黒剣は天の矢を否定する
バキィンッ!
王剣と光の矢が交錯し、金属を砕くような音が戦場を切り裂いた。
爆ぜる火花、押し出される衝撃波。
巻き上がる砂煙に、兵たちが一斉に身を伏せる。
「……嗚呼。恐ろしい。さすがは“王”ですね」
天使は微笑を浮かべながら、風に乱れる髪をそっと押さえた。
その口調は穏やかで、まるで美術品でも鑑賞するかのような優雅さ。
「その暴力で築かれた王国――とても素敵です。
血と屍の積み重ねが、きっと玉座をより高く見せてくれるのでしょうね?」
「……ほう? 言葉遊びで誤魔化すか、天の使い」
マンタティクスが鼻で笑い、王剣を軽く振る。
その一閃が地を裂き、土煙が爆ぜた。
天使は一歩下がりながら、悠然と次の矢を構える。
「私はただ、真実を言っているだけです。
“王”を名乗る者が剣を振るう姿――なんて滑稽で、哀れなことでしょう」
「哀れ……だと?」
「ええ。まるで、自分の価値を“力”でしか証明できない獣のよう」
矢が放たれる。
王剣がそれを弾き、金属の軋む音と共に火花が散る。
「だがご安心を。貴方のような“間違い”は、必ず修正されます」
「……フッ、どこまでも気にくわんな。貴様の口の利き方も、存在も、何もかも」
マンタティクスが静かに剣を構える。
だがその瞳は、怒りではなく――明確な殺意に変わっていた。
「言葉で飾った“処理”など通じぬと、身をもって学ぶがいい。――王の裁きをな」
──────
魔王城・中央食堂。
貴族用の特別席に、座る堕天使が一人。
「……ふぅ。今日のダスクウィングの黒揚げ、香りは及第点ですけれど、皮が甘すぎますわね」
品のいい口調でそう呟きながら、二十人前の食事を片っ端から片づけていた。
皿が鳴るたびに、周囲の魔族たちが視線をそらす。
だが当の本人はまったく気にした様子もなく、淡々と箸を進め続ける。
「……堕天使、話がある」
そこに、背後から声がかかる。
――魔王マンタティクスが現れた。
「“堕天使”とはまた失礼な呼び方ですね。ええ、事実ではありますけれども……あ、それソースかけないでくださいまし。味の調整が崩れますので」
「これから先、天使との戦いは避けられん。そこで――」
「……前置きは結構です。魔族が天使に勝てる確率は、限りなくゼロですわ」
「なぜだ」
「……」
「それより、随分と雰囲気が変わりましたね。以前は今ほどの威圧感もなければ、王者の器も感じませんでしたが?」
「演じているだけだ。我が想像する“王”をな。――この街で生き延びるためには必要だったというだけの話だ」
「ご苦労なことです。元は犯罪者の吹き溜まり、このアルカディアを一つの国家に仕立て上げたのですから。弱者が搾取される構造を、力で捻じ伏せる――実に魔王らしい」
「……我が来歴などどうでもよい。天使に勝てぬ理由を述べよ」
「話す義務はございませんわ」
「この食堂は我が城の一部だ。その意味、理解しているだろうな?」
「なっ……!? 脅しのつもりですか?下衆な真似を……王の名が聞いて呆れますわ」
「貴様は今や天使ではなく“堕天使”。立場が変われば、我らと同じ穴の狢だ」
「……ひとつ忠告しておきます。今この国が維持されているのは、貴方の“相棒”のおかげですわよ?」
「それは認識している」
「……」
「……」
「……魔族の始まりをご存じですか? 我々は、魔神様によって“創られた”存在です」
「……」
「驚かないのですね?」
「御伽噺が現実になっただけだ。覚悟はとっくにできている」
「さすがです。愚かな反応を見せないのは、僅かに評価できますわ」
「続けろ」
「魔神様は、魔族を管理するために秩序を創り、そのための上位存在――“天使”を創出しました」
「天使は、名前を持たぬ。世界のルールそのもの。唯一、魔神様の“加護”を受ける存在です」
「加護……?」
「ええ、“絶対防御”とでも申しましょうか。
それは恐怖と魅了で魔族の戦意を奪い、あらゆる攻撃を無力化します。魔法も、武器も――」
