第1部 第34話
歩の誘拐騒動の翌日。
驚いたことに、麻里さんが俺の高校へやってきた。
しかもリクルートスーツのようなカチッとした姿で。
「麻里さん?」
「校長先生にご挨拶に来ました」
ご挨拶?
「昨日本城さんが、歩を探して下さる為に授業ができなかったことをお詫びしに来ました」
「そ、そんな・・・」
「それに本城さんのお陰で歩も見つかりました」
「遅かれ早かれ見つかってましたって」
「でも!一言お詫びを言わないと、私の気が済まないんです!」
俺は、いつに無く強気な麻里さんに思わず、じゃあどうぞ、と校長室へ案内してしまった。
校長と麻里さんは何故かお互い恐縮しまくり、
どっちが「お詫び」してるのかよく分からない状態だった。
俺としては、校長じゃなくて生徒達に事情を説明してほしいところなんだけど・・・。
「あと、本城さんの代わりに授業してくださった先生にもお礼を言いたいです」
「森田先生?い、いや、そんな必要は・・・俺からよく言っときましたんで」
「私からも言わせてください!」
「はい・・・」
と言う訳で、今度は麻里さんを連れて職員室へと向かった。
余談だが、この後学校中に、
俺が大学時代に孕ませた女と結婚する決意をして、その女を校長と教師達に紹介した、
という噂が一瞬にして広まったのは言うまでもない。
って、昨日出産したばっかりの女を、どうやって学校に連れてくるんだ。
余談と言えば、もう一つ。
麻里さんが帰った後、森田先生が呟いた。
「・・・あの人が噂の、未亡人のシングルマザー・・・」
「森田先生?」
「・・・とても子持ちには見えない・・・」
「森田せんせーい?」
心ここにあらず、と言った感じだ。
「・・・麻里さんが、お礼にって今夜食事に誘ってくれたんですけど、森田先生も行きます?」
「行きます」
そーですか。
こりゃ、明日には森田先生と俺が女を取り合ってるって噂が立つな。
しかも俺の子供を産んだばっかり(らしい)の女。
もう、どーにでもなれ。
そして何故だかよくわからないけど、
その日の夕食は、森田先生の奢りで、みんな腹一杯食べた。
特に俺。
森田先生と麻里さんは、
「すみません・・・私がご馳走するつもりだったのに・・・」
「いえ、僕が勝手に押しかけたんで・・・」
と、すっかり二人の世界だ。
で、その世界から締め出された男が二人。
「おい、真弥。今夜は俺をお前んちに泊めろ」
「そう方がよさそうだな」
「あの人、俺のお父さんになるのかな?」
「なるかもな。いい人だから大丈夫だ」
「真弥の保証なんてアテになんねー」
夜道で向かい合って照れくさそうに話す森田先生と麻里さんを、
少し離れたところでヤンキー座りをしながら歩と眺めた。
「森田先生は教師やってるくらいだから子供は好きなはずだし」
「今更『お父さん』なんていらねー」
「なんでだよ。『お父さん』がいれば、麻里さんだってちょっとはゆっくりできるだろ。
歩と遊ぶ時間も増えるぞ」
「・・・うん」
「それに、確か森田先生ってゲーム好きで色んなゲーム機持って・・・」
「よし。俺のお父さんに任命しよう」
「・・・」
「真弥は兄貴に任命してやる」
「退任してやる」
結局、本当に歩は俺の家に転がり込んできた。
一人暮らしの俺にとっては自分の部屋に誰かいるなんて、なんだか新鮮だ。
その「誰か」が歩だってことにはこの際、目を瞑ろう。
俺のベッドに転がりながら歩が言った。
「そーいや、月島さんとはどうなった?」
「おい。その前に、なんで歩がベッドで俺がソファーなんだ」
「俺、お客様だもん」
「・・・」
「お客様は神様です」
「そんな標語覚えてる暇あったら、算数の公式の一つでも覚えろ」
「で、月島さんとはどうなった」
どうもこうもねー!
「月島は生徒だぞ。どうにもなってない」
「真弥は月島さんのこと好きじゃないのかよ」
「生徒としては好きだ。月島が俺のこと好きって言ったのも、教師として好きってことだろ」
今後は、歩→麻里さん→森田先生、というルートも考えられる。
おいそれと歩に暴露話はできない。
「真弥・・・俺を舐めるなよ」
小学3年生のガキを舐めるも舐めないもない。
「月島さんの『好き』は本当の『好き』だ。そんなこともわかんねーのか、真弥は」
「・・・お前、なんでそんなに生意気なんだ」
「それに、真弥だって、月島さんのこと本当に好きなくせに」
「・・・好きじゃないし」
俺はちょっと後ろめたい気持ちになりながら答えた。
「お。今、後ろめたい気持ちになったろ?」
「・・・」
「そんなんじゃ、月島さんに彼氏ができた後に泣くことになるぞー」
「・・・」
「月島さん、綺麗だもんなー。卒業まで、後1年ちょっと?
卒業を待たずに真弥のことなんて忘れて、すぐに彼氏ができるぞー」
「・・・」
「ま、俺は月島さんが幸せなら真弥なんてどーでもいいけど」
「・・・歩、もう月島と会わせないぞ。もうトレカもらえないぞ」
「いいよーっだ。月島さんの携帯聞いたから、直接会うもん」
「・・・」
「もう真弥が月島さんを連れ出す理由に使われてやんねー」
「お、お前、いつの間にそんな意地悪になった」
くそ!
小学生のくせに、こいつ随分色々わかってんじゃねーか!
これはますます、もう月島と歩は会わせられない。
歩が「真弥も月島さんのこと好きだってー」とか言った日にゃ、目も当てられない。
ちょうどいい機会だ。
歩のことは森田先生に一任しよう。
うん。そうしよう。
・・・って、退任されたらどうしよう。




