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第2部 第6話

俺は玄関で、靴も脱がせないまま月島を抱きしめ、キスをした。


だんだんと気持ちがおさまらなくなり、

キスが深くなる。


月島はついて行くのが精一杯と言う感じで、

俺にしがみついてきた。


それがまた俺を昂ぶらせて、

キスが一層激しくなる。



でも、それを唇から耳、首筋と降ろしていくと、

月島が身体をよじった。


「・・・先生・・・」

「・・・うん」


分かってる。

これ以上はしないから。


そう言おうとしてやめた。

もう、うやむやにこのまま・・・

そんな衝動に駆られたからだ。



でもダメだ。

月島がいいと思うならいいけど、

気持ちを確認しないまま、俺が勝手に突っ走れば、

月島は、俺が月島を大切にしてないと感じて悲しむだろう。


月島が悲しむと分かっていることはできない。

したくない。



俺はかなり思い切って、身体を離した。



「・・・入ろうか」

「はい」


月島はちょっとホッとしたように、左胸を抑えて微笑んだ。


・・・なんだよ、俺は断腸の思いでキスをやめたのに。


はあ。

こんなんで、後1年ちょっとも我慢できんのかよ。

体力的にも精神的にも結構疲れるんですが。




ソファーに座ると、月島は早速トートバッグから何かを取り出した。

それは小ぶりの布団のような分厚い布でグルグル巻きにされている。


「なんだ、それ?」

「バレンタインなんですけど・・・先生は食べきれないくらいチョコもらってますよね?」

「・・・」


正直に答えていいものか。

俺が言いよどんでいると、月島は苦笑しながら包みをほどいた。


そこには・・・


「鍋?」

「はい」


そう。

そこに現れたのは、正真正銘 THE 鍋。


ほら、あれだ。

いかにも、煮込み用の鍋です、って感じの外国製のカラフルな鍋。


なんだ?

鍋を俺にくれるのか?


きょとんとしている俺の前で、月島が鍋の蓋を取った。

とたんに、部屋中にいい匂いが広がる。


ビーフシチューだ。


「うわ・・・美味そう」


急に空腹感を覚えた。

そういえばまだ、飯食ってない。


「チョコや甘い物はもういらないかな、と思って。チョコの代わりです。

色も似てるし」


似てるし、って・・・


俺は思わず噴出した。

月島らしい考え方だ。


「ありがとう。すげー嬉しい」


俺は心からそう言った。


ビーフシチュー自体も嬉しいけど、

どうしたら俺が喜ぶか一生懸命考えてくれたその心遣いが嬉しい。


もちろんチョコを貰っても嬉しい。

確かにたくさんもらったけど、月島からのチョコは特別だ。

だけど、月島の言う通り、「物」としては事足り過ぎてるくらいだ。


じゃあ、何をあげれば俺は心から喜ぶか?

