第1部 第36話
「ひどいです。先生」
「まあそう言うなよ」
放課後の教室。
というか、8時だからもう夜の教室か。
今でもたまにこうして月島と二人で話すことがある。
月島の気持ちを思うと、こういうことはやめた方がいいのかもしれない。
単純に俺が話したくてやめられないだけだ。
い、いや、ほら、いつも戸締りはこの時間だからさ。
たまたま会っちゃうんだよ。
こんな時間まで勉強している月島が悪い。
「文化祭なんて、何もやりたくなかったのに・・・」
「ほら、そうだろ?月島は。だから俺は何かさせたかったんだよ」
「・・・ほっといてください」
「まあまあ。また飯でも奢ってやるからさ。歩も会いたがってたし」
月島は「なんでそんなこと言うんですか」とでも言いたげな恨めしそうな目で俺を見る。
だってさ。今まで通りにするってことは、今まで通りたまに歩と一緒に飯食ってもいいだろ?
と、自分を正当化する。
歩が俺の家に泊まりに来た日。
もう歩と月島は会わせられないなと思っていた俺に、
歩のやつ、
「まあ、真弥に協力してやってもいいから、俺をダシに月島さんとまた飯食っていいぞ。
真弥が月島さんのこと好きってのは黙っとくから」
とかほざきやがった。
誰が歩の世話になんかなるか、と思ったけど、早速お世話になることにした。
俺って、意志弱いなー。
「もう先生とはご飯とか行きません」
月島は、また右手で制服の左胸のとこを握って言った。
ちょっと動揺してるのかな?
「なんで?」
「なんで、って・・・」
俺としてはちょっと強引にでも誘いたいとこだけど、
さすがに月島に申し訳なくて、引き下がることにした。
「ま、別にいいけど。とにかく文化祭の日は頼むな」
「・・・はい」
それから文化祭までは、生徒はみんな大忙しだ。
部活の出し物とクラスの出し物の両方の準備をしないといけない。
5組の「コスプレ写真館」(かろうじてこの名前は許可された)は準備が少ないけど、
カメラマン役のやつらは写真の取り方の練習をしないといけない。
デジカメだからボタンを押せば取れるけど、
ちょっとワザを使おうと思うと、やっぱり練習は必要だ。
「うお!俺、こんないいカメラ触るの初めて!」
「おもーい!」
「三脚使うの?」
「このボタン何?」
「いいカメラ」と言っても、一つ5~6万というところだ。
実家にはもっといいカメラもあるけど(俺のじゃないけど)、
そこまでは必要ないだろう。
カメラマン役の生徒達と教室や校庭で撮影の練習をして、
試しに現像してみる。
みんな自分が「こういうのを撮った」という頭の中のイメージと、
実際の写真が違っているのがおもしろい、と何回も撮っては現像し、を繰り返した。
「・・・お前ら、その熱心さ、授業でも発揮してくれよ」
「無理」
まあ、とにかく5組としては無事に文化祭当日を迎えることができた。
「本城、遅い!」
「悪い、ちょっと職員室で時間食って・・・どうだ、客の入りは?」
「せんせー、おはよ!見てよ、これ!」
教室の入り口には生徒やら保護者やらでちょっとした行列ができていた。
ちらほらと教師の姿もある。
おお、中々繁盛してるじゃないか。
100円で写真撮ってもらえるなら安いもんだもんな。
しかも好きな衣装も着れるし。
月島は午前中に似顔絵を描くことになっている。
そっちの様子も見に行くと、クジで当たったカップルが早速月島に描いてもらっていた。
ちなみに「クジ」は俺の反対も空しく、赤が当たりの割り箸クジになった。
ああ、悪夢が蘇る。
描いてもらっているカップルは、学生だろうがどうみても朝日ヶ丘の生徒じゃない。
男の方は、私服でちょっと派手な感じ・・・というか不良っぽい奴だし、
女の方は、そんな男とは対照的に物静かな感じ、しかも車椅子。
そんな異色のカップルにも動じることなく、
月島は真剣な表情で画用紙に向かっている。
今日はせっかくだから、ということで月島がクレヨンを持参して色付きの似顔絵だ。
あ、クレヨンじゃないんだっけ?月島曰く、「クレパス」だ。
どう違うんだ?
