尽くす人1 まさか、わざと遠回りして一緒に帰ろうとしてくれた、とか?
いっしょに帰りたい……とメッセージくれた割には、HRが終わっていざ俺が振り向くと、既に深森の姿はなかった。
「……は?」
と思って慌てて周囲を見ると、ちょうどスライドドアを開けて、廊下に出て行くところだった。自分で提案しておいて忘れた、ということでもあるまい。
良い方へ考えると、多分、先に校門を出て待っているわ……ということかも。
基本的にあまりしゃべらない子なので、わざわざ言わなかった? それと実は見た目より遥かに恥ずかしがり屋さんだった……とか?
あと、このことと直接は関係ないはずだけど、なぜか深森の席を見ていると、俺の中で何かが引っかかる。
喉に刺さった魚の小骨みたいに、どうしても違和感を覚えるのだ。
顔をしかめて理由を考えていると、席を立った谷垣が、「ブレイドの席を切なそうに見て、どうした? 教室が空になってから、密かに机に頬ずりでもする気か?」などとボケたことを言いやがった。
「そういうフェチな趣味はないっ」
「はっ。その程度、なにがフェチだよ」
谷垣は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「先月、三年の先輩で、後輩のジャージ盗んで持ち帰った人がいたそうだぞ。しかも、なぜか下だけ! あれはどういう気だったんだろうなぁ」
「俺が知るかっ!」
馬鹿らしくなって帰ろうとしたが……そこで大事なことを思い出し、俺は谷垣の平和そうな坊ちゃん顔をじっと見つめてしまった。
こいつは……このままだと数年後に、間違いなく焼死する運命にある。
うちの母も、未来において災厄が待っているわけだが、こいつも同じだ。
今のうちになんとかしてやりたいんだが……今この時点で、警告してもいいものだろうか。信じる信じないは置いて、注意だけでもしてやるべきか。
まじまじと見つめていると、谷垣はちょっと警戒の目つきで俺を見た。
「悪いな。先に断っておくけど、俺は女の子が好きなんだ」
「俺だってそうだ!」
脱力したので……とりあえず、今日はやめておくことにした。
しかし、いずれ結論を出さなきゃいけないだろう。知っている以上、なにもしないというのはな。ただ、なぜか胸に引っかかるのも確かだ。
ちょっとした警告だけでも、谷垣が本気で受け取れば、小規模ながら歴史の改変に当たるはずだ。それって、物語ではだいたい禁忌だという結論になってたような。
つまり、下手にそんなことをやると、全ての歯車が狂い出す。
俺は部活に所属しない余裕の帰宅組なので、その後すぐに校門を出て、家路を急いだ。ちょっと部屋に籠もって考えたくなったのだ。
たとえば俺は、なにがなんでも深森雪乃の自殺を防ぎ、そして母親の災厄も回避するつもりでいる。
そりゃそうだ、せっかく再会できてるんだからなっ。
助ける方法が目の前にあるのに、無視できるはずがないっ。
「俺的には、考えたところで、結論は同じか?」
独り言を呟いた途端、横で誰かが答えた。
「なにがかしら?」
「――っ!」
泡を食って横を見ると、いつの間にかセーラー服の深森が並んでいた。
「い、いつからっ」
「たった今、追いついたところ。一緒に帰る約束でしょう?」
いや、当たり前のように小首を傾げられても。
「驚かせたみたいなら、ごめんなさいね。熱心に考え込んでいるようだから、邪魔をしたくなかったの」
「そ、そうか。そりゃどうも」
この子は、どうも最初の印象より遥かに遠慮深いタチらしい。それに、話し方もあまり女子高生風ではない。俺の幼馴染みなんか、もっときゃぴきゃぴしてるのにな。
まあでも、そういう誤算はむしろ嬉しいかも。
「俺こそ、気付かなくて悪かったよ」
「……気にしないで」
柔らかく答え、自然と腕を組んできた。
裏通りだし、生徒もほとんど見かけない住宅街だが、それでも照れる。
俺の実年齢は二十七歳だというのに、今も昔も女の子慣れしていない。
一緒に帰ると言っても、実はうちのマンションは学校から近い。せいぜい徒歩十分ってところだ。話題を考えている間に、もう目前に迫っていた。
「あそこが、うちのマンションなんだ――」
立ち止まって言いかけたところ、深森は静かに頷いた。
そういや、この子はなぜか俺の住所を知ってたな、と思い出す。
「ところで、深森の家は?」
何気ない質問だったのに、彼女はなぜか困ったような顔で俺を見た。
「あー、訊いちゃまずかったなら」
「ううんっ」
慌てて深森が首を振る。
「今は――駅の北側に住んでいるわ。わたし、よく住所変わるの」
いや、よく住所変わるのは置いて。
俺は言葉もなく、深森を見た。
駅の北側と言えば、うちとは全然反対方向なんだが? ここから戻ると、途中で線路を越えて行く必要があり、徒歩だと半時間近くかかるぞ。
まさか、わざと遠回りして一緒に帰ろうとしてくれた、とか?




