もう一人の深森雪乃の元へ
幸い、俺達がいるビルのすぐ近所に、洋服の量販店があった。
今もまだユニ○ロが存在するのか知らないが、店構えからして、似たようなコンセプトの店だろう。裏口の鍵が破壊されていたので、そこから中へ入ると……大半は盗まれた後なのかガランとしていたが、隅っこには少し残っていた段ボールがあった。
そこに卸されたばかりの衣服が詰まっていたので、失敬してそこから秋物の服を頂いた。
季節的には、おそらく冬直前の感じがするしな。
「それに、破れたセーラー服の深森を見ていると、目に毒だ」
冗談に紛らわせて言ったのだが、なぜか深森は俺の手を握って、その破れた胸のところにためらわずに当てた。
いきなり弾力のある部分にまともに触れてしまい、俺の声がうわずったほどだ。
「な、なに!?」
「いえ……触りたいのかもしれない……と思って」
小首を傾げて俺を見る。
真面目に言ってるらしい。
「それは否定しないけど、いきなりはいいって!」
慌てて手を引っ込め、俺は首を振った。
「深森はふいに驚きの行動に移るから、油断ならん」
「……ずっと訂正しようと思っていたけど、深森じゃなくて、雪乃と呼ぶはず」
真剣に反論されて、「そういやそうか」と思い出した。
なかなか名前で呼びにくいけど。
あとは一晩の宿代わりに元のビルへ戻ったが、その途中、またもや掘り出し物があった。路地に倒れていたスーパーカブがそれで、鍵がついていたのだ。
ガス欠だったせいかもしれないけど、その辺に車はいくらでも放置されているから、夜の間にガソリンを抜けば、走るかもしれない。
実際俺達は、寝る前に手分けしてポンプなどを探し、計画を実行に移した。
あいにく都合よく動く車は見当たらなかったが、まだガソリンが残っている車両は何台かあり、スーパーカブ1台分のガスを集めるくらいなら、なんとかなったのだ。
ガソリンを補充し、見事にエンジンもかかった時は、俺達は久しぶりに顔を見合わせて笑った。
「前にCMでやってたけど、確かこれって、リッター百五十キロ走るのよね? カタログデータだから、公道で走るならその半分程度だろうけど」
深森――いや、雪乃が嬉しそうに言う。
「それでも、歩くよりマシだし、燃費いいのは助かるな……二人乗りは本当はいけないけど、んなこと言ってる場合じゃないし」
仮の寝室に決めた応接室に、これまた他から調達してきた毛布を敷き、俺達は夜に備えた。
もちろん、その間にも破壊されまくりのコンビニから、被害を免れた食料を調達したり、俺も雪乃も、休む前にそこそこ忙しい時間を過ごした。
この際だから白状するが、遠足の準備みたいで、実はちょっと楽しかった。
ただし、俺は明日の計画として、まず雪乃に尋ねた。
「休む前に尋ねるけど、北と南、どちらへ行きたい?」
別に移動する必要すらないのかもしれないが、俺も雪乃も、都内で潜むことに徹するという考えはなかった。
今の日本がどうなっているか、つぶさに見たい……多分それが、二人の暗黙の了解だったのだろう。
ただ、旅立つにしても、方向くらいは決めないと行けない。
「北へ行けば、この時代の深森が今も元の人類――つまり、ユージュアルを相手に戦っているかもしれない。南は……今までの情報からして、多分思いっきり人口が激減した、過疎地帯になってるかな。俺には俺の意見があるけど、まず雪乃からどうぞ」
譲られないうちに、先に訊いた。
雪乃はまるで悩まず、「南へ行きたい」と即答した。
「でも……シュン君がどうしても北へ行きたいなら、それでもいいのよ」
まるで俺の考えを見通しているような口ぶりだった。
「いつかは南もいい」
俺はまずそう言った。
「ただ今は――主な目的は今の日本の状況を見極めるためだけど……それでも、こっちの雪乃にも会っておきたいな。だから、まず北かなと」
遠慮がちにそう述べた。
もちろん、今そばにいる雪乃の気持ちを考えてだが……彼女は内心でどう思ったにせよ、気丈に頷いてくれた。
「シュン君がそうしたいなら」
