認めると、
慌ててシャワールームの方へ走って行った。
一方男も、携帯片手に部屋を出て行った。
「・・・はあ」
「兄ちゃん、大丈夫?」
「・・・うん」
俺はソファに腰をおろした。
幸太もドレッサーの椅子に腰掛ける。
西田もあの男も視界からいなくなったことで、
俺は少し冷静になってきた。
あの男の言う通り、西田は警察に行く気はないんだろう。
でも、警察はともかくとして、親にも隠すなんてできるんだろうか?
そうだ。
月島も、昔イタズラされたことがある。
今日の西田のように酷くはなかったけど、
それでもかなりのトラウマになっている。
西田は今まで通り振舞えるんだろうか。
辛くないんだろうか。
それにしても・・・
どうして月島といい、西田といい、
あんな普通で、いや、どちらかというと真面目な生徒が
こんな目にあわなきゃいけないんだ?
女だからか?
たったそれだけのことで?
「くそ!」
俺は小さく呟いて、ソファーを殴った。
また怒りが再燃してくる。
その時、部屋のドアが開き、男が戻ってきた。
手には黒い大きな紙袋。
「おい。あのガキ、まだ風呂入ってんのか?」
「え?ああ・・・」
「もう1時間近く経つぞ。中で自殺でもしてんじゃねーの?」
「!!!」
俺は慌ててシャワールームの扉を開いた。
「きゃあ!」
「うわ!ごめん!」
俺はまた慌てて扉を閉めた。
・・・よかった。
赤くなってる俺を見て、男がため息をついた。
「お前、セクハラだぞ。教師のクセに」
・・・なんなんだ、こいつは。
男はドレッサーの上に紙袋を置き、
その脇にあるメモ用紙に何かをサラサラと書いて俺に手渡した。
「明日、そこにあのガキ連れて行け」
「え?」
メモを見るとそこには、
『川原総合病院 安藤医師』
と書いてあった。
・・・病院。
そうか。行っといた方がいいよな。
「でも明日は日曜だろ?それに西田は保険証なんて持ち歩いてないだろうし」
「保険証も金も必要ない。行って安藤に会えば後は勝手にやってくれるさ」
「・・・」
男は、じゃーな、と言って部屋を出て行こうとした。
「おい、ちょっと待てよ!」
「なんだよ?まだなんか必要か?」
「いや、そうじゃなくて・・・助かったよ、ありがとう」
「どーいたしまして」
男は全く気のない感じで答える。
「あと・・・名刺くれ」
「名刺?なんで?」
「名前とか、連絡先とか・・・」
「合コンにでも誘ってくれんのか?」
なんてアホな奴なんだ。
それでも男は名刺入れから名刺を出し、
紙袋の横に置くと、今度こそ部屋を出て行った。
それを見て、幸太が急に立ち上がった。
「兄ちゃん、俺も帰るよ」
「え?ああ。気をつけて帰れよ。金持ってるか?」
「うん!」
幸太は男に続くように、部屋を飛び出していった。




