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第2部 第8話

月島の涙声を聞いて、

俺はようやく我に返り、パッと身体を離した。


月島の顔は涙で濡れている。



「・・・ごめん・・・」


月島は左胸を押さえながら、ギュッと身体を閉じて首を振る。

その意味は、俺には分からない。


俺は手で月島の涙を拭おうとしたけど、

俺の手が顔に触れた瞬間、月島はビクッと更に身を縮めた。


俺も思わず手を引っ込める。


「月島」


数秒かけて、月島はようやく「はい」と返事をした。



どうしようか迷ったけど、俺は月島の気持ちを信じて、

月島の肩をそっと持ち上げベッドに座らせると、力いっぱい抱きしめた。


「ごめん。もう絶対しないから。冗談でもしないから」


月島は小さく震えながら頷いた。


あの時と同じだ。

夏に、月島が溝口に強引にキスされた時と同じだ。



俺はため息交じりに言った。


「俺、同じことしてるな・・・」

「・・・え?」

「溝口と・・・いや、昔、月島にイタズラした奴と同じことしてるな」


月島は顔を上げると、キッと俺を見て強く言った。


「違います!」

「何が違うんだよ」

「私が先生のこと好きってことが、全然違います!」

「・・・でも、怖かったんだろ?」

「怖くありません。前に言ったじゃないですか。なんとなく罪悪感があって、

高校生のうちはそういうことしたくないだけだって」

「じゃあ、なんで泣いてるんだよ?」

「これは・・・これは、なんか・・・先生が、私のこと考えてくれてないのかなって、思うと・・・」


そうだ。

前、俺もそう思ったじゃないか。

強引にしても、月島は悲しむだけだって。

それなのに・・・


「ごめん。でも、考えてない訳じゃない」

「はい・・・」


月島はそうは言いつつも煮え切らない様子だ。


「本当に自分のこと好きなら、なんで嫌がることするんだ、って思ってるだろ?」

「・・・」


相変わらず顔に出る奴だ。


「違うから。好きだし、こんなことしたら嫌がるって分かってるんだけど・・・」

「じゃあ、どうしてするんですか?」


月島は悲しみと怒りを湛えた目で俺を見る。


「どうしてって・・・思わず、さ」


言い訳がましいが、こうとしか言いようがない。

どうしても抑えられない時もある。


「そんな・・・思わず、なんて・・・だったら何してもいいんですか?

我慢できないから、男の人って女の人を襲うんですか?」

「そんなのとは話が全然違うだろ!好きな女だから我慢できないんだよ」

「でも・・・いくら好きでも強引にそんなことしたら犯罪ですよ?」


月島は悲しそうに言う。


他の女ならいざ知らず、

実際そういう経験のある月島の言葉なだけに、ズキッとくる。



でも・・・

なんだよ。

月島は俺のこと好きなんだろ?

俺も月島のことが好きなんだよ。


お互い好きで付き合ってるのに、なんでそんなに我慢しなきゃいけないんだよ?

なんでそんなに責められなきゃいけないんだよ?

月島が怖いと言うならともかく・・・


俺、そんなに悪いことしたか?



俺も月島のことは言えたもんじゃない。

すぐに顔に出るらしい。


月島は「帰ります」とだけ言って出て行った。


俺も止めなかった。






月島の方を一度も見れないまま月曜日が終わろうとした頃。


「本城君。帰るわよ」

「え?」

「駐車場で待ってるね」

「コン坊・・・」


コン坊は電車通勤だ。

だから、コン坊と飲む時は、俺の車でコン坊と一緒に一度俺の家に行き、

車を置いてから近くの居酒屋で飲む。


今日は飲む約束はしてないけど、

駐車場で待ってる、ということは、飲みに行こう、と言うことだ。


月曜だぞ、全く・・・

コン坊は俺に何かあると、すぐに分かるんだな。

ありがたい。


戸締りに行こうか迷ったけど、まだ7時だ。

月島は教室にいるだろう。

いや、俺を避けて、いないかもしれないけど・・・


今日はこのまま帰ろう。

一応6限後に窓は閉めてきたし。




「なんでいつもみたいに『サイテー』って言ってくれないんだよ」

「言って欲しいの?マゾねぇ」


居酒屋で飲みながら、

俺の話を聞いたコン坊は何故か「ふーん」と言って黙ってしまったのだ。


「確かに本城君が悪いんだろうけど・・・そういうのって、男と女で考え方が違うじゃない?