「なるほど。理解はできる」
「だからこそ、直接の対決は避け、人間に託すのが最良でしたのよ。人間にはその“気力抑制”が働かない。あの二人なら、まだ道があったはず」
「ハルカとエスは客人だ。彼らの選択を縛る筋合いはない」
「でしたら、せめて“任せる”という選択肢もあったでしょう。――あなたの相棒に」
「それはできん」
「なぜ?」
「それは……」
「ふふ。己の“成長”を見せたい、と?」
「……」
「可愛らしい動機ですこと。まさに“王”の中でも類を見ない、自己陶酔型」
「……」
「ほんとうに、あなたは魔王ですわ」
「どういう意味だ」
「己の欲求を通すために、国を、民を、仲間を危険に晒す。そんなの、どの国の魔王も同じですわ。己のために動き、己のために滅ぶ」
「……」
「けれど、貴方は……」
「――黙れ。戦うのは我だ」
「傲慢ですわね」
「傲慢だと? ならば聞け、堕天使。貴様の理屈では、天使は魔族への対抗策として創られた。ならば我が相棒――ネバーさんの存在が魔神に察知されれば、“それ”に対抗する新たな天使を創りかねん」
「……」
「そうなれば、我らに残された道は一つもなくなる。――だから、我が前に出る」
「……理屈としては成立してますわね」
「それで、どうすればよい?」
「…………」
(ルシ、無言で漆黒の羽を差し出す)
「なんだ、これは?」
「私の羽。変異した天使の証。――それは“堕ちた者”の力。
一度きり、あなたの異能でそれを使いなさい」
「……きっとそれが、神の導きですから」
──────
黒の王剣が風を切り裂き、轟音と共に振り下ろされた。
天使はその一撃をかわすでもなく、ゆっくりと空中で後退する。
「まったく、物騒なお方ですわ。
そんなに“処理”されたいのでしょうか?」
揶揄するようなその声に、マンタティクスは笑みすら浮かべる。
「戯れ言はそこまでにしておけ」
天使の指先から、連なるように矢が放たれる。
音より早く、空を切り裂く光の矢が王の胸を狙う――
だが王剣はそれらを軽く弾き、火花と風圧を撒き散らした。
「そんな矢では我を貫けん」
「ええ、知っていますとも。ですが、矢の目的は“貫くこと”ではなく、“流れを作ること”です」
次の瞬間、天使が速度を上げ、死角から切り込んでくる。
まるで舞うような身のこなし、鋭く放たれた踵落とし。
マンタティクスは王剣で受け止め、そのまま地を滑らせる。
地面が削れ、衝撃で土煙が巻き上がる。
「ふん……この王に近づけたことを褒めてやろう」
「それは光栄ですわ。もっとも、貴方が“王”を名乗れる時間も、もうわずかでしょうけれど」
その言葉に、マンタティクスの口元が吊り上がる。
「……なるほど。やはり貴様、己が“敗れる”など微塵も考えていないな?」
「当然ですわ。私たちは魔神様の意志そのもの。
魔族に“勝利が保証された存在”……そう在るように設計された者です」
マンタティクスの足が止まる。
剣先が、地面を向いた。
天使が眉をひそめる。
「……?」
「では教えてやろう。“設計”された者が、どれほど愚かかをな」
瞬間、王剣が唸りを上げる。
剣に纏うは、淡く黒い光――それは、確かに“異なる”ものだった。
「何を……その力……」
「これは、貴様ら天使の羽より削ぎ落とした一枚より、我が“創った”刃だ。
堕ちた天使――“ルシ”のな」
目を見開く天使。
それが何を意味するか、瞬時に理解してしまったからこそ――動けなかった。
「……っ――」
次の瞬間。
王剣が一閃。
斬撃音すら聞こえなかった。
ただ、空気が切り裂かれる音と、僅かな風の流れが通っただけだった。
そして。
天使の身体が――肩口から、真っ二つに裂ける。
血は流れない。
加護ごと両断された肉体は、静かに崩れ落ちる。
「嘘……だ……」
かすれる声を最後に、天使の目から光が消えどしゃりと2つが倒れた。
マンタティクスは剣を肩に担ぎ、静かに呟く。
「貴様が信じた平和も正義も――この王の前では、ただの幻想に過ぎん」