お、ちょうど出来上がったようだ。
「あの・・・こんな感じでどうでしょうか・・・?」
カップルのリクエストなのか顔が強調されたコミカルな似顔絵だ。
これもすげー上手いな。
カップルも感動している様子。
「うわ、すげー・・・」
「ありがとうございます!額に入れて飾っときます!」
「そ、そんな・・・」
いや、その価値はあるぞ。
しかし。
次第に写真だけではなく、月島の似顔絵目当てで客が集まり始めた。
「クジで当たった人だけなんです!」
「えー?せっかく描いてもらおうと思って来たのに・・・」
受付でこんなやり取りがずっと行われている。
「あの・・・今、手があいてるから、よかったら描きましょうか?」
「月島さん!ダメよ。一人にサービスしたら他の人が文句言うから!」
「あ、そうか・・・」
月島が、左胸を抑えながら、どうしましょう?という目で俺を見てきた。
どうしよう、って言われてもなー・・・
俺としては「どーだ、うちにはすげー生徒がいるだろ!」という鼻の高い気持ちと、
予想以上の反響に月島に対して申し訳ない気持ちが入り混じっていた。
「月島。お前、1枚描くのにどれくらいかかる?」
「急げば15分くらいです」
「じゃあ・・・整理券でも配るか?月島は描けるか?」
「はい。描くのは好きなんで1日中でも描いてられます」
「でもそれじゃ、お前が文化祭を見て回れないだろ。午前中だけでいいよ」
「いえ。別に回るつもりもなかったんで、ずっと描いてます」
「・・・」
月島に似顔絵を描くように言い出したのは俺だ。
申し訳なく思いながらも、
即席で整理券25枚作り、似顔絵目当ての客に配った。
それからはひたすら月島は描いていた。
確かに楽しそうではあるけど、疲れないかな・・・
心配でなんとなく俺も教室を出る気になれず、
ずっと5組の中にいた。
そしてようやく写真の方も似顔絵の方も客が引いた4時半頃。
山下先生がやってきた。
「これが5組ですか。随分と評判でしたね」
「ありがとうございます」
「あ!山下先生!!こっち来てください!」
突然藍原が山下先生と俺の間に割って入って、
山下先生を月島の方に引っ張っていってしまった。
「月島さん!山下先生描ける?」
「え?うん」
「先生!座って!」
「ええ・・・?ああ」
言われるままに山下先生は月島の前に腰を下ろし、
月島は、クレパスでサラサラと山下先生を描き始めた。
リアルなものだけど、どこか柔らかくて、
山下先生の人の良さがよく表現された絵だ。
月島は真剣な表情で画用紙に向かう。
勉強をしているときとはまた違った真剣さだ。
こういう月島も悪くない・・・ってゆーか、いいな・・・
「山下先生。できました。どうぞ」
「はい。ありがとう・・・いや、これは凄いな。評判になるわけだ」
山下先生は画用紙を顔に近づけたり離したりして、感心しきりだ。
「山下先生、月島さんの手、見てください」
「・・・凄いね。大丈夫?」
「え?はい」
俺も月島の手を覗き込むと、もうクレパスでドロドロだった。
爪の間にも入ってしまっていて、しばらくは取れなさそうだ。
「うわ、月島。頑張ったな・・・」
「いえ。こんなに描いたの久しぶりで楽しかったです」
藍原が山下先生の横に屈みこみ、言った。
「山下先生。月島さん、一人で凄く頑張ってくれたんでクラスのみんなからお礼をあげたいんですけど、
いいですか?」
「いいと思うよ」
「よかった!はい、月島さん」
藍原が月島に差し出したのは・・・何かのチケット袋みたいだ。
月島が中を開けて驚く。
「これ・・・」
「散々描いてもらった後に、これもどうかと思ったんだけどね。月島さん、描いてみたいって言ってたから」
なんだろう、という顔をしている山下先生と俺に、月島がそれを見せた。
ん?ディズニーランドのフリーパス?
「一度ディズニーランドでスケッチしてみたい、って言ってたの思い出して。
みんなで200円ずつ出し合って、さっきこっそり買ってきちゃった」
といたずらっ子のような顔をして藍原が言う。
へー。ディズニーランドでスケッチね。
「ディズニーランドで遊びたい」じゃなくて「スケッチしたい」なんて、
月島らしい。
月島は感激したように、左胸の辺りを握りながら、ありがとうと微笑んだ。
「そうだ。せんせー」
藍原が俺に向き直る。
「せんせー、ついていってあげてね」
「え。なんで?」
「一人じゃ危ないじゃない」
「そうだ」じゃない!藍原、最初っから狙ってたな!?
「子供じゃあるまいし、危なくないだろ」
「でも、月島さん、描き始めると一心不乱だから、その間にお財布とかすられるかも」
「・・・」
「引率者としてついていってあげなよ。ねえ?山下先生?」
藍原は持ち前の可愛らしい笑顔で山下先生を覗き込む。
山下先生は、まさかそんな手には乗らないけど、
月島の働きに素直に感動したようで、「そうだね」とか言ってるし。
クラスのやつらも「だよなー」みたいな雰囲気だし。
俺は、そりゃいいけどさ。
嬉しいけどさ。
月島はどうなんだろう・・・
なんか怖くて月島を見れないまま、俺は月島についてディズニーランドに行くことになった。




