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第2部 第4話

「本城君、ハッピーバレンタイン♪」


2月14日。

朝、職員室の席につくや否や、コン坊が鼻歌交じりに俺に近寄ってきた。

手には「デパートのバーゲンにでも行ってきたんですか?」と言いたくなるくらい大きな紙袋。


「はい。どうぞ♪」


そう言って、コン坊は、そのデカい紙袋を俺に差し出した。


「・・・ありがとう」


これ、くれるのか?

デカ過ぎないか?


でも、手にとってみると妙に軽い。

不審に思って中を覗くと空っぽ。


「コン坊、なんの嫌味だ?」

「嫌味じゃないわよ。私の愛情がたっぷり詰まってるんですから、心して受け取りなさい」

「・・・はい」


なんだかよくわからないが、ここは逆らわない方がいい気がする。

俺は素直に頂くことにした。


どうした、コン坊!?

変なモンでも食ったのか!?


呆然とする俺を残して、コン坊は職員室を出て行った。


俺の斜め前の席では、坂本先生が笑いを噛み殺している。


「やるなあ、近藤先生。私も義理はその手で行こう。安上がりでいいわ」

「坂本先生、俺に義理チョコくれるんですか?」

「義理もあげません」

「そうですか。でも本命はバレンタインどころじゃ」


「ないですよね」と言う言葉を、俺は飲み込んだ。

とゆーか、飲み込まざるを得なかった。

坂本先生の目からなんかの光線が発射されたからだ。


「・・・すみません」

「ふん」

「で。センター、どうだったんですか?」


おっと、また光線が。

でも今度は避けたぞ、たぶん。


「おかげさまで結構良かったわ。もっとも今年のセンターは簡単だったから、

点取り合戦だったけどね」

「ってことは、来年は難しいかもしれませんね」

「そうね。頑張ってって、言っといて」


誰に?

と聞く代わりに、俺も坂本先生をチラっと睨んだ。


俺と月島のことは坂本先生には言ってない。

もちろん、藍原や歩や森田先生も知らない。

知ってるのはコン坊と宏だけだ。


そういえば、月島、俺にチョコくれるのかな?

月島ってそういう俗っぽいイベント好きそうじゃないもんな。

俺も、別にほしいって訳じゃないけど・・・

なんて言うか・・・

気持ちの確認?みたいなのって、たまにはしたいじゃん?



俺は右手の中の紙袋を見た。

これがコン坊の「気持ち」か。

本当に愛情が詰まってんのか?


思わずひっくり返したり、

2重底になってないか調べたけど、

正真正銘空っぽだった。


そんな俺の様子を見て、また坂本先生が笑っている。



だが。

その紙袋には本当に愛情が詰まっていた。

俺も坂本先生も、1限の授業が終わる頃にはそれを痛いほど思い知らされた。




「・・・持つの、手伝いましょうか?」

「・・・珍しいですね、坂本先生がそんなこと言ってくれるの」

「・・・」


いや・・・この状況じゃあ、いくら坂本先生でも俺に声をかけざるを得なかっただろう。

1限の授業が終わると同時に、そのクラスの女子全員が、俺のところにチョコを持ってきてくれた。

その数、約20個。


俺は教科書やら文房具やらに加え、そのチョコ達を抱えて、ヨチヨチと廊下を歩いていたのだ。

これで俺をスルーできたら坂本先生も立派なもんだ。


チョコを半分くらい坂本先生に渡し、

なんとか無事に(?)職員室に帰還した。


さて、このチョコ、どこに置いとこう?

おお。こんなところに偶然にも、

「デパートのバーゲンにでも行ってきたんですか?」と言いたくなるくらい大きな紙袋が、

あるじゃありませんか!


「って、コン坊、すげー!」

「近藤先生ってば、こうなること見込んで、本城先生に紙袋をあげたのね。

大したもんだわ」


さすがの坂本先生も感心した様子。

おお・・・コン坊・・・恩に着るぞ。


俺が担当している2年のクラスは全部で6クラス。

1クラスに女子が約20人。

全員が俺にチョコをくれるとは限らないけど、

ざっと、20人×6クラスで、120個くらいになる訳だ。


「・・・しばらくチョコには困らないな」

「このチョコを食べ終わった頃に、来年のバレンタインが来るんじゃない?」

「どうしてそんな意地悪言うんですか」

「それに、本城先生。120個って間違い。数学の教師なんだから計算くらい間違わないでよ」

「え?」

「ほら」


そう言って坂本先生が指をさしたのは、職員室の入り口・・・から入ってきた、

チョコを抱えた女子生徒5人。

1年生のようだ。


まさか。


そのまさかで、5人は真っ直ぐに俺の方へ向かってきた。


「はい。本城先生。あげる」

「・・・うん。ありがとう」


俺はなんとか微笑みながらチョコを受け取った。

120個+5個=125個


「ね?」

「はい・・・すみませんでした」



その後も、2年だけでなく1年と前期試験直前の3年まで、次々とチョコを持ってきてくれて、

6限の授業が全て終わった時には、なんと150個を悠に越えていた。


「すげー!こんなにチョコ貰ったの初めて!」


どこのジャニーズだ!

ってゆーか、どうやって食うんだ!

どっかに寄付したいぞ!


「うわー・・・こんなにたくさん貰った人を見たの初めて」

「凄いですねー。さすが本城先生」

「あ!これゴディバじゃん!ちょうだい!」


他の先生達もワイのワイのと俺の紙袋を覗き込む。

俺の中では、一番嬉しかったのはこの紙袋だけどな。

ちなみに、最後のセリフは坂本先生である。


そう言えば、絶対くれそうな藍原がくれなかった。

冗談で、くれないのかよー?と聞いたら、

抜け抜けと「遠藤以外にはあげないの」と答えやがった。

やれやれ。




俺は紙袋を一旦ロッカーへ置きに行った。

もう放課後だし、さすがに昼間ほど一気にチョコを渡されることはないだろう。



俺はドサッと袋を床に置き、ため息をついた。


・・・疲れた。

他の先生達には言えないけど、実はいわゆる「本命チョコ」もいくつか貰った。

もちろん告白付きだ。


篠原先生を振った時も疲れたけど、

相手が生徒になると半端なく気を使う。

みんながみんな、藍原みたいにさっぱりしてる訳じゃないしな。


一番楽な振り方は「生徒とは付き合えない」と言うことだけど、

どの口が言うか!と自分でも突っ込んでしまう勢いなので、これはやめた。


じゃあ正直に「彼女がいる」と言えば、明日には全生徒(特に2年5組の連中)から、

どんな女だ!?と質問攻めに合うのは必須。

「好きな女がいる」も以下同文。


で、情けないとは思いながらも、

「今は仕事で手一杯だから」と言う、なんとも言い訳がましい理由で逃げた。



無理をしながらも、ニッコリと笑って「わかりました」と引き下がってくれる生徒もいれば、

その場で泣き出してしまう生徒もいた。


俺は明日からも彼女達相手に授業をしないといけない訳で・・・


辛いなあ。

でも、お互いさま、か。



そして更に疲れる理由がもう一つ。


どーして月島はくれないんだろう・・・




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