第2部 第13話
「杉崎!」
「あ、本城先生」
杉崎が晴れやかな笑顔で振り向く。
相変わらずの癒し系笑顔だが、今日はいつにましても輝かしい。
胸には卒業生の証の赤い花。
3月下旬。
後期試験の合格発表はまだのため、
悲喜交々ではあるが、3年生は卒業式を迎えた。
卒業証書を手にした生徒と保護者、それに教師で校庭は溢れかえっていた。
「合格と卒業おめでとう」
「ありがとうございます。本城先生にも随分教えていただいて・・・」
杉崎と坂本先生もこれで堂々と付き合うことができるだろう。
今の俺にとっては羨ましい限りだ。
その坂本先生は言うまでもないが、式が始まる前から大号泣だ。
「坂本先生は涙もろいから。俺が卒業じゃなくてもアレくらい泣いてると思いますよ」
「それもそうだな」
少し離れたところで生徒達に囲まれ、
生徒以上に泣いている坂本先生を、俺と杉崎は眺めた。
袴姿だから化粧もきちんとしてきただろうが、あれじゃあもうスッピンだろうな。
後で見て笑ってやろう。
「本城先生」
「ん?」
「あの・・・いや、やっぱり坂本先生から聞いてください」
「何を?」
「あのこと、って言えばわかると思います」
「?うん、わかった」
なんだ?
こりゃ、坂本先生を笑ってる場合じゃなさそうだ。
それに、これからは坂本先生との接触が多くなる。
あんまりイジメてばかりもいられない。
実は昨日、4月からの人事が発表になった。
要はどの先生がどのクラスを持つか、だ。
俺はこのまま3年5組の担任だが、生徒の面子はもちろん変わる。
大きく変わったのは、なんと山下先生が教頭になったこと。
そして、山下先生の代わりに3年1組の担任になったのが、坂本先生。
2年連続で3年生の担任というのは珍しいことらしいが、
教師の割り振り上、仕方なかったらしい。
という訳で、これからの1年は坂本先生と仕事をすることも増えそうだ。
ちなみに、3年の学年主任は3年3組担任の森田先生。
結婚も決まり、張り切っている。
そして・・・
肝心の生徒達だが、朝日ヶ丘はどうやって決めているかと言うと、
まずパソコンでランダムに生徒を各クラスに割り振る。
それから保護者同士の関係や、生徒と教師の関係、生徒同士の関係、果ては恋愛関係なんかも考慮して、
「この生徒そっちにあげる」「あ、この子、ちょうだい」と、
はないちもんめ並の取替えっこだ。
敢えて仲の良くない生徒同士を同じクラスにして交流を図るというのも大事なことだが、
とにかく3年生は受験第一。
事なかれ主義に徹することになった。
「本城先生。藍原と遠藤って付き合ってるよね?志望校も同じ?」
森田先生が自分のクラス表を見て俺に尋ねる。
「はい。二人ともY大です」
「遠藤がY大か」
「・・・」
「まあ、それはいいとして。どう?この二人、同じクラスの方が受験頑張れるかな」
「間違いなく」
遠藤は。
「じゃあ、俺のクラスにいる遠藤をあげるよ。藍原って本城先生のとこでしょ?」
いえ、遠藤はいらないんで藍原をそっちにあげます、と言いたいとこだが、
言えないのが新米の辛いところだ。
「頂きます。代わりに誰かいりますか?」
マジに、はないちもんめだ。
生徒には絶対見せられない光景だゾ。
「うーん。個人的には月島がほしいけど。みんな欲しいか」
・・・そうなのだ。
こういう時、レベルの高い大学に放っといても合格してくれそうな生徒は人気がある。
進路指導とか楽だもんな。
「でも、月島は僕のクラスじゃないんですよ」
「あ。私のクラスです」
坂本先生が手を上げる。
と、同時に俺に目で「いる?」と聞く。
うん。ちょうだい。
杉崎が志望校に合格して機嫌がいいのか、
坂本先生がナイスな提案をしてくれた。
「本城先生のクラスの高山さんってアメリカからの帰国子女ですよね?
