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第2部 第15話

「コン坊。これ」

「あ。ありがと」


2年の担任になったコン坊に、俺は去年の修学旅行のしおりを渡した。


去年、俺は新人と言うことで修学旅行の下見は免れたが、

俺もコン坊も2年目。

コン坊は修学旅行の下見へ借り出される可能性が高い。


それで先に去年の内容をチェックしておきたいそうなのだ。



職員室内も新学年になったということで、席替えが行われた。

俺の右隣には坂本先生。

左隣には森田先生。

向かいにコン坊。


そしてそのコン坊の隣には・・・



「近藤先生。それ、なんですか?」

「去年の修学旅行のしおり。沖縄のだけだけどね。北海道のは森田先生にもらわなきゃ」

「修学旅行・・・僕も行くんですよね?」

「当たり前でしょ、門脇先生。2年の担任なんだから」


門脇先生と呼ばれた教師は、眼鏡を直してちょっと困ったような笑顔になった。


「大丈夫でしょうか・・・僕、そういうの苦手なんです」

「大丈夫よ。本城君でさえ、去年乗り切ったんだから」

「おい、コン坊。なんだ、その、本城君でさえって」

「あら。聞いてたの。門脇先生、本城君に色々聞いとくといいわよ。参考になるかどうかわかんないけど」

「・・・はい」


門脇先生はチラッと俺を見て、取り合えずと言う感じで生返事をした。

どうやら俺に聞く気はないらしい。



4月になり、この朝日ヶ丘高校には新入生が250人ほど入ってきた。

そして、新人教師も1人。

それがこの、門脇先生だ。


担当は物理。

175センチくらいで線の細いタイプだが、

眼鏡が良く似合っていて、物腰の柔らかい中性的な雰囲気漂う綺麗系男子だ。


「眼鏡好き」女子にはたまらないだろう。



しかし。



「ちょっと、本城先生。門脇先生に何かしたの?」


坂本先生が隣から小声で俺に話しかける。


「おお。そのセリフ。1年前にコン坊にも言われました。

しかも、『坂本先生に何かしたの?』って」


坂本先生は口を尖らせた。


「私、門脇先生みたいにあからさまに本城先生を避けたりしてないけど?」

「してましたよ」

「ばれてた?じゃあこれからは、自信を持ってあからさまに避けようっと」

「まだ俺のこと嫌いなんですか」

「もちろん」


そーですか、杉崎さん。


「俺、坂本先生にも門脇先生にも何もしてないんだけなー」

「私はされたわよ。色々と」

「する前から、嫌いだったでしょう?」

「まあね」


悪びれる様子もなく、坂本先生は肩をすくめた。


「だって本城先生って、なんか見てるだけでムカつくのよね」

「・・・本人に言うことですか」

「陰でコソコソ言われるよりいいでしょ」

「そーですね。ちょっと傷つきますが」

「でも、本城先生って意外と同性に敵はいなさそうなのにね。

門脇先生はどうしてあんなに本城先生のこと嫌いなのかしら?」

「・・・さあ」


俺に聞かれても。


「惜しいなー。門脇先生、凄く素敵な人なのに、あんなにあからさまに誰かを嫌ってたら、

自分自身の株も落ちちゃうってこと、わかってないのかな?」

「あー。ちょっと杉崎と同じ匂いがするかも」


俺がそう言うや否や、坂本先生がバチっと手で俺の口を塞いだ。


「もごごごご」

「うるさい!てゆーか、彼はあんな風に人を嫌ったりしないわよ!優しいんだから!」


ごちそうさま。

そういえば、まだ結婚してることバラしてないんだったな。


「ま、嫌う相手が本城先生ってゆーのは、わかるけど。もうちょっと隠さなきゃダメよね」

「・・・」





まあ、誰が俺のことを嫌おうと勝手だが、

やっぱり同じ職場の仲間として、

それに仮にも1年先輩として、

「じゃあ俺もきーらい」なんて幼稚園児みたいなことは言ってられない。


努力はせねば。



「門脇先生も、これどうぞ」


俺は修学旅行のしおりのコピーを門脇先生に差し出した。


「・・・ありがとうございます」


