第1部 第4話
「本城君、今日もチョコキャンディーいる?」
「10個」
「私は15個くらい必要だなー」
俺とコン坊は顔を見合わせてため息をつく。
「疲れたね」
「疲れたな」
「まだ午前が終わったとこよ」
「あと2コマもあるな」
怒涛の1日目。
1限目は、なんとか質問の時間は取ったものの、生徒に気遣いする余裕もなく話しまくり、
2限目は、少し余裕が出てきた分、生徒の反応が気になりまくり、
3限目は、「あ。1、2限目の時もこういう説明の仕方したらよかったな」と後悔しまくり、
4限目は、とにかく疲れまくり、
だった。
5限目は幸い授業はないが、
6限目はいよいよ自分が担任である2年5組の授業だ。
「コン坊はもう自分のクラスで授業したんだよな?どうだった?」
「他のクラスとは違う緊張感があったよー。
だってこれから1年間、ずっと一緒の生徒だもんね。授業だけじゃなく遠足とかさ」
「あ・・・俺、修学旅行あるんだった」
「そうね。2年生は秋にそれがあったね。最難関じゃない?」
そうだ。
2年生の担任は1年や3年より楽だと思ってたけど、
魔の修学旅行がある。
もちろん生徒としては何回か経験したことがあるけど、
生徒の目から見ても修学旅行中の教師は大変そうだった。
「うわー。今から気が重い」
「ねえ、取りあえずお昼ご飯食べようよ」
「そうだな。学食行く?」
「今日は学食休みよ。昨日生徒に連絡したでしょ?」
「・・・したっけ?」
「ちょっとー、大丈夫?ちゃんと生徒にお弁当持ってくるように言った?購買も休みよ?」
「言ったような、言ってないような・・・」
「・・・」
「まあ、今日は学食開いてても行きたくないな」
「そうね。生徒の顔、あんまり見たい気分じゃないわね」
「ひどい教師だな、おい」
「胸焼けしそうじゃない?」
「・・・同感」
当分、芋栗かぼちゃは食べたくないし。
とにかく俺達はコンビニに行き、昼飯を調達した。
「コン坊、自分で弁当とか作らないのかよ?ついでに俺の分も作ってくれないのかよ?」
「一人暮らしだからお弁当なんて作らないわよ。夕ご飯だって適当なのに。
仮に作ったとしても、どうして私が本城君の分まで作らないといけないの?」
「同期のよしみで」
「河野先生に頼んだら?」
「・・・」
チラッと河野先生を見ると、今日だけなのか毎日なのか、
幸いにも(?)俺達と同じコンビニの袋からおにぎりを出している。
その隣の坂本先生は・・・
「え?坂本先生ってお弁当なんですか?」
「・・・そうだけど」
ちゃんと水筒まで持参して、毎日お弁当って感じだ。
「へー。ご実家に住んでるんですか?」
「一人暮らし」
「僕の分も作ってください」
「イヤ」
ですよねー。
いや、マジで面白いな、坂本先生。
「早く結婚して奥さんに作ってもらえばいいでしょ」
「・・・結婚?」
大学出たての22歳の俺にはピンとこない言葉だ。
でも、もし結婚するとしたら・・・
河野先生はないな、うん。
篠原先生は・・・米も研いだことありません!って感じだしなぁ。
そこを行くと、坂本先生は理想的だ。
「コン坊もないなあ」
「何が?」
「お嫁さん候補」
「外してくれて結構です」
「だろ?」
コン坊は彼女や奥さんにするにはもったいない。
このままずっと良き友でいてくれよな。
予鈴がなり、職員室の中は急に慌しくなった。
コン坊も教材を抱えて急いで職員室を出て行く。
5限がない俺は、机の上の問題集を手に取った。
T大の数学の過去問を集めたやつだ。
ここへ就職が決まってから、俺は色んな大学の過去問を解いてみた。
このT大のもすっかりボロボロだ。
俺は大学に入った時から数学教師を目指してたから、
大学時代もそれなりに数学は勉強していた。
お陰で、数学だけならなんとかT大の問題も解けるようにはなったけど、
生徒に教えるとなると別問題だ。
レベルの高い大学は、解答を見ても理解できないことも多い。
朝日ヶ丘高校からはまだT大合格者は出てないけど、
教師としてはこれくらいできた方がいいだろう。
そう、月島みたいなのもいることだし・・・
月島と言えば、
昨日のHRでは結構みんな和気あいあいと俺と接してくれたし、笑ってもくれたけど、
月島だけは、「まるで興味がありません」という感じで、
ぼんやりと窓の外を見てたなあ。
ああいうタイプの生徒には、
授業内容で勝負するしかないな。
「お。コイツは使える教師だ」と思わせれれば合格点だろう。
もう一度、今日授業でやるところを復習し、
俺は、芋栗かぼちゃ、じゃなかった、2年5組の生徒が待つ教室へ向かった。
「お前ら、心して聞けよ」
「はーい」
「わからなかったら、授業止めろよ」
「はーい」
「寝るなよ」
「・・・」
おい!返事は!?
仕方なく、俺は本日5回目となる授業を始めた。
さすがに何回も同じことをしゃべってるので、
舌は滑らかに回るようになったものの、
やはり自分のクラスということもあり、生徒の反応が気になる。
しかも、今やってる問題、K大の過去問だぞ。
本当に理解できてるのかよ?
「おい、ツンツン。今の説明でわかったか?」
「びみょー」
「・・・柳原弟は?」
「小野です」
「わかったか?」
「びみょー」
「・・・」
「嘘だって。わかったって」
「本当かよ」
ああ、物凄く不安。
その時、一番端の席で手が上がった。
「げ。月島」
「え?」
「い、いや、なんでもない・・・何か質問か?」
「はい。えっと・・・」
そう言うと、月島は右手で制服の左胸の辺りを軽く握りながら、
どう質問したものか、と悩んでいるような表情をした。
おおい、なんだよ、なんだよ。
すげー、怖いんだけど。
「あ。すみません。私の勘違いでした。今の説明でよくわかりました」
「そ、そうか・・・」
焦らすなよぉ。
すると、何故か他の生徒達が、チラチラとお互い視線を交わした。
なんだ?
だけど、それ以上誰も何も言葉を発しなかったので、
俺は肩をすくめて授業に戻った。