月島は苦心して、このビーフシチューを作ってくれたんだろう。



どういたしまして、と言って笑う月島を、

俺はまた抱きしめてキスをした。


さっき無理矢理押し倒さなくてよかった。

俺が月島を大切にすれば、

月島も俺を大切にしてくれる。

焦ることはない。



「・・・先生ってキス、好きですよね」


唇を離すと月島が言った。


「そう?」

「自覚ないんですか?しょっちゅうされてる気がします」

「それしかできませんから」


月島は俺を胸の中から睨んだ。


「私、先生とキスしたいって思ったことないです」

「・・・なんで、そーゆー意地悪言うんだ」

「意地悪じゃないです。本音です」

「・・・」

「だって、私がキスしたいと思う前に、いっつも先生からキスしてくるから・・・」


なんだ、そういうことか。


「じゃあ、月島からキスしてくれるまで、キスしないことにしよう」

「・・・どうしてそういう意地悪言うんですか」

「意地悪じゃないです」


俺が、月島の口真似をしてそう言うと、月島はむうっと膨れた。


「いいですよ。じゃあいつまででも待ってて下さい」


そうきたか。

それは辛いゾ。

きっと月島は中々してくれないゾ。


だから俺は月島を抱きしめなおしてもう一度キスした。


「・・・意志が弱いですね」

「うん。押し倒されないように気をつけろよ」

「・・・」


月島は、スクッと立ち上がると、

鍋を持ってコンロの方へ行ってしまった。


おう。本当に気をつける気だな。






「これ、月島が作ったんだよな?」


俺は皿を覗き込んで言った。


「・・・はい。美味しくないですか?」

「いや・・・まだ食ってないけど・・・」


味の問題ではない。

見た目の問題だ。


「・・・」

「・・・実はお母さんと一緒に作りました」

「・・・うん・・・それはいいんだけど・・・」


月島は赤くなって下を向く。

俺はスプーンで人参をすくい上げた。


ハート型だ。

ジャガイモも、よく煮崩れなかったな、と感心するくらい綺麗なハート型。


「ソレはお母さんの仕業です」

「・・・・・・」


じゃあ、何か?

月島のお母さんは、娘が彼氏にビーフシチューを作ると知って、

野菜をハート型に切ったのか?


「・・・中々、愉快なお母さんだな」

「・・・はい・・・すみません・・・しかも・・・」

「しかも?」

「お母さん、気づいてたみたいなんです。家を出るとき『先生によろしくね』って言われました」

「!!!」


俺は口に運びかけたスプーンを止めて絶句した。


「な、なんで!?」

「わかりません。お母さんに、先生のこと言った覚えないんですけど」


まさか、バッティングセンターの駐車場でキスしてるとこ見られたとか!?


「お母さんに聞いたら、『だって4月に、新しい先生が担任になったって言ってたじゃない』、

って言うんです。それだけで、お母さん、私が先生のこと好きだってわかったらしいんです」

「・・・」

「確かにそれくらいは話したかもしれませんけど。でも、その時はまだ先生のこと、

好きって程じゃなかったのに」


母親の勘ってやつか!?


「うわー!どうしよう・・・」

「お母さんは面白がってるみたいだし、気にしなくてもいいと思いますよ?」

「だってさ・・・来月3者面談あるんだぞ?どんな顔して会えばいいんだよ」

「あ。そうですね。頑張ってください」


おい!


俺は急いでビーフシチューを食べた。

本当に美味いには美味かったが、とにかく変にドキドキして落ち着かない。


「月島、今日は送っていくから!」

「え?大丈夫ですよ?電車で帰ります」


月島はいつも電車と徒歩でうちに来る。

車で一緒というのも極力避けてるのだ。

でも、今日はそうはいかない。


「もう10時だぞ!お母さんが心配してるだろ」

「あ、そうですね。先生と一緒なのに遅いとよくないですよね」


月島も気づいて慌ててスプーンを動かす。

そうなのだ。

月島のお母さんが、「娘と同級生の彼氏がちょっと遅くまで遊んでる」と思ってるならいいが、

相手が教師である俺と分かっているとなると、そうはいかない。


まあ、ハートのシチューを作るお母さんだ。

多少理解はあるだろうけど・・・



俺はシチューの残りを家の鍋に移し、月島が持ってきた鍋を洗った。


「ごめんな。せっかくずっと待っててくれたのにバタバタと」

「いいえ。私も悪いんです」


いや、お母さんの勘が鋭過ぎるんだろう。




俺は月島をいつものバッティングセンターまで送り、

時計を気にしつつ見送った。


10時半か。

ギリギリ許せる範囲か?

いや、娘の帰宅時間としては遅いか?


ああ、冷や冷やした。

これからはもうちょっと気を使わなきゃな。



何はともあれ、月島を家に帰してホッとした俺は、

コン坊が、月島の元気がないと言っていたことはすっかり忘れていた。






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