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第1部 第21話

盆休みを控え、職員室の中も浮き足立った空気が漂う。

何の予定もないけど、俺もなんとなく仕事が手につかない。

もしこれで、この前みたいに月島と何か約束でもあろうものなら、

完全に仕事どころではないが、

幸か不幸かそんなものはない・・・


授業がないのをいいことに、なんとか1日の仕事を終わらせ、

いつものように、戸締りをしに、教室に向かった。

2年の教室は3階だ。

階段を上がったところで、前に大きな人影が見えた。


あれは・・・溝口?

そう、3組の男子だ。

前、月島が一人残る教室に入っていった奴・・・


まさか、と思い俺は階段の手すりの影から、

溝口の後姿を目で追った。

溝口はあの時みたいに、5組の教室を廊下から覗いてから、

中へ入っていった。


俺は何故か足音をさせずに、急いで5組の教室にむかい、

閉められた扉の小窓からそっと中を見た。


いつものように、月島が一人、教室にいた。


溝口は月島の隣の席に座り、

月島に何か話している。

月島は、と言えば、左胸の襟を握りながらそれを無表情で聞いている。


と、急に月島は机の上の勉強道具を片付け鞄に押し込むと、

足早に教室から出ようと扉に向かってきた。


やべ、みつかる!

そう思って俺が扉から遠ざかろうとした瞬間、

溝口が月島の肩を掴んだ。



まるでスローモーションを見てるみたいだった。


溝口はそのまま月島の肩を自分の方へ引っ張ると、

月島にキスをした。


俺はその場で固まって目が離せなかった。



どれくらい時間が経ったか・・・

多分、数秒なんだろうけど、俺には物凄く長く感じた。


月島が溝口の胸を押し返し、溝口から逃れた。

そして再び扉に向かって駆け出そうとする。

だけど溝口は月島を逃がさず、腕を掴み何かを言った。


月島は怯えるように身を縮める。



俺は・・・俺は、どうしたらいいだろう?

月島は明らかに嫌がっている。

入って行って、溝口を止めるか?

それとも、生徒同士のことだ。放っておくか?

でも・・・



だけど、タイミングが良いのか悪いのか、

俺の手の中の教科書が、ドサッと廊下に落ちた。

まるで漫画やドラマのようだ。

それだけ俺が動揺してたってことか。


その音に溝口が、ハッと顔を上げ、俺を認めた。

そして、ちょっと迷ったようだが、月島から手を離し、

扉を開けると、気まずそうに俺をチラッと見て、足早に廊下を去って行った。


俺はしばらく、溝口の後姿をポカンと見ていたが・・・


月島!


俺は慌てて教室に入った。

月島は自分を抱きしめるようにして床に座り込んでいる。


「月島!大丈夫か?」

「・・・」


月島は、必死に頷いたが身体が震えていて、とてもじゃないけど大丈夫そうではなかった。

俺は思わず月島を抱きしめ、肩をさすった。

でも月島の震えは止まらない。


俺は月島を抱きしめながら、自分の中にある感情に名前をつけるのに苦労していた。


なんだ、これは?

嫉妬?

違うな。

だって、月島は明らかに溝口を拒否していた。

じゃあ、なんだ?

なんか、モヤモヤとして、落ち着かない・・・


それが「怒り」だということに気づくまでにしばらくかかった。

そしてそれに気づいた瞬間、愕然とした。


何を怒ってるんだ、俺は?


自分を落ち着かせようと、俺はわざと理論的に考えた。


多分これは、自分のクラスの生徒を傷つけられたっていう怒りと、

自分の好きな女を傷つけられたっていう怒りだ。


前者の怒りってどうなんだ?

俺のクラスじゃないとは言え、溝口だってこの高校の生徒だ。

3年になった時に俺のクラスの生徒になるかもしれない。

この怒りは、自分のクラスの生徒だけが特に大切に思えてしまう、

俺の教師としての未熟さからくるもんだろう。


ましてや後者なんてとんでもない。

そりゃ、好きな女を傷つけられたら怒るさ。

でもそれで、月島と同じ生徒である溝口に対して見る目が変わるなんて、

教師として、ってゆーか、社会人として・・・違うな、大人として、あるまじきことだ。


なんだ、結局この怒りは全て、俺のおとなげ無さから来てるもんじゃないか。

ダメだな、俺って。



俺が勝手にそんな自己分析をしてる間も、月島の震えは一向に治まらない。

どうしたんだ?