一応先輩の俺に対して、失礼な態度は取らないようにしているようだが、

会話しようとは思わないらしい。

お礼を言ったっきり、顔を下げてパソコンに向かってしまった。


取り付く島もありゃしない。


俺は給湯室にコン坊を引っ張っていった。



「おい。なんとかしろ」

「なんとかって言われても」

「疲れる」

「お疲れ様。はい、お茶」

「おお、ありがと・・・って、茶なんかすすってる場合か」


そう言いつつも、コン坊に渡された茶をすすってみる。


「お。美味い」

「でしょ。梅昆布茶よ」


梅昆布茶?

昔はこんなん、美味いと思わなかったのに。

・・・人間こうして年取ってくんだな。

俺もコン坊ももうすぐ24歳だ。


って、そんなことはどうでもいい。

今は門脇先生だ。


「放っておいたら?そのうち本城君の本性がわかって・・・余計嫌われるかもね」

「・・・」

「ま、しばらくは同じ学年の担任になることもなさそうだし」

「そうだけどさ」


俺はため息をついた。

俺を嫌うだけならともかく、

坂本先生が言うように、そのせいで周りまで気まずくなるのは困る。


って、坂本先生が言うなって感じだけど。


「はあ。じっくりと口説きますか」

「そうよ。得意分野でしょ」

「女ならね」


コン坊は軽蔑した目で俺を見て・・・

それからボソっと言った。


「・・・結婚の申し入れ、受けるわ」

「・・・うん」



実は昨日、宏から電話をもらった。

宏は俺とあのバーで飲んだ後、

コン坊と腹を割って話し合ったらしい。


いや、「話し合った」と言うか、宏は、

「俺と結婚して、仕事もやめて、一緒に海外に行って欲しい」

と、率直に自分の願望を全て言ったのだ。


ずるい奴だ。

一見、コン坊の意見を聞こうとしているように見えるが、要は

「俺の願望を全て聞き入れるか、別れるか」とコン坊に迫ったのと同じだからな。


コン坊もそんなことはお見通しだ。

だから随分と悩んだようだ。


そして・・・

昨日、宏について行くことを決めたらしい。


俺は電話に向かって毒づいた。


「酷い奴だな」

「見損なったか?」

「いや・・・まあ、宏らしいか」


宏は子供のときから、会社と従業員のことを考えていた。

それを守るために、時には非常になることも必要なのかもしれない。

「酷い」と思う俺は、やはり経営者向きではないんだろう。


「辛い想いさせたのはわかってるよ。でももうどうするか決まったんだ。

これからは思いっきり大事にするよ」

「ああ。そうしてやってくれ」




コン坊は、俺と同じ梅昆布茶を一口飲んだ。


「せっかく教師になれたのに・・・仕事を辞めるのは嫌だけど仕方ないよね」

「そうだな。これから大変になるな。式の準備とか」

「そうね」


コン坊は、大きく息を吐くと、

ふっきれたような笑顔で俺を見た。


「もうクヨクヨ考えないわ。決めたんだから」

「うん」


俺も笑顔でコン坊を見た。

正直コン坊らしくない決断だ。

でも、逆に言えば、それほど一緒にいたい相手と巡り合えたのだ。

すごく幸運なことなのかもしれない。


「おめでとう」

「ありがとう」




なんだか俺もすがすがしい気持ちになって、席に戻ると、

目の前で門脇先生と篠原先生が談笑していた。

心なしか、篠原先生。

いつもより化粧や服に気合が入っている。

門脇先生も照れたように笑っている。


篠原先生って、新人キラーなのか?


・・・そうか、なるほど。

恐らく門脇先生は、誰かから、

篠原先生は前、俺に言い寄ってた、

と聞いたのだろう。


それで俺を面白くなく思ってるんだ。


なーんだ。

ただのヤキモチなんじゃないか。

全く、ガキだなあ。


と、俺は自分のことは棚に上げ、

一人納得した。



「本城先生」

「なんですか?坂本先生」

「3限始まってるけど、授業ないの?」

「げ」


俺は走って職員室を出た。







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