多分彼女、外大を志望するから、私個人的に教えてみたいんです。
月島さんと交換しませんか?後は森田先生と取り合ってください」
もちろん俺は二つ返事で了解し(ごめんな、高山)、
月島をもらった。
森田先生は歩から何か聞いているのかいないのか、
それ以上月島については突っ込んでこなかった。
冷や冷やする・・・
知らないよな?
歩、信用していいよな!?
こうして、俺の2年5組から3年5組には、
月島、遠藤、藍原、西田、初め10人くらいの生徒が来ることになった。
実は西田の彼氏も最初は俺のクラスだったのだが・・・
今後を考えて放出した。
あと、溝口は・・・
元々、俺のクラスじゃなかったんだよ!
坂本先生のクラスなんだよ!
なんか文句あるか!?
とまあ、教師もやっぱ人間だよな、ということをみんなで確認しながら、
クラス分けは終了となった。
「えい」
カシャ
「何?」
「いやー。せっかくの坂本先生の綺麗な袴姿、写メに残しておかないと」
「あら」
「それに、貴重なスッピンも」
「ほ、本城先生!!!」
俺の手から携帯を取り上げようと坂本先生が襲い掛かってきたが、
俺は素早く携帯を持っている手を上にあげた。
150センチちょっとしかない坂本先生が、
180センチ以上ある俺から携帯を奪うなんて不可能だ。
まるで漫画のように俺の前でピョンピョンと飛び跳ねる姿を見ていると、
思わず抱きしめてウリウリってしたくなる。
ぷぷぷ。
面白い。
「さっき、杉崎が何か俺に話そうとしたんですけど、坂本先生から聞いてくれって。
それを教えてくれたら、さっきのスッピン写メは消去してあげます」
「え?」
「あのこと、って言えばわかるって言ってましたけど?」
「・・・ああ」
坂本先生は辺りを見回した。
俺と坂本先生は校庭の脇にある水場の近くに立って生徒達を見ていたが、
その数もだいぶ減ってきている。
「うーん」
「この期に及んで渋るんですか?」
「そうじゃないの。いずれ他の先生達にも言わなきゃいけない事だから、
いいんだけど・・・どこまで話していいものかと思って」
「全部話しちゃってください」
「なんで本城先生なんかに」
「さっきの写メ、ばら撒きますよ?」
坂本先生はムッとした。
・・・この人、25歳だよな?
スッピンだと制服着て生徒に混ざってても、全然わかんねーぞ?
坂本先生は渋々という感じで、口を開いた。
「結婚」
「するんですか!?杉崎と!?」
「してるの」
「・・・はあ?」
俺はすっとんきょんな声を出した。
坂本先生はそんな俺を見て、
なんでかよくわからないけど「どうだ!」と胸を張った。
「だから。もう結婚してるのよ、杉崎君と。
学校では私『坂本菜緒』だけど、本名は『杉崎菜緒』よ」
「・・・いつ結婚したんですか?」
「去年の5月」
「去年の5月!?」
じゃあ、何か!?
夏休みに、俺が二人とバッタリ出くわした時には既に夫婦だったのか!?
俺が口をあんぐりと開けていると、
坂本先生は尚も鼻を高くする。
自慢していいのか?
てゆーか、なんで生徒と結婚なんか!?
「まあ、それはちょっと事情があってね」
「できちゃったとか?」
「できてません」
それならさすがに隠せないだろうしな。
「でも、学校での手続きとかは?健康保険とかは本名じゃないとダメでしょう?」
「もちろん校長先生には話してあるわ」
「・・・」
なんてゆーか・・・すげー・・・
教師と生徒が在学中に結婚なんて、ドラマの世界だけだと思ってたのに。
付き合ってるってだけでも、すごいと思ってたのに、それどころの騒ぎじゃなかったのか。
「そっかー。おめでとうございます」
「あら、祝ってくれるの?ありがとう。本城先生の方こそどうなのよ?」
「どうって・・・」
俺が思わず口ごもると、
坂本先生がシレッと言った。
「付き合うなら気をつけなさいよ。間違ってもコンビニに手を繋いで行ったりしちゃダメよ」
「・・・肝に銘じておきます」
校庭の桜のつぼみは既にふくらみ、春の訪れを待っている。
いよいよ、新しい季節が始まる。




