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第1部 第37話

文化祭の翌日の振り替え休日。

月島は早速ディズニーランドへスケッチへ行くと言う。



「昨日、丸1日描きっぱなしだったのに!?」

「今日は平日だから人も少ないかなと思って・・・ジロジロ見られると描きにくいんです。

それに、これ以上寒くなると、じっとしてスケッチするのも辛いんで」


まあ、確かにもう11月も中旬だ。

日中でも冷え込む日も多い。

それにしても・・・


「あ。疲れてたら先生はいいですよ?一人で大丈夫です」


行きますとも。




と、言う訳で、朝から寒いディズニーランドで月島のスケッチに付き合うことになった。

ディズニーランドに入る前に、月島は土産屋が並ぶエリアで早速何やら物色している。


「もう何か買うのか?」

「はい。えっと、これとこれと・・・」


月島が選んだのはミッキーとミニーの小ぶりのヌイグルミ。

既にクリスマス仕様だ。

おお。そういえばクリスマスなんてイベントがあったな。

多忙で彼女もいない社会人1年生にはなんと無縁なイベントか。


「・・・買ってやるよ」

「え?いいですよ、自分で買います」

「昨日のご褒美」

「・・・すみません。じゃあお願いします」


月島はちょっと嬉しそうに頭を下げた。




さすがに平日だけあって、天下のディズニーランドも人はまばら。

月島はシンデレラ城が見えるベンチに座ると、

横にさっきのヌイグルミを置き、スケッチの準備を始めた。


「先生。寒かったら、どこか建物に入ってていいですよ?」

「それじゃ俺がついてきた意味ないだろ」

「私が見えるところだったらいいんじゃないですか?」


そうだけどさ。


「いいよ。それとも近くにいられると気が散る?」

「そんなことはないです」


昨日の月島を思い出す。

あれだけの集中力で描いていれば、隣に本物のミッキーマウスが座っても

気づかないだろう。


「でも、その格好じゃ寒いと思いますよ?」

「そうか?」


シャツの上にニット、下はジーパンとブーツ。

一応薄手のコートも羽織ってる。

この時期にしちゃ、じゅうぶんじゃないか?


でも、確かに月島はもっと着込んでる。

下は俺と同じくジーパンだけど、

上はセーターに薄手のダウン。

ひざ掛けも用意してある。


「スケッチはとにかく動かないから寒いんです。寒くなったら無理しないでくださいね」

「・・・わかったよ」



俺は月島の隣に座ると昨日のように、スケッチをする月島を眺めた。

月島はあっと言う間に絵の世界に入っていき、

俺の存在などまるで忘れたかのようだ。



一方、俺も、時間も忘れて月島の手の動きに見入る。


ほっそりとした白い手に握られるカラフルなクレパス。

そこからまるで魔法のように出てくる絵たち。


月島は昨日よりもゆっくりと時間をかけて描いていた。


それでも俺の目には「見る見るうちに」という感じで画用紙が色づいていく。

画用紙の中には見事なシンデレラ城。

その前で踊っているのはさっきのヌイグルミをモデルにしたのであろう、

サンタクロースの衣装を着たミッキーとミニー。

明るい空からはキラキラと光る雪が降り、

まさに「ファンタジー」と言った絵だ。


すごい。


ただの写生ではなく、想像でこんなものが描けてしまうなんて。

いや、このベンチからの風景は月島にはこの絵のように写っているのか?



一時間以上が経ち、ようやく絵が完成に近づいた頃、

俺と月島の前に人の気配がした。


顔を上げると、5歳くらいの女の子が、目を見開いて月島の絵を見ていた。

その目には・・・おお、まるで星が瞬いて見えるぞ。


いつの間にかその女の子は、絵の上に頭がかぶさるくらいの距離まで近づいていた。

さすがに月島も気が付き、顔を上げた。

女の子も月島を見る。


「お姉ちゃん、すごい」

「そう?ありがとう」


そう言って優しい笑顔になる月島。


月島って子供好きなのかな?

歩にもああいう顔するよな。

俺にはしないよな。


「・・・ほしい」

「え?」

「この絵、ほしい・・・」

「じゃあ、あげる」


おい。あげちゃうのか。


女の子の顔がパッと輝いた。


「いいの!?もらっちゃっていいの!?」

「いいよ。どうぞ」


月島はためらうことなく画用紙を外すと女の子に手渡した。


「ありがとう!!」

「どういたしまして」


女の子は絵を抱えて、嬉しそうに走り去ってしまった。



「いいのか?」

「はい。私は描ければいいんで。別に絵は手元に残らなくてもいいんです」


でも、あんなに凄い絵を、あんなにあっさりあげちゃうなんて・・・

もったいない。

月島の表情は晴れ晴れとしているからいいか。

でも・・・うーん、心なしか物足りなさそうだ。


「・・・また描くか?」

「いいんですか?」

「まだ描き足りない、って顔してる」

「・・・はい。それに1枚くらい持って帰らないと、クラスのみんなに申し訳ないですし」

「そうだな。見たがってたもんな、みんな」



月島は場所を変えて再び描きだした。


その後、もう一度場所を変えてもう1枚描いたところでさすがに寒くなり、

タイムアップとなった。



「さみー!!!!」

「すみません」

「月島が悪いんじゃないよ。でも全く動かないとこんなに寒いもんなんだな」


オジサンは風邪を引きそうだぞ。

若い月島は、とっても満足そうにほっぺを真っ赤にしながら微笑んでる。

なんか子供みたいだ。


・・・まあ、いっか。



「風邪、引かないでくださいね」

「うん・・・じゃあ、夕飯くらい付き合ってくれよな。なんかあったかいもん食いたい」

「はい」

「何がいい?」

「なんでもいいですけど・・・温かい物だったら、お鍋とか?」

「外食で鍋もなー。焼肉にでもするか」


俺がそういうと月島の目が輝いた。

・・・本当に肉が好きなんだな。





肉を食べながら、俺達は取り留めの無い会話をした。

特に爆笑するわけでもなく、

ごく普通に、クラスの話とか、勉強の話とか。

多少笑いはあったものの、全体的に穏やかな感じ。


藍原とデートした時は、お互いしゃべりまくって、笑いまくって、

すげえ楽しくてあっと言う間に時間が過ぎた。


あの時とは全然違う。

どちらかというと、篠原先生と食事した時みたいに、

当たり障りのない会話ばかり。



でも・・・なんでだろ。篠原先生の時みたいに疲れない。

藍原の時みたいに「とにかく今を楽しもう」って感じでもない。


騒がしい焼肉屋の中にも関わらず、ゆったりと心地よい時間が流れていく。



たまに、肉を口に入れた月島の目がキラッと輝く。

どうやら美味かったらしい。

そんな月島の反応を、別に突っ込むでもなくただ見ているのが楽しい。



こーゆーのって、初めてかも。



俺、本当に月島が好きなんだな。











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