月島さんも怒るにしても、男としての本能や理性を否定するようなことは言っちゃダメよね」

「・・・コン坊、宏と別れて俺と付き合わない?」

「イヤ」


そうですか。


いや、コン坊の言う通りだ。

そう。それが言いたかったんだよ、俺は。


「でも私がこう言えるのも、色々経験してそれなりに年を重ねてきたからなのかなあ。

最近の高校生は私達の時とは違うって言っても、

所詮まだ17歳くらいで人生経験も私達より少ないわけだし・・・

特に月島さんみたいなタイプの子には、理解しろって言っても無理なのかな」

「うん・・・それに友達も同世代の女の子ばっかりだから、

相談したところで『男ってひどい』で終わるんだろうな」

「そうね。でも、月島さんの場合は相談する相手もいないんじゃない?」


そうだ。

俺はこうやってコン坊に相談できるけど、

月島は誰にも相談できない。

仲の良い西田にも、俺とのことは話してないらしい。


・・・まさかお母さんに相談してないだろうな。

冗談抜きで会わせる顔がなくなるぞ。


「月島さんが想像してる以上に、本城君は色々我慢してるってことをわかってもらうしかないんじゃない?」

「うん・・・わかってくれるかなあ・・・」

「同世代同士でも難しいことだもんね。じっくり話し合いなさい」


コン坊がしんみりと言ってグラスを弄ぶ。


「・・・どうしたんだよ?宏と上手く行ってないのか?」

「そうじゃないんだけど」

「けど?」

「宏君って、そういう性格なのか立場のせいか分かんないけど、

やたらと将来をしっかり考えてるのよね。悪いことじゃないんだけど・・・

何歳くらいで結婚して、子供作って、何歳までには部長になって・・・

そのためには、今のうちにこれとこれはしておかなきゃいけない!みたいな?

それはそれで大事なことかもしれないんだけど、私達だってまだ若いんだし、

もうちょっと今を楽しもうよ、って感じ」


なるほどな。

千人以上もの社員を抱えるSビールの次期社長としては、

会社の将来設計とプライベートの将来設計は切り離せないのだろう。


そして自分が惚れこんでいて、おそらく宏としては将来的には結婚したいと思っているコン坊にも、

それを共有してもらいたいのだろう。


「そうなんだろうけど・・・一言で言うと重い、ってゆーか」

「あはは。バッサリ切るな。そんなに宏を好きにはなれないってことか?」

「そうじゃないのよ。一緒にいて楽しいし、いつかは結婚してもいいなとは思うんだけど・・・」

「そーなのか?じゃあ宏にそう言ってやれよ。泣いて喜ぶぞ」

「ダメ。そんなこと言ったら、ますます将来のこと考えなきゃいけなくなるじゃない」

「それもそうだな。まあ、宏はああいう立場の人間だから、しっかり考え過ぎるくらいじゃなきゃ、

これからやっていけないのかもしれない」

「そうよね。あーあ、私って甘いのかなあ。30とか40歳の人からしたら、

『20代から将来をしっかり見据えないと痛い目にあうわよ!』って感じなのかもしれないし」

「うん・・・」


30とか40歳の人から見れば、今の俺とコン坊の悩みなんてちっぽけなことなのかもしれない。

それは、その人達が20代を通ってきたからそう思えるんだ。


俺も10代を、

高校時代を、

通ってきた。


俺が高校生の時は、およそ月島とは比べ物にならないくらい遊んでいた。

女遊びを凄くしてた、なんてマセた高校生ではなかったけど、

それでも何人かの女子と付き合ったし、どちらかと言えば「遊んでた」組だろう。


そんな俺でも、やっぱり最初の頃は部屋で彼女と二人っきりになるだけでドキドキしたし、

キスの一つも中々できなかった。


それが今となっては「付き合ってるならヤルのが当たり前」的なスタンスだ。

現在進行形で真面目な高校生の月島にはとても理解できる感覚ではないだろう。


でも、俺は月島の気持ちを理解できる。

だって、俺もかつては高校生だったんだもんな。


だったら、理解できる俺が、理解できない月島に合わせるべきなんだろう。

合わせることができないんだったら、月島が理解できるように俺が努力しないといけない。



まだ10代で、20代を経験したことのない月島からの歩み寄りには限界がある。

目に見えない透明な階段を手探りで上がるようなものだ。

だったら俺が、今まで上ってきた既に出来上がっている階段を少し下りて、

手を差し伸べてやればいい。


そう。

たったそれだけのことなんだ。




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