第1部 第33話
俺が歩の小学校に駆けつけたとき、
校門の前はにわかに慌しくなっていた。
パトカーが1台と、教師らしき人が数人、そしてその真ん中には麻里さんがいた。
「麻里さん!」
「あ、本城さん!」
「歩、いました?」
「いえ・・・まだ・・・」
麻里さんは真っ青だ。
俺は再び車に乗ると、歩の自宅やおじいちゃんの家、それに近くの公園とかを回ってみた。
車を置いて、歩き回ってもみた。
見つからないで欲しいと思いながら池とかも覗き込んでみた。
でもやっぱりいない。
身代金とかの電話があった訳じゃないから、まだ誘拐とは決められない。
でも、歩から全く連絡がないのはおかしい。
連絡できない状況にあるのか?
やっぱり誘拐されたのか?
いや、それとも・・・そうだ、登校中に事故にあったとか?
それなら・・・
「病院?」
俺はカーナビで近くの大きな病院を探し、手当たり次第に行ってみた。
でも全て空振り。
受付で聞いたみたけど、どこの病院も今朝小学生が運び込まれたということはなかったらしい。
がっかりしたような、ほっとしたような・・・
いや。
もしかして、事故を起こした奴が発覚を恐れて歩をどこかに連れて行ったとか・・・
それなら歩からも犯人からも連絡がないのも当然だ。
こういう時、想像は悪い方にしか膨らまない。
まだ犯人の元に歩はいるのか?
それともどこか人目につかないところに放置されたのか?
富士の樹海とか?
俺は考え込みながら、最後に訪れた病院のロビーを足早に抜け、駐車場へ向かった。
・・・あれ?
今、視界の端に、何か見慣れたものが・・・
俺は立ち止まってロビーの椅子の方を振り返った。
「・・・歩?」
「あれ?真弥?何やってんだ、こんなとこで」
「・・・」
俺は幽霊でも見るように、椅子にちょこんと座る歩を見ていた。
「真弥?おーい?」
「・・・おーい、じゃない!!!お前、何やってるんだ!!!」
病院のロビーということも忘れて、俺は思わず大声で怒鳴った。
周囲の人が振り返る。
歩もビックリしたような顔をした。
でも、そんなの今はお構いなしだ。
「みんな、歩のこと探してるんだぞ!!!何してたんだよ!!!」
「・・・ご、ごめん・・・」
歩が小さくなっていると、慌てて看護婦さんが俺の元に走ってきた。
「あの、この子のお知り合いですか?」
「そうです!」
思わず看護婦さんにも噛み付くように答えた。
「あの・・・この子、倒れたおばあさんを連れてきてくれたんです」
「え?」
看護婦さんが申し訳なさそうに言う。
「道で倒れていたおばあさんを見つけて、この子が救急車を呼んでくれたんですけど・・・
うちの救急隊員が、この子がおばあさんの孫だと勘違いして一緒に救急車で連れてきてしまったんです」
「・・・」
「それから処置などでバタバタしてまして・・・さっき、ようやくこの子は倒れていたおばあさんとは
何の関係も無い子だとわかって、今、親御さんと小学校に連絡しようかと・・・」
「・・・」
俺はヘナヘナとその場にしゃがみこんだ。
それから俺はすぐに麻里さんの携帯に連絡した。
最初、気が動転していた麻里さんは事情が飲み込めず、
歩が救急車で運ばれたと勘違いして気絶しそうになった。
でもようやく状況を理解し、すぐに駆けつけるとのことだ。
歩の話によると、
病院に到着後、小学校に連絡しようとしたけど電話番号がわからず・・・
でもまさか大騒ぎになってるとは思わなかったから麻里さんにも連絡しようとは思わず・・・
ということだったらしい。
そりゃまあ・・・
小学校の電話番号なんて覚えてないよな。
大騒ぎになってるって知らなかったら、仕事中の母親に電話なんてしないよな。
「病院の人に小学校名言えば、電話番号くらい調べてくれるだろ」
「でもさ、みんなすげー忙しそうで声かけれなかった」
「・・・それはお前がずっと救急外来にいたからだろ」
救急外来なんて、病院の人は走り回ってて当然だ。
「で、そのおばあさんは?」
「うん。大したことないみたい。さっき意識も戻ってお家の人にも連絡取れたって」
その時、凄い勢いで麻里さんが病院に入ってきた。
俺は、さっき自分がわめき散らしてたことも忘れて、
今度は「まあ、まあ」と麻里さんをなだめる番になった。
ようやく麻里さんが落ち着いたところで、歩がふと言った。
「そーいや、真弥。学校は?」
「だから、大騒ぎだったんだって。警察まで・・・」
「俺の小学校じゃなくて、真弥の高校」
「・・・あ・・・森田先生に授業頼んでたんだった・・・」
既に12時を回ってる。
やべ!
午後の授業までには帰らないと!
麻里さんも、ようやく俺がここにいることが何を意味するか気づいたようだ。
「あ!そうですよね!本城さん、お仕事中だったんですよね!?すみません・・・
一緒に探して頂いてしまって・・・」
「い、いえ、それは全然いいんですけど・・・失礼します!」
俺は慌てて学校へ戻り、なんとか午後一の5組の授業に滑り込んだ。
が。
なんだ?
なんか生徒の目が冷たいんですけど?
「おい。お前ら。何か言いたいことでもあるのか?」
「本城・・・ちゃんと責任取らなきゃダメだぞ」
遠藤が冷たい視線を俺に送りながら言う。
「責任?」
「逃げるのは卑怯だ」
は?
どうやら、朝は学校にいた俺が、午前中の授業をほっぽり出して学校を出て行ったため、
なんかあらぬ噂が立ってるようだ。
見たくないと思いながら、月島の方をチラッと見ると、
遠藤に負けず劣らず冷たい目で俺を見てる。
おーい?
「遠藤・・・俺が今まで何してたと思ってるんだ?」
「アレだろ」
「アレ?」
「立会い出産」
「たちあいしゅっさん?」
「子供が生まれるところに立ち会うやつだよ」
それくらい知ってるぞ。
「なんで俺が立会い出産なんかしないといけないんだ?」
「大学時代に孕ませた女の出産に立ち会ってたんだろ?
教師が授業放り出して慌てて学校出て行って、
でも数時間後に戻ってくる、なんて、出産以外考えられない」
「・・・」
「本城。ちゃんと結婚してやれよ」
「・・・さあ、授業始めるぞ」