確かにあんなデカイ男に無理矢理迫られたら怖いだろうけど・・・

なんかちょっと、尋常ではない気がする。


「月島?」

「・・・すみません・・・大丈夫・・・です」


月島はようやく顔を上げ、俺から離れた。

俺は、

怒りが顔にでないように、

冷静でいられるように、

自分を抑えるのに必死だった。


月島は左胸を抑えて軽く深呼吸をし、無理に少し微笑んだ。


「ごめんなさい。ビックリしますよね?本当にもう大丈夫です」

「そうなのか?なんか・・・普通の震え方じゃなかったぞ?」

「・・・はい・・・」


月島は俺から目を逸らし、気まずそうに言った。


「私、昔ちょっと男の人にイタズラされたことがあって・・・それでこういうのダメなんですよね」

「はあ!?」


冷静であろうという俺の努力は一瞬で崩れた。

俺の大きな声に月島も驚いたようだ。


「先生?」

「なんだよ、それ!?何されたんだよ?いつ?誰に!?」


完全に面食らった月島は、ポカンとして、また少し微笑みながら言った。


「本当に大したことじゃないんですけど・・・。中学2年の時に、その・・・クラスの人に」

「中学2年・・・」


たった3年前じゃないか。

子供のうちは、女の方が身体が大きいが、中学2年と言ったら、いい加減男も大きくて、

力じゃ完全に女を上回る。

小柄な月島が全力で抵抗しても逃げられなかっただろう。


「・・・」

「先生?どうしたんですか?」

「・・・いや・・・」


ああ、今度こそダメだ。

今なら速攻でキレられる。


自分自身をどうしていいか分からず、

俺は床にしゃがみこんだまま、押し黙った。


そして、動揺しまくってた俺は、廊下の走り去る足音に全く気づいていなかった。




翌日。


俺は重苦しい気分で学校に来た。

昼前に一度教室を覗きに行ったが、月島はいなかった。


もしかしたら前みたいに図書室で勉強してるかもしれないけど、

昨日あんなことがあったんだ、

多分、今日は来てないだろう。




昨日は、さすがに月島を一人で帰らせる気にはなれず、

俺が家まで送っていった。

でも、正直送りたくなかった。

月島といればいるほど、怒りが大きくなりそうで・・・

できれば一人でぼうっとしていたかった。


俺がそんなんじゃ、月島も言葉をかけづらかったのか、

二人して沈黙したままだった。






職員室に戻る前、体育館を覗いてみた。

中にはバスケ部とバレー部が練習をしている。

溝口は確かバレー部だ。


休憩中の溝口は俺を見つけると、

一瞬目を逸らしたが、諦めたかのように俺の方へやってきた。


俺は別に溝口に言いたいことはなかったんだけど・・・

いや、やっぱり何か言いたかったのか?

だからここに来たのか?



「・・・昨日はすみませんでした」

「なんで俺に謝るんだよ。教師が怒るようなことじゃないだろ」


そう。教師が怒るようなことじゃない。

怒ってしまってる俺が悪い。


「謝るなら、月島に謝れよ。ちょっと・・・ショック受けてたぞ」

「ショック?それだけですか?」

「え?」

「・・・」

「お前、もしかして・・・知ってるのか?」

「先生も?」

「・・・昨日、月島から聞いた」


溝口は、そうですか、と目を伏せた。


「知ってるの何も、あの時月島を助けたのは俺なんです」

「えっ。そうなのか?月島と同じ中学なのか、お前」

「はい。中学2年の時は、クラスも部活も一緒で・・・」



溝口によると、それは中学2年の冬のことだったらしい。

まだ遅い時間ではなかったものの、もうすっかり暗くなった頃、

帰宅途中の溝口は部室に忘れ物をしたことを思い出し、引き帰した。

その時たまたま、部室の中で男に押さえ込まれてる月島を見つけ、助けた。

でもすっかり怯えた月島は、結局部活を辞めてしまった。


今、月島が何の部活もやっていない原因はそこにもあるのかもしれない。


「俺、月島に、校長先生に話そうか?って言ったんですけど、

月島は、誰にも知られたくないから、いいって」

「そうか・・・」

「それ以来、俺、なんとなく月島のこと気にかけてるうちに、

月島のこと好きになって・・・でも、結局、あの時と同じこと、俺やってるんですね・・・」


溝口はため息をつきながら、独り言のように呟いた。


「そんなことないだろ。月島だってわかってるさ」


なんと言ってやっていいかわからず、

俺はそんな適当な言葉しか言えなかった。


溝口は軽く礼をして、また部活に戻った。

俺は、そんな溝口を見て、ふと違和感を覚えた。


なんだ?

なんか、溝口の話で腑に落ちないことがあった。

でも、それが何か分からない。

なんだろう・・・溝口が嘘を言っているようにも思えないし・・・。


俺は一人、首を傾げながら職員室に戻った。


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