第2部 第5話
「あれ?まだいたの?」
「まだいたの?ってことないだろ、コン坊」
8時半に職員室に入ってきたコン坊が、
俺を見つけて言った。
今日は何回か呼び出しを食らっていてたお陰で、
仕事があんまり進まなかった。
「呼び出し?」
「・・・」
「ああ、告白されてたのね。モテるってのも大変ねー」
「コン坊こそ、まだいたのかよ?宏と会わないのか?」
「今日は、バレンタイン商戦で、ワインとかの手配が大変なんだって。
だから会わない」
「なるほど。ああ言う業種はクリスマスとかバレンタインとか大変だよな」
「そうみたい」
そうだ。
「あの紙袋、ありがとな。大活躍だ」
「でしょ?来年からはちゃんと用意してきなさいよ」
「うん・・・いや、来年からもチョコの代わりにコン坊が俺に紙袋くれ」
「どうして?」
「自分であんなもん持ってくるなんて嫌味ったらしくてできない」
「それもそうね。いかにも『俺、いっぱいもらうんです』って言ってる感じよね。
わかった。じゃあ本城君へのバレンタインは紙袋で決まり」
「助かります」
コン坊は席に座ると、パソコンの電源を落とし帰り支度を始めた。
バレンタインだからかなんなのか、今日は残業している人も少ない。
俺の周りの席もコン坊以外はみんないない。
だからコン坊も遠慮なく月島の話に入る。
もっとも、いっつも遠慮ないが。
「そういえば、本城君こそデートしないの?」
「・・・するわけないだろ。普段からしてねーし」
「そっか。じゃあもうチョコもらったんだ?」
「もらってない」
「えー?携帯は?」
「携帯?」
「うん。『後で渡すからどこどこに来てね』みたいなメール入ってない?」
「・・・メール・・・」
俺はポケットを探った。
携帯は、ない。
「あれ?」
そうだ。そう言えば、昼休みのバスケの後、ロッカーで着替えて・・・
「やべ。ロッカーに置きっぱなしだ」
「あーあ。じゃあ、もしかしたら今頃、待ってるんじゃない?」
「・・・まさか。平日に会ったこととかないし」
「さっき、2年5組の教室の前通ったけど、誰もいなかったわよ?」
・・・。
えー・・・まさか・・・
「ねえ。月島さんと言えば。最近ちょっと元気ないわよね」
「え?」
「気づかなかった?」
「・・・うん」
月島が元気なければさすがに俺でも気づくぞ。
確かに、俺は「デリカシーがない」「女心がわかならい」(月島&コン坊談)けど、
いい加減、月島のことは分かってきた。
月島は本当に素直ってゆーか、
裏表が無い、ってゆーか、
思ってることがそのまま顔に出る。
この前、俺の友達でイベントプランナーの仕事をしてる奴が、
自分が手がけた美術館でのイベントのチケットをくれた。
俺は、月島はこう言うのが好きかもしれない、と思い、
さすがに目立つので一緒には行けないが、チケットだけあげた。
すると月島は、はっきりわかるくらい困った顔をした。
「興味ない?」
「・・・すみません。私、描くのは好きなんですけど、見るほうはさっぱりわからないんです」
「そうなんだ」
「せっかくくれたのにごめんなさい」
そう言って、申し訳なさそうにしょんぼりとする。
普通なら興味なくても、一緒に行く訳じゃないんだし、「ありがとう」と言って
受け取っておきそうなものなのに、月島はそれができない。
正直に「興味がない」と言ってしまう。
そんな月島の様子がおかしくて、俺は一人でしばらく笑ってた。
月島はそういう奴だ。
元気がないなら、例え隠そうとしても俺にはわかる、と思う。
でも、学校でも家でも、俺が見てる限りでは元気ない様子などはない。
「ってことは、本城君のことで悩んでるってゆーか、不安なことがあるんじゃない?」
「なんで?」
「本城君と一緒の時は不安を感じず元気でいられるってことは、
本城君と一緒じゃない時は、何かを不安に感じて元気がないのよ、きっと」
「不安・・・」
「まさか、本城君。浮気してるんじゃ・・・」
「それは断じてない!」
「ま、そんな時間もないか」
そうだぞ。
平日と土曜は8時くらいまでは学校にいるし、
日曜も午後は月島と会ってるし。
浮気する時間があるなら寝たいくらいだ。
「とにかく、携帯見てくる!」
俺は急いでロッカーへ行き、
着信とかメールが来てないことを祈りつつ、鞄を開いた。
が、こんな時に限って着信を知らせる光が点いていた。
メールが2件。
1件目は宏から。
ご丁寧に題が入ってる。
『来月の合コンについて』
無視。
バレンタイン商戦はどうした。
2件目は・・・
「・・・月島だ」
もちろん、題なんか入ってない。
早速本文を開く。
『ファミレスで待ってるんで、仕事が終わったら来て下さいね』
うわ!
着信は7時前。
1時間半も前だ!
俺は慌てて、「まだ学校だけど、すぐ行くから」と返事を打ち、
荷物をまとめてもう一度職員室へ戻った。
机の上をバタバタと片付ける俺の横でコン坊が、
ニヤニヤしながら、
「やっぱり月島さんからメール来てたんだ?」
と言った。
「うん。ついでに宏からも」
「なんて?」
「読んでない。でも題は『来月の合コンについて』だったぞ」
「・・・ふーん」
お。珍しく面白くなさそうじゃないですか、近藤姉さん。
「考えてたんだけど」
「何を?」
「月島さん、心配なんじゃない?」
「何が?」
「本城君て何故だかモテるじゃない?」
何故なんでしょうーか。
「だから、心変わりするんじゃないか、とか、自分でいいのかな、とか」
「はあ?」
そんな訳ないだろ。
「女心ってそーゆーもんよ。本城君にはわからないだろうけど」
「・・・はい」
「じゃあね。急いでね」
「うん、お疲れ!」
俺はのんびりと席を立つコン坊を残して、駐車場へ走った。
家の近くのファミレスに着いたのはもう9時を回っていた。
まだいるかな?
帰ってたらちょっと悲しいが、
ずっと待っててくれてるのも、申し訳ない。
でも、月島なら・・・
俺は無意識に、一番目立たず静かな席へ目をやった。
いた。
やっぱり。
俺は足早に、その席に近づいた。
「月島!」
「あ。先生、おかえりなさい」
月島は顔をテーブルから顔を上げた。
テーブルの上には当然のように、教科書とノートが開かれている。
落ち着いたグレーのニットのワンピース・・・ってことは、
一度帰ってからわざわざ来てくれたのか。
月島は付き合い始めてからは一度も制服で俺の家に来たことがない。
俺がそうしてくれと言ったわけじゃないけど、気を使ってくれてるのだ。
ちょっと待ってくださいね、と言いながら教科書を鞄に入れる月島を見てると、
無性にキスしたくなって、
俺は月島の鞄を持つと手を引いてファミレスを出ようとした。
「あ!待ってください!」
月島は席に戻ると、隣の席に置いてあった大きなトートバッグを大事そうに抱えて、
また俺の所に急いで戻ってきた。
「すみません」
そう言ってニッコリ微笑み、さっき俺が握っていた右手を差し出す。
月島は何気なくやってるんだろうけど・・・
こういうことをされると、かわいくってどうしようもなくなる。
なんとなく毒気を抜かれて、
俺も思わず微笑んで、手を繋ぐとゆっくりファミレスを出た。
「すみません、ごちそうになっちゃって」
「ごちそう、ってドリンクバーだけだろ」
「そうですけど・・・そう言えば私、ドリンクバーなのに一杯しか飲まなかったなあ」
「一杯って・・・いつからあそこにいたんだよ」
「7時くらいですよ?」
「やっぱり。じゃあ、2時間も待っててくれたんだな・・・ごめん」
「いいえ。だって、どうせ8時過ぎまで仕事してるのは分かってましたから」
月島は俺を下から見上げる。
「そのつもりで、勉強道具持ってきたし。あ、またわからないところあったから、
教えてください」
「うん」
が。
家に入ると、さっき抜かれたはずの毒気がムクムクと復活してきた。
玄関に入るなり、俺は有無を言わせず月島にキスをした。




