第2部 第10話
「うーん。やっぱりな」
「やっぱり、って、コン坊がどう思うか分かってて、わざと将来の話なんかしてたのか?」
金曜日の夜。
久々に宏と二人で飲むことになった。
とゆーか、俺が誘った。
俺は基本、人の恋愛には首を突っ込まないが、
いつも相談に乗ってもらっているコン坊と、
他ならぬ宏のことだ。
ちょっとお節介することにした。
って、森田先生と麻里さんといい、遠藤と藍原といい、
俺、最近すっかり仲人オジサンと化してないか?
場所は宏の会社からほど近い、
俺は普段行かないような、バーだ。
席は全てカウンターになっていて照明も暗い。
チラホラと外人さんなんかもいる。
どっちかってゆーと、慣れ親しんだカップルとかで来る感じの店だ。
そこに若い男二人。
傍目はどう見られてることやら。
でも、宏がどうせ飲むなら、この店がいいと指定してきた。
てっきりSビールがお世話になってる店なのかと思いきや、そうではないらしい。
「ここの酒さ、全部Rビールなんだよ。店長口説いて、なんとかSビールに切り替えさせたい」
とのこと。
今日はそのための敵情視察って訳だ。
友達との飲みの時間さえ無駄にしないなんて、
いつから宏はこんなに真面目になったのか。
「元々真面目だって」
「合コン大魔王が何言ってる」
「合コンもビジネス、ビジネス」
でも、いつまでも店長や店の雰囲気を視察してる訳にいかない。
俺は早速本題に入った。
もちろんコン坊が悩んでたことだ。
だが、どうやら宏は確信犯だったらしい。
「Sビールはさ、工場で働いてる人も含めると2千人以上いるんだよ」
宏は、敵のRビールを飲みながら眉をひそめて言った。
不味いのか、それとも予想以上に美味いのかはわからないが。
「その全社員と家族の生活を守って行くんだから、自分の人生や責任について、
しっかり考えろって、子供の頃から親父にずっと言われてきた」
俺も似たようなことを言われてきた。
でも俺はそれを放り出した。
「当たってるのか間違ってるのかわかならないけど、俺なりに考えてきたよ。
そしたら、やっぱり俺は普通の、ってゆーか、日本人の平均的な生活はできないなって結論に達した」
「・・・うん」
それは仕方ないだろう。
普通の人の普通の生活を守るために、トップの人間はそれなりの犠牲が必要だ。
その代わり、それなりの見返りもある。
「だからさ、それに由香里(コン坊のことな)が付き合ってくれる気があるか、知りたかったんだ。
付き合ってくれる気があるなら、もう必要以上に将来の話なんてしないさ。
まあ、今すぐ結婚してもいいけど。
逆に、付き合いきれないって言うなら早く別れた方がお互いのためだと思う」
宏らしい割り切り方だな。
筋も通ってる。
コン坊も分かってるはずだ。
でも、理解はできても納得はできないんだろう。
宏は育ってきた環境のせいか、俺やコン坊より遥かに大人なんだ。
俺とコン坊は、宏の考えを理解できるくらいには大人だけど、
納得できる程、大人でもない。
こういうのって、あれか。
「出会うのが早過ぎた」ってやつか。
もう少し、コン坊が自分の将来や結婚を真剣に考える歳になってから宏と出会えれば、
本当に意気投合して、即結婚とかになったのかもしれない。
「宏の人生に付き合えるかどうか、コン坊にもう少しゆっくり考えさせてやるってのは無しか?」
「・・・俺、多分、再来年から海外に行くんだ」
「え?」
「多分5年くらいかな?さすがに結婚は戻って来てからだと思ってたんだけど、
由香里と会って、結婚してついて来てくれたらいいな、と思ったんだよ」
「・・・」
実は俺も、小学生の頃、親の仕事の関係で3年ほど海外に住んでたことがある。
もっとも、英語が身についたかどうかは、何の教科の教師をやってるかで一目瞭然だが。
とにかく、子供の目から見ても海外勤務というのは大変そうだった。
やはり一人で行くより、身の回りのことをしてくれる奥さんがいる方が、
仕事に身が入るだろう。
コン坊なら英語も堪能だから文句なしだ。
「それに、その頃にはいい加減俺が次期社長だって社内でもわかってるだろうからさ。
できれば日本でも海外でも『この人が俺の、次期社長の妻です』って顔売っときたいんだよな」
社長の妻って、それなりに役目があるもんだ。
若い頃から社内で知られてるほうが、宏が社長になった時にやりやすいだろう。
「ふーん。なるほどな。そんなこと、コン坊には話したのかよ?」
「いや。海外勤務のことはまだ話してない。だって、教師の仕事辞めてくれって言ってるようなもんだろ」
「そうだな。でも大事なことだから、腹割って一度話し合った方がいいぞ」
「・・・うん」
宏の将来ビジョンの鮮明さと、
コン坊への惚れ具合からして、
全ての決定権はコン坊にあるだろうけどな。
コン坊が宏の考えについていけないと思えば別れることになるだろう。
どうなるかな。
俺としては複雑だ。
宏が海外へ行ってしまうってだけでも複雑だけど、
それにコン坊までくっついて行ってしまうなんて、
友達が一気にいなくなる感じだ。
でも、二人には上手くいって欲しい。
俺が悩んだところで仕方ないことだけど、
どうしたもんかと思いながら駅からの道を歩いていると・・・
「真弥ー!」
「お。歩。今から帰るのか」
麻里さんと歩が、道の向こうから歩いてきた。
「こんばんは、本城さん」
「こんばんは。今日は森田先生と会わないんですか?」
「はい・・・学年末テストを作ってるそうなんです」
裏切り者!!!
「そうだ!真弥、ちょっと来い!」
「な、なんだよ」
歩が麻里さんを置いて、俺を道の端っこに引っ張っていった。
「もうすぐお母さんの誕生日なんだよ」
「そうなのか」
「で。真弥。協力しろ」
「金ならないぞ」
「知ってる」
知ってるんか。
「時間をプレゼントしようと思って」
「時間?」
「うん。いっつも俺がお邪魔虫でくっついてるから、
森田先生とお母さんに二人でどっか旅行にでも行ってもらおうと思ってさ。
金は自分達で出してもらうしかないけど」
「おお。お邪魔虫って自覚あるのか。偉いぞ、歩」
歩はムスっと膨れた。
「で、お前はまた俺の家に泊まろうって魂胆か」
「おう」
「じいちゃんちに泊めてもらえ」
「別にいいぞ。じゃあ昼間は月島さんに遊んでもらおう。真弥は来なくていいからな」
「・・・」
今となっては月島と二人で会える関係だが、
歩がいれば、堂々と外出できる。
歩が知り合いの女の子を連れてきたら、それがたまたま月島でしたー、
・・・って無理があるか?
まあ、いざという時の言い訳にはなるだろう。
「って、ダメだ。月島はもうすぐ学年末テストだし、それが終わっても受験生だ」
「さっき電話したら、その頃はテストは終わってるし息抜きにちょうどいいから付き合うわ、って」
「・・・」
「真弥はまだ誘ってないけど来ないかも、って言ったら、
『じゃあ二人で温泉がたくさんあるとこ行こうか。先生がいたら行けないもんね』だって。
楽しみだなー」
大江戸温泉物語のことですな、それは?
「ダメ。絶対ダメ」
「なんでだよー」
なんとなくムカつくから。
それにしても、手回しのいい奴だな。
くそ!
「わかったよ。俺の家に泊まれ。森田先生が旅行に行けるってことは、春休みだろ?」
「そのつもり」
「じゃあ、昼も俺がどっか連れてってやるよ。月島は抜き」
「ヤダ」
「俺にそんな気を使ってくれなくていいから」
「俺が月島さんと遊びたいの。真弥なんかどーでもいー」
「・・・」
歩がニヤニヤしながら言う。
「お母さんと森田先生はどこに行くのかなー。真弥が月島さんとどっか旅行行く時も、
俺がアリバイ工作手伝ってやるからな」
「行かない。それになんでアリバイが必要なんだ」
「月島パパに」
おお。それは必要だな。
たく。こっちのカップルは順調だな。
まあ、出逢いが遅すぎたくらいだ。
さっさと結婚してしまえー。
とか思ってたら、
次の日の朝、森田先生が笑顔で、
「麻里さんと結婚しようと思ってて」
と抜かしやがった。
図らずも、歩からのプレゼントは婚前旅行になりそうだ。




