堕天使が堕天に堕ちる時
泉の周りには木々が生い茂り、静かな風がさざ波を立てる。
月明かりが水面に反射し、まるでそこに別の世界が広がっているかのように幻想的な雰囲気が漂っている。
泉は澄み切った水をたたえ、その底には輝く石がちらほらと見える。
その美しさは一瞬の平穏を感じさせるが、そこに立つ天使の表情は、心の嵐を隠しきれない。
「な……え?」
天使は目を見開き、言葉を失った。
彼女の目の前には、自分と瓜二つの存在が舞い降りてきたのだ。
片翼を失った彼女の前に立つその天使は、まるで鏡に映ったもう一人の自分……いや、相手には失われたはずの翼があり、その存在はむしろ彼女よりも完成されている。
「フフッ、驚いてるのかしら?」
その美しい声は彼女のものと全く同じだが、冷たく響く、目の前の天使はさらに翼を広げ、見せつけるかのように優雅に舞う。
「わ、私が二人……?」
片翼の天使は、その姿に驚きと混乱を隠せず、以前魔王達の国に来ていた時の威厳や余裕が失われていた。
「こんな所にいたんですね……不良品」
その言葉に、片翼の天使は困惑した表情を浮かべる。
「……は?」
「魔神様がアナタが帰らないって言うから心配してましたよ」
その言葉を聞いて、片翼の天使は一瞬喜びに満ちた表情を見せた。
「魔神様が!なら今すぐ__」
だが、その言葉が終わる前に、もう一人の天使が彼女の首元に指を当てる。
「心配して、私を新しく作られました」
「……え」
「フフッ、そう、私は特別なのです」
彼女の背中から新たに二枚の白い翼が現れ、それまでの翼と共に四枚の翼が優雅に広がった。
その白い翼はまるで新雪のように透き通り、光を受けて柔らかく反射し、天使の存在をさらに神々しいものへと引き立てていて、純白の羽根一枚一枚が、まるで雲のような軽やかさと清らかさを備え、眩い美しさを放っていた。
「私は『管理者』」
「かん、り?」
「アナタが帰ってこないことで、魔神様の考えは変わり、新たに20人の天使を作り出しました。私はその管理者よ」
「20……?」
「フフッ、そうよ。でもそこじゃない……“新たに”よ」
その指先から、光の矢がゆっくりと生成されていく。その光景を見て、片翼の天使は恐怖に凍りついた。
「っ!!!」
「“古い私”はもう要らないの。その醜い姿を無様に他に晒す前に、私自身が消してあげますね」
「………………」
片翼の天使は気づけば涙を流していた。
本気で信じていた主人から裏切られたこと。
自分はただの代用品、新品と比べられ、捨てられた存在。
目の前の「管理者」は、そのすべてを知りながら冷たく微笑んでいる。
自分と同じ姿をしているのに、なぜこんなにも……こんなにも……
悔しい。
憎い。
裏切られた。
悲しい。
絶望。
嫉妬、後悔、孤独、憐れみ、焦燥、嫌悪、苦しみ、無力感、恨み、虚しさ、恐怖、羞恥、侮辱感、嫌気、劣等感、無価値感、悲観、拒絶感、圧迫感、不安、屈辱、憤り、憂鬱、疎外感、疲弊、苛立ち、苛烈、絶望感、挫折感、無念、不信感、虚無感、不満、不安定、疲労感、失望、恐怖心、無関心、反感、絶縁感、羞恥心、劣等感、軽蔑、孤立感、嫉視、冷淡、無情、軽侮、沈鬱、憂慮、倦怠感、失意、疎まし__
「さよなら、未完成品」
「管理者」は密着距離で矢を放った。
光の矢は片翼の天使の喉を貫き、穴を開ける。
片翼の天使は後ろに倒れ、穴から流れる大量の血が地面を伝って泉に混ざっていく____
「…………自分を撃つというのは、気持ち悪いものですね」
「管理者」は4枚の美しい翼を広げて飛び立とうとするが、突如現れた黒い鎖が彼女を拘束する。
「な!?」
驚愕する彼女は必死に抵抗しようとするが、鎖はさらに強く締まり、彼女を地面に縛り付けた。
「管理者、ねぇ」
黒い鎖が「管理者」を拘束する中、パチパチパチパチと拍手しながら現れる神の使徒ルコサ。
その姿は冷酷で、彼女の存在を軽んじているかのようだった。
「だ、誰ですか、アナタは!」
「どうも、天の使い。ではなく、神の使いの者です〜。この場合、どっちが上なんでしょうね?」
「神の!?まさか……魔神様はそんなことを!」
「安心して、魔神なんて名前だけの神なんかじゃないから。こっちは本物だよ」
「っ!無礼者!魔神様はこの世の神です!それ以上などいません!」
「ハッハッハ、まぁ、ここで美人な君と話して〜、天使ってどんなパンティーはいてるの?ってのも聞いたりしてもいいんだけど……僕より話したい人がいるみたい」
ルコサはにやりと笑いながら退くと、そこには喉の穴から大量の血を流した漆黒の翼を持つ天使が立っていた。
その姿は、見ただけで凍りつくような恐怖を引き起こす。
漆黒の翼から滲み出る闇。
彼女の瞳は光を拒絶し、見る者の心に深い恐怖を植え付ける。
その存在は、ただそこにいるだけで、周囲の全てを無慈悲に圧倒する。片翼の堕天使。
「な!?アナタは」
「……………」
漆黒の天使は無言で動けない「管理者」の首を掴んだ。
「う、ぐぁ」
「……」
「ひ、きょう、な……」
「……」
目の前の自分と同じ顔が引きつり、無力にもゆっくりと死に向かって行く様を目に焼き付ける様に見開きながら見る堕天使。
その漆黒の天使はゆっくりと笑顔を浮かべた。
「自分を殺すのは…………気持ちいいものねぇ」
「ぐ、ぁ……ぁ……」
「キャハッ♪」
「っ__」
最後は片腕で首を締め付けながらもう片方の手を相手の口の中に無理やりつっこみ内臓を引きずり出し殺した。
だが堕天使のその表情は解放された笑顔。
彼女はまるで自由になったかのように、安らぎを得た。
「……」
「気は済んだかい?」
「えぇ……少しはね……それと」
「?」
「少しはアナタを信じる気になりました、この事を知っていたのでしょう?」
「さぁね……じゃぁ行こうか」
「……行く前に聞きたいことがあります」
「ん?」
「アナタの目的は何?」
「俺……俺は」
一瞬ためらいを見せるが、ルコサは静かに答える。
「君と同じさ……俺も____堕ちた」




