第1部 第29話
まだ暑さが厳しい、9月初めの日曜日。
藍原とのデートだ。
色々悩んだ挙句、
俺の車で他県の大型レジャー施設へ行くことにした。
遊園地にショッピングモールとかレストランがくっついてるとこだ。
藍原は高校生だから、大学生以上と付き合わない限り車でデートってのはありえないだろう。
それに、やっぱり人目は気になる。
知り合いに出くわさないように、高速を使っても片道2時間はかかるところにした。
藍原が喜ぶかどうか心配だったけど、
デート内容を前日に伝えると、とても喜んでくれた。
「車でデートなんて初めて!」
「そっか。よかった」
「楽しみにしてるね!」
「うん」
藍原は満面の笑みだ。
・・・本当に嬉しそうだな。
藍原が俺を本気で好きだとは思ってない。
いや、藍原は本気のつもりかもしれないけど、
学生時代に教師を好きになるって言うのは、
一種のイベントというか、「そういう状況に憧れてる」状態だと思う。
でもそのせいで、本来の幸せを逃してしまうのもかわいそうだ。
それもまた成長するために必要な経験かもしれないけど・・・
まあ、今回は遠藤のためにも、ちょっとお節介をしよう。
駅前の駐車場で朝早く待っていると、藍原がやってきた。
先月、月島と図書館に行った時を思い出すな。
でも、藍原の服装は、月島とは全然違う。
かわいいタンクトップにボレロ風の半袖のジャケット、デニムのミニスカート、
足元はちょっと高めのサンダルで綺麗にペディキュアをしている。
髪も化粧もいつもより派手目だ。
・・・うーん、かわいいな・・・
17歳とは思えないくらいスタイルいいし。
月島がいなかったら、惚れてたかも。
って、おいおい、しっかりしろ、俺。
いちいちかわいい生徒に惚れてたら教師なんてつとまんねーぞ。
「おはよう!」
「おはよう。かわいい格好だな」
「えへへ。ありがと」
照れくさそうに笑う表情もまた可愛らしい。
藍原には申し訳ないが、やっぱり何かと月島と比べてしまう。
でも月島と比べても、純粋に可愛らしいと思える。
車に大はしゃぎの藍原を乗せ、
一路目的地へ。
幸い渋滞もなく、予定通り開園時間くらいに着くことができた。
「うわー!こんなところ初めて!さすがに遠藤とじゃこんなとこは来れないよね」
「そうだな。まあ、大学生になったら来れるんじゃないか?」
「それまで続いてるかなー」
「おい」
予想に反せず、藍原はジェットコースター好きだった。
俺も結構好きだから、
俺達は広い園内にある何種類ものジェットコースターにひたすら乗り続けた。
さすがに目が回りそうだ。
昼飯を食って、またいくつかアトラクションを制覇した後、
こんどはショッピングモールの方へ入って、
ブラブラしたり、コーヒーを飲んだり・・・
本当に普通のデートだ。
就職してからこういうデートってしたことがないから、
久しぶりだな。
てゆーか、彼女すらいなかったし。
なんか錯覚してしまう。
思わず手でも繋いでしまいそうだ。
思いのほか楽しくて、あっと言う間に時間は過ぎ、
帰りは車を飛ばしたものの、朝待ち合わせた駅に戻ってきたのは、
もう夜の7時を過ぎていた。
俺と藍原は一緒に車をおりた。
「センセ、今日はありがとう。すごい楽しかった」
「どういたしまして」
「・・・あのさ」
「うん?」
藍原がモジモジする。
こんな藍原は珍しい、というか初めて見る。
「・・・」
「なんだよ?」
「・・・キスして、ほしい」
「へ?」
えー・・・それはさすがにマズイだろ。
藍原が生徒じゃなかったら、それくらい全然いいけどさ・・・
俺が困った顔をしていると、藍原は懇願するように言った。
「お願い。もう何もねだらないから。絶対。これで最後」
「・・・だめだ」
「お願い」
俺は軽く首を振った。
「どうして?私のこと嫌い?」
「そうじゃなくて」
「生徒だから?」
「うん」
「月島さんでも?」
「そーゆー問題じゃ・・・えっ?」
俺は油断して思いっきり驚いた顔をしてしまった。
「な、なんで月島が出てくるんだよ」
「だって、センセ、月島さんのこと好きなんでしょ?」
・・・デジャブ?いや、コン坊に全く同じこと言われたんだった。
だけど、藍原はコン坊とは違う。
「うん」とは言えない。
「そんな訳ないだろ。なんでそう思うんだよ」
「だって・・・二人で抱き合ってるのみたから」
「はあ?いつ?」
「夏休みに。教室で」
夏休み?
教室?
そんなわけ・・・
あ。もしかしてあれか?
月島が溝口にキスされて震えてた時のことだな?
まさか藍原に見られてたとは。
「なんだ。あれは違うよ」
「え?」
「あれは・・・なんて言うか、月島が貧血みたいなの起こして倒れたから介抱してただけだよ」
「そうなの?」
「うん」
あー、焦った・・・
「でも、センセーが月島さんのこと好きってゆーのは、間違ってないでしょ」
「・・・なんでだよ」
「だって、さっき驚いたとき、『なんで知ってるんだ』って顔してた」
うっ。
「・・・」
「今更隠しても遅いって」
藍原はクスクスと笑う。
「・・・藍原はイヤじゃないのかよ」
「うーん・・・イヤじゃないよ。ただ・・・」
「ただ?」
「うまくやってね」
「え?」
「センセーが何か責任とか取らされて、いなくなっちゃう方がイヤだ」
「・・・」
藍原は少し思いつめたような目で俺を見る。
そうか・・・
藍原にとって、生徒にとって、
一番イヤなのは、
好きな先生に好きな人や恋人ができることではなく、
その先生がいなくなってしまうこと。
「・・・大丈夫だよ。うまくやるも何も・・・何もないから」
「そうなの?どうして?」
「どうしてって・・・」
「付き合わないの?」
「なんでそうなる。月島は俺のことなんて教師としてしか見てないだろ」
「そうかなあ。月島さんて教師とあんまりしゃべったりしないけど、センセーとは結構普通じゃない?」
「普通なだけだ」
「ふーん・・・ま、頑張って」
「頑張らないって」
「頑張らないとみんなにバラすよ?せっかく私が諦めてあげるのに」
諦めてあげる、って何なんだ。
確かに、諦められないってのも困るけど。
俺が苦笑すると、藍原は少し寂しそうに微笑んだ。
そんな藍原を見てると、こっちが切なくなる。
俺は藍原を抱き寄せて、額にキスをした。
「これくらいで許しといてくれ」
「・・・うん。ありがとう」
藍原は目一杯微笑むと、バイバイ!と元気に走って行った。