「悪い……本当に半分以上は今の状況を見極めたいだけだから」
だいたい、戦闘などに直面しても、素人の自分が役に立つかわからないので、遠慮したい気持ちが強かったのだが、ここにも雪乃がいるとわかった以上、俺はどうしても知らん顔ができないのだ。
わずかばかりの旅の準備を整えた後は、応接室の床に仲良く並んで眠る時間だった。疲れているのは事実なので、すぐ眠れるだろうと思ったのに、これがまたなかなか眠れなかった。
電灯代わりに小さな懐中電灯を点けていたが、その明かりを頼りに、俺は壁のポスターばかり見ていた。最初の部屋でも見つけた、「ボーダーは必ず勝利する」的なことが書かれた、あの凜々しい雪乃に目を奪われてしまう。
しかも、ようやくうとうとして気付くと、横にいた筈の雪乃が、俺に抱きついて眠っていたりする。自然にこんな姿勢になるとは思えないのだが……そっと揺り起こすと、恥ずかしそうに微笑した。
その後で一転して心配そうな顔になり、「死なないでね」と念押しするのが意味不明だったけど。
「死なないって」
「それと……」
さらに雪乃が囁く。
「壁のあの人ばかり見ちゃ駄目……そのうち対面するかもしれないにしても」
「自分のことなのに、嫉妬するのかー」
からかうと、雪乃は首を振った。
「シュン君がいなくなった後のわたしなら、もう今とは別人になっている……と思う」
「……そうか」
それ以上は余計なことを言わず、俺は雪乃を抱き寄せた。
今ならわかるが、そういえば雪乃は俺の告白を受けてくれた後も、評判の悪い自分と一緒にいて、俺の悪評が立たないようにと余計な気を回し、校内ではわざと俺と距離を置いていた。
この世界の彼女のことは知らないが、今の雪乃とボーダーの指導者が同じ人物だとは、確かに想像しにくいかもしれない。
朝が来て、俺達は固形食料と缶入りのお茶で朝食を済ませ、少ない荷物をスーパーカブに積み込んだ。
後ろに人が乗ると少し窮屈だが、これは実は俺得かもしれない。
「慣れるためにも、1番手は俺が運転するよ。……ただ、ここから先はなにがあるかわからないから、お互いに注意して進もう……まさか日本で探検する羽目になるとは思わなかったけど」
「わたしは……シュン君と一緒で幸せ」
雪乃がいつものように、大真面目に口にした。
この時とばかり、俺も冗談に紛らわせるように言ってのけた。
「俺も……愛する雪乃と一緒で幸せ」
「――っ!」
一瞬、びっくりするほと目を見開き、雪乃が俺を見た。
「もう一度っ。いえ、何度でも!」
「照れくさいから今度な」
「今度っていつっ」
なぜか詰問されたが、俺は笑ってエンジンをかけた。
「後ろに乗って。出発だ」
「……いじわる」
本気で拗ねているような声音だったが、雪乃はとにかく乗ってくれた。革ジャンとジーンズという、よほど俺より決まった格好で。
俺はバイクをスタートする前に、深呼吸した。
多分俺は、この世界の雪乃とも、そのうち本当に対面することになるような気がする。
その結果がどう転ぶかまだ予測もつかないが――少なくとも今は、後ろに座る雪乃をいたわりたいと思うのだ。
だからこそ、俺は走り出す前に念押ししておいた。
「雪乃こそ、死ぬなよ……自殺とか、今度こそ願い下げだから」
「大丈夫」
わざわざ雪乃は、耳元で囁いてくれた。
「シュン君がいる限り、わたしは全然死にたいなんて思わないもの。自信あるわ」
「その言葉、忘れないでくれ」
照れ隠しのように声に出し、俺はようやくバイクをスタートさせた。
……この旅路はかなり長くなる予感がしてたが、俺は珍しく悲観していなかった。
……もう一人の雪乃との顛末まで書くと、この物語の方向性とズレてしまうので、ひとまずここで物語を閉じます。
正直、去年のなろうコンで最終落ちした時、もうエタりそうでしたが、読んでくださる皆さんのお陰で、なんとかここまで書けました。
改めてお礼を申し上げます。
なお、例によって、気が向いたらで構いませんので評価などを頂ければ、とても嬉しいです。
重ね重ね、ありがとうございました